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-14.〔柔らかすぎる遺言と捻じ切れる光の困惑〕

 

  *


 ハッキリと屈託していた。

 でも、そんなのはどうでもよくなるくらい。私は、事情を考えるより先に阿呆使いのところへと駆け寄り――安堵する。

 同時に、やっぱり小腹も立つ。


「バカ! なにやってんのよっ」


 必死の思いでここまで辿り着き、息も荒くし怒鳴る。――が、不測の事態、その渦中に居ても自称偉大な賢者の様子は何も変わらない。

 空の向こう、流れる雲の先にあるボヤけた世界を眺めているかの様。私を、マヌケな面で見てくる……。


「ちょっと、パウロン? 聞いてるの……?」

「ふェ。ぁあ、――なんじゃ、小娘か。こんなところで何をしておる?」

「何って……」


 というか、それはこっちのセリフだ。


「――なるほど。私の思ったとおり、そういうコトでしたか」


 生ぬるい風が吹き抜ける野原で、その声が、妙にハッキリと耳に届く。

 ……ごくりと唾を飲む。

 そして声のした方へ、ゆっくりと向き直った。

 聖女守、マデリーン。王聖ルミナリアの聖女だった私にとっては恩師であり、聖女の称号を冠する際にその祝福を授けてくれた人物……。

 だが正対した私を待っていたのは感動の再会――などではなく、値踏みするような“ものを見る”眼差しだった。


「……リーゼ、本当にあなたなのですか……?」


 ぇ。


「随分と、その、様変わりをしましたね……?」


 ぁ。となる。――そうだった、私は今、ツチノコと。


「行方が知れぬ間、私の想像以上に不遇の生活を……いえ。それは今すべき話ではありませんね。――聖女リーゼ、もはや言い逃れはできませんよ。あなたが不敬の徒と親しくしている理由を、嘘偽りなく白状なさい」


 当然そういう流れになる。

 けれども。

 聖女守が、私を見据えたまま動かないでいると、背後から軽薄に声を掛けられる。


「その事なのですが、マデリーン様。少々わたしからもご報告したい事情がございまして、暫し“お若い”二人に別れの時間を与えてあげませんか?」


 馬からおりて来た神儀監ヴィクティムが、衣服の汚れを払いつつ芝居がかった足取りで歩み寄ってくる一連の中で口にする。

 と――神儀監を睨む、こめかみにピキリと浮かぶ聖女守の感情。


「……わたし、何か気に障る事でも言いましたか……」


  …


 衛兵達もが金属音を立てて私たちから距離を取る。

 それを横目に、私はパウロンの前でしゃがみ込んだ。


「……大丈夫?」


 銀色の髪が風に吹かれ、頼りなく揺れる。


「ナニがじゃ?」


 と言うコトは、なんともないという事だ。

 なら、と。


「……ねぇ、パウロン。私が縄をほどいたら、ドラゴンになって、逃げましょ」

「――無理じゃ」


 なんとかこの状況までこぎつけた必死の提案に対し、緑のボ賢者ことパウロンが薄銀色の泳ぐ瞳で、事も無げに言い放つ。


「は? なにが無理なのよ」


 まさか――。


「――アンタもしかして、こんな状況でもやる気が起きない、なんて言わないわよね?」

「なワケあるか。ワシとて、できるものならばさっさとこんなクソみたいな状況からは、おさらばしたいわィ……、ついでにあの憎たらしい女をガブッとしてからのゥ」

「……。――だったら、なんでよ……?」

「杖を折られてしもうたんじゃ……、杖がなければ、ワシはドラゴンに変身ができん」


 ハ。つ、杖? そんなバカな。だって――。


「――なに言ってんの? 杖なんか無くても魔法くらい使えるでしょ。イツの時代の話をしてるのよ……」


 ぁ、いや。


「そんなもんは知らん。ワシはワシの基準で生きとるんじゃ」


 生きてるって、アンタは不死――は、今は関係がない。けど、だったら。


「待ってよ。1000年前のパウロンは杖なんか関係なく、戦ってたわよ?」


 アレが戦闘と言える内容だったのかは、さておき。過去の時点、事実として、述べる。


「1000年前のワシ? ナンのコトじゃ?」


 しまった……ってワケでもないか。

 本人が勝手に忘れているだけだし。

 けど、そういうコト。なら。


「……本当に、無理なのね……?」


 目の前の魔法使いが他人事のように、頷く。

 そんなのって、サイ・アク、じゃない――。


  …


 私たちが話しているのを周囲で、皆が見ている。

 内容までは把握できていないはず、だけど悠長にしていられる状況ではない。

 特にヴィクティム様から“事情”を聞かされたであろう聖女守の視線は、気配として、強く感じられる……。

 しかし見当違いだった、今の私に。

 ――為せる術は、もう。

 いや駄目だ。

 百に一つ、もとい十二分に危険な賭けとなる。

 最悪、ここに居る全員が、一人を除き――死ぬこととなる。

 ……でも。と、そのアホウ面を見る。


「なんじゃ? 言いたい事があるのならハッキリと言わんか」


 分かって、


「まァどうせワシを突き出せば、汚名返上とでも言われたんじゃろ。言ったのはアヤツらか?」


 、嘘、……なんで?


「なんでと言いたげな顔じゃのゥ。永く生きておるとの、相手の気持ちが分かったり分からなかったりと、するんじゃよ」


 超絶厄介な能力。


「ワシほどになれば、いちいち気にはせんがのゥ」


 厚かましいにも程がある。

 だから、といって……。


「……だったら、もっと真剣に向き合いなさいよ……」

「何にじゃ? もしも向き合うとすれば、ワシではなく、オマエのほうじゃろ。小娘」


 ハ。また何、訳の分からないことを――。ェ?

 呆気にとられる私を余所に、縄で上体を縛られたままのパウロンが器用にその身を動かして、立ち上がる。

 途端に周りの衛兵達があからさまに緊張を走らせる。

 即時ソレを、ヴィクティム様の手が制す。

 緑の魔法使いは、周囲の騒ぎなど最初から気にもしていない、のが、分かる。

 唖然とする。横を通りすぎていく、薄汚れた緑色のマントが。

 きっと目もくれることなく、生え揃うことのない草の上を――進んでいく。


「……まってよ、なんで……」


 そうじゃないでしょ。だってアンタは、いつだって自分勝手で、自己中心的な、アホウ。


「そういえば、言い忘れておったわィ。完全に忘れてしまう前に、ありがたく聞くがよいぞ。――あのパンはちとワシには柔らかすぎるの。次はもっとマシな物を持って参れ、よいな?」


 な……。本当に、――バカね。




 リーゼはふらつく意識を奮い、立ち上がる。

 勇む視線を、魔法使いの後ろ姿へと向けて、固定し。

 腰のポーチから瓶を――引き抜いた。

 周囲の衛兵達が、リーゼの突然の行動に切っ先をわずかに揺らす。

 だが遅い。

 元聖女の指先は迅速に瓶の蓋を取り。

 固定した対象に、瓶の開口部が――向けられる。

 次いで歩み続けているその背中に、聖女の声がかけられる。


「待ちなさいよ、ヒーローになんかさせないわよ」


 声に反応して緑の魔法使いが振り返り。

 その瞬間。

 差し向けられた空っぽの瓶から、押し寄せる鋭い風の音が鳴り響く。


「ふァッ? なぜオマエがソレを――」


 でも間に合わない。

 言うが早いかで、パウロンの薄い銀色の瞳そして耳からも、彼の中に蓄積されていた現在までの記憶が、まばゆい銀の、光の糸となって引きずり出されていく。

 激しく渦を巻きはじめる銀の糸は元聖女の手もとにある瓶の中へと凝縮され、て。

 ぇ?


「――やめんかッ!」


 怒号を発し魔法使いが縛られた上体で地を蹴り、突進する。

 激流となる手前だった光の糸は、不自然に捻じ切れ。

 鈍い肉声とともに瓶を持ったリーゼの手にブツかる、パウロンの肩。

 不意を突かれた少女の細い身体が大きくたたらを踏み、その衝撃で、掴んでいた硝子の感触が投げ出された。


「キャ――っ、ぁ」


 僅かに記憶を吸い込み薄銀色の光が底に溜まった程度の、硝子瓶が二人の頭上へと高く、陽光で銀の明滅を放ちながらクルクルと。

 ――目の前の記憶が虚空を回転する。

 世界が予期せぬ恐怖で、スローモーションと化す。

 落ちる。その、刹那。

 張り詰めた空気を裂く、そんな音がした。

 発生源は下。地、が突如として極小のひび割れで口を開き、そこから伸び上がった植物の蔓と思しき触手がガラスの容器を掴み取る。

 そしてリーゼは、最低の結末だけは免れたのだと、知る。

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