-13.〔捕らわれの魔法使いと噛み合わない不敬の悩み〕
…
強い日差しが乾いた野原の草のにおいを立ち昇らせ。
風が吹くたび、宙に浮く名もなき葉の欠片が――銀色の髪をかすめていく。
「……もう一度お尋ねいたしましょう。鳥の様で奇妙な生物に、心当たりは?」
聖女守のマデリーンが、眼前で座らされた不審者を冷徹な眼差しで射抜きつつ問う。
「知らん。さっさとこの縄をほどかぬか」
上体を太い麻縄で縛り上げられ地面に直に座らされている十代の少年、にも見える男が仏頂面のままで答え、主張する。
その場違いな緊張感に、周辺の衛兵達も若干戸惑い気味に状況を見守る。
「では先日の、巫女の再――暗黒神の復活について、もし関係している事があれば正直に答えるのです」
「……なんじゃ、それは?」
「ッ。ならば、未だ行方の知れぬ聖女、リーゼの所在を関知しているのであれば正直に」
「リーゼ? 誰じゃソヤツは……」
――ピキ、と。
マデリーンのこめかみに青筋が浮かぶ。
知らない? あれだけの騒ぎを。
今すぐに、その銀髪を掴んで揺さぶり、記憶の隅々まで尋問してやりたい衝動に駆られる。だが、周りには兵達の視線があり、かろうじて彼女を“聖女守”という立場に繋ぎ止める……。
「……しらを切るのも、」
「そんなことよりワシの杖を返さぬか。万が一にでも傷つけようものならば容赦せんぞ」
容赦……。
「……あなた、自分が今、どういう状況なのかを理解しているのですか?」
しかし、縛られた肩を不自然に揺らし、まるで拘束そのものが存在しないみたいに振る舞う薄い銀色の瞳が、マデリーンを見透かしているかのように、見つめ返す。
「そんなもの知ったことか。イマ、オマエがすべきコトは、ワシに杖を返す、そして縄をほどく。それだけじゃ」
「な、何を……ッ」
聖女守が唇を噛み締め、怒りで白くなる拳を更に握りしめる。
*
巻き上がる土埃と、馬の体温が混じった特有の獣臭。
街道の景色が一気に後方へと流れていく。
不本意、という言葉では到底足りない。
けれど。
急がなければならない。その一心で、私は神儀監の腰に腕を回している。
「――より急ぐのであれば、可能な限り密着していただく必要がありますね」
背中越しに伝わってくる、不自然なまでに安定した拍動。
……ッく。
「――感謝いたします。その献身のおかげで、馬の歩みを早めることができそうです」
言葉通り、風を切る音が耳元で激しさを増す。
万が一。万が一でも、起きかねないのが、阿呆使いの所以。なら――。
――馬鹿な事だけは絶対にしないでよ、パウロン。
元聖女の心は馬に先んじ。リーゼとヴィクティムは目的の地へ馬に乗って、ひた走る。
*
再び乾いた風が吹き抜ける、野原。
マデリーンは深いため息を吐き出すこともせず、煮え繰り返った内面を冷ややかな仮面で覆い隠す。
「……いいでしょう。そこまで仰るのであれば」
すっと不審者から視線を外し、聖女守は少し離れた場所に控えている衛兵へと向き直る。
その表情は、冷静を装う、慈愛に満ちた。けれどもどこか笑みを絶やさない異様な明るさ。
「申し訳ありませんが、そこのあなた。こちらの殿方が言う杖を持ってきていただけますか」
「はっ、ただいま!」
と声をかけられた衛兵は、急ぎ物のある方へと走り出す。
――やがて、戻ってきた彼の手には長物の杖が握られており。
マデリーンに渡そうとするその衛兵を、制するように、聖女守の手が相手の所作を止めた。
「私に渡す必要はありません。杖はそちらに、地に突き刺し立てておいてください」
そして乾いた土に、長い杖の石突きが鈍い音を立てて刺さる。
結果持ち主の鼻先、わずか数寸の地に、本人が執着してやまない杖が墓標のごとく立つ。
美しい少年の瞳が、すぐ目の前にある愛用品へと向けられた。
「……何のつもりじゃ?」
「叶える願いは半分です。残りはわたしの質問に嘘偽りなく、答えてからです」
「ならば既に答えたあとじゃ。ほれ、さっさと縄をほどくがよい」
「まだそのような、たわ言を……。いいですか、王聖ルミナリアの聖女守である私を謀る、というコトは天の声にして女神である存在を愚弄するに等しい行いなのですよ。その意味、ご理解いただけますね?」
「さっぱり分からん」
「はあッ――っと、……分からない。と、いうのは?」
「自己崇拝にやっきになっておる、バカの言葉に耳を貸す。オマエらの神経が、理解できぬと言っておるのだ」
その言葉が放たれた瞬間、それまでややザワついていた周辺から一斉に声が消える。
「ん? なんじゃ?」
周りで控えている衛兵達が重ねて短い息を呑む。
一方で、直接その言葉を浴びせられたマデリーンは数秒の間に、無理に作っていた笑みが凝固して、から剥がれ落ちるように表情が消え去る。
引き結ばれた唇が、不自然に、青筋の怒りで痙攣し跳ねた。直後――。
「――今、何と仰いましたか?」
絞り出された聖女守の声、その緊迫感が場を支配する。
「……なんじゃ、本当に耳が悪いのか? ならば特別に、ワシの言葉を再び聞かせてやろう。オマエらが崇めておる神とやらは、さぞ退屈でくだらぬ存在じゃ。聞こえたかの?」
刹那、周囲を包んでいた風すらもピタリと止む。
しかし聖女守の口はもう荒げる事なく、静かに、底なしの拒絶で少年を見つめたまま聖歌の旋律を口ずさむ。
次いでマデリーンの全容から魔力が膨れ上がり――。
「――“洗礼の燈火”」
紡がれた聖なる歌に応じ、聖女守の手の平から、眩い光が射出される。
勢いよく発射された光は一直線に、眼前の鼻先、突き立っている杖へ――と、爆ぜ。
光と烈音が収まったとき。そこにあったのは無残にも中ほどから叩き折られて複雑な断面を黒く燻ぶらせる木切れの、残骸だった。
……パチ、と。杖であった物から散った最後の小さな粉が、持ち主の視界で消える。
それを見た少年の瞳は、すうっと聖女守の方へ。
「外道め、自ら道を外れおったか」
「何ですって……?」
縛り上げられた麻縄が、みちみちと音を立てて軋む。その足元からは魔力というよりも、現実そのものを消し去ろうとする気迫が、沸き立つ――。
「――キサマっ! いったい何様のつもりじゃッ?」
「……ハ、ハイ?」
「ワシの大事な杖をこんな目に遭わせた報い、必ずや味わわせてやるぞ!」
「なッ、――それはこちらの台詞です! 女神を汚した罰、不敬を働きながら、その程度で済んだのをむしろ感謝なさいっ!」
「ええいッ黙れこのアホンカス! さっさとこの縄をほどけッ! さすればオマエの、その憎たらしい顔を首根っこから噛みちぎってやるわィ!」
「どういう例えですかっ、化け物みたいな言い回しはおよしなさい!」
「例えなどではない! ワシがドラゴンに成れれば可能なんじゃッ!」
「ド、ドラ、ゴン? 何ですか……、それは?」
「ふんッ。ワシのドラゴンは図体がデカいだけの空飛ぶミミズとは、わけが違うぞィ」
「……空飛ぶミミズ?」
「なんじゃ、知らんのか? まったく無知とはコッケイじゃの。よいか、空飛ぶミミズとは小娘が言うに、絶望の象徴……。――はて、なんでワシはそんなコトを……?」
「――絶望の象徴、……暗黒神の。――とうとう墓穴を掘りましたね」
「ナニがじゃ?」
「……。――もはや問答は無用です、暗黒神の復活に関与していたのであれば、この場での処刑は他に致し方がない故の、結論です」
「なんでじゃッ! その前に、ワシの縄をほどかんかッッ」
「……そのような望みが、とおる訳ないでしょう」
「フザくんでないわィ!」
更に吠える不審者を、マデリーンは一瞥すらせず。
ただ冷徹に、傍らで控えていた衛兵へと右手を掲げ、続いて無慈悲な宣告を下す。
「この者は女神の秩序を乱し、暗黒神の復活に荷担せし大罪人です。即刻、首を撥ねなさい」
「――はっ!」
迅速に、衛兵が鞘から剣を引き抜く。
「ワシの話を聞かんかッ」
なおも声を上げる被告人の言い分に、耳を貸す者は誰もいない……。
執行人である衛兵は、両手で高々と刃を構え、大きく振り下ろそうと、した、まさにその時。
――ヒヒィィンッ!
馬のいななきが、遮るもののない野原に轟く。
同時に、凄まじい勢いで大地を叩く、硬い鉄蹄の音が急速に近付いてくる。
マデリーン、だけでなく、その場に居る者達が一斉にそちらへと振り返り。街道のある方角から躍り込んできた一頭の馬を、聖女守と被告人の至近で急制動をかける乗り手を、凝視する。
「その処刑、お待ちください」
不意な、穏やかな声で、衛兵達の動きが完全に止まる。
急激な減速と停止で、荒い鼻息を吐きその場で足踏みをする馬、の背から乗り手よりも先に地へと飛び降りる少女の姿。
そのあまりにも危険を顧みない行為に、同乗していた相手へ忠告を投げかけようとした神儀監ヴィクティム、だったが喉まで出かかった言葉を寸前で飲み込み。
――縛り付けられた魔法使いの姿を見た後、聖女守の方に顔を向ける。
「やはり、こうなってしまいましたか」
マデリーンの眉が不愉快だとして一瞬小さく動く。
そうして状況は新たな進展へと、足を踏み入れる。




