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-9.〔鬱蒼とした深き森で緑の駝鳥はバズる原理に悩まない〕

 

  …


「……これで、本当にいいの?」


 作業を終えて。地面にできた巨大な足跡、と脇に抱える足型のスタンプを――ざっと見る。

 一見すると少し大きめの土を固めて作った即席の、湿っぽい足首までの素足。正体、ツチノコのハンコが主人の命によってビッグフットの足跡を捏造した後。

 ちなみ、微妙に指が動くの、気持ち悪い。


「ナニがじゃ? 足跡が象徴だと言ったのは、小娘ではないか?」

「……それは、そうだけど……」


 と、リズミカルに作った過去の痕跡も見つつ。


「こんなコトで、本当にビッグフットが作れるの……?」


 協力するとは言ったけれど、最終目標が未確認“生物”なだけに。現時点では完成する証拠すら、見つけられない。


「言ったじゃろ、席を作らねばならぬと」


 世界の概念、ね。なら――。


「――この、ツチノコはどうなのよ?」


 霊獣かどうかはさておき、粘土をコネて作ったにしては出来すぎ君の、世界の異物だ。


「……そんな小物、下位の概念にすらおらんわィ。幼子の稚拙な砂遊びにいちいち本気で向き合わんのと同じでな、奴らもそうそう暇ではなかろう」


 だとしたら世界標準が高すぎでしょ。

 あと、ヤツらってダレよ。


「よく分からないけど……、その席って言うのを作らないと、どうなるの?」

「生物としてのテイを成さん、モノはゴチャっとなってからシぬだけじゃ」


 なにそれコワい。


「……ようするに、つづけてイイってコトね……」

「そういうコトじゃな」


 ――というか。手伝えよ?




 街道からも逸脱した、地図にすら明確には載っていない深い森の林床。

 頭上を幾重にも枝葉が覆い、わずかに差し込む木漏れ日が、湿った地面をまだらに照らす。空気は、鳥のさえずりすら遠くに感じるほど――青臭い。

 自然ゆえの、浄化された空間は……ことごとく、虫の這いずる太古の生命を湛えた濃い腐葉土のニオイで、足元にもまとわりつき。

 この上なく鬱陶しい風が、まとめた髪の隙間を通り抜けていくだけ。

 唯一の静ひつな調べも――ベチャッ、という、不釣り合いにハッキリと踏み固められる巨大な足音で、ロマンが捏造される現場の生々しさ。

 ふと顔を上げれば。

 鬱蒼とした緑の壁が二人を囲み、まるで世界を強引に押し広げたように円でぽっかりと、空が開けていた。

 そんな“賢者の遊び場”に相応しい舞台で、私は足を止めて。先を行く、泥の飛沫を奏でるパウロンに、声をかける。


「ちょっと、どこまで行くつもりよ……?」

「――何がじゃ?」


 緑の魔法使いが作業を中断し、どこ吹く風な顔で、振り向く。

 ……まさか。


「ひょっとして、趣旨を忘れたり……してないわよね?」

「しゅし、はて、そういえばワシは、何をしていたのじゃったかの……?」


 足型のスタンプを持ったまま、振り返ったパウロンが心底不思議そうに首を傾げる。

 冗談じゃない。

 代わってほしいと言ったのは、私の方だけど。

 このまま何も言わずにいたら、未確認生物どころか、ただの集団移動なくらい森が足跡だらけになってしまう。

 というか、こんな森深くで、よく遠足を楽しむ子供みたいにしていられるな……。泥の跳ねたローブを気にする素振りもなく。


「……ねぇ、パウロン。一旦休憩にしない……?」


 そして改めて、目的に準じるプロンプトを入れる、必要を――ひしひしと感じている。


「ふむ。休憩か、――まァよかろう」


 魔法使いがあっさりと同意する、と、手に持っていた――あの湿っぽい足首までの土塊、を、地面に下ろし。

 杖の先で、そのツチノコを軽く叩く。途端に泥を捏ねるような音がし、直後、土色の塊がうねって、膨らみ――丸い、スツールへと変貌を遂げた。

 当然のごとく上に座る、若ボケの爺。


「……、ちょっと」


 あまりに自然な動作で、自分専用の特等席を確保した目の前の相手に、思わず声が漏れ。


「なんじゃ?」


 曇りなき眼で、軽くこちらを見上げてくる。のを、睨んで返す。


「普通そういうのって、女の子に譲るもんじゃないの?」

「ふつう……、――誰が決めたんじゃ?」


 ハイ出ました。そう思い、腰に手を当てる。


「第一、どこも土の上ではないか、ワシとて同じじゃ」


 そうきたか。

 しかし毎度、相手にする必要はない。

 と、ため息ごと飲みこみ。

 腰の拡張ポーチから、――レジャーシートを取り出す。

 次いで端を掴んで一振り、バサリと音を立てて、撥水加工の施されたシートが空中で広がる。湿った土の上に“文明”という境界線を敷く。

 私は、その真ん中へと、どっかと腰を下ろし、あえて優雅に足を伸ばしてみせた。

 ――視線の先では、パウロンが相変わらず座ったまま、どこか遠くを眺めている。

 ……なによ。少しは驚くか、悔しがりなさいよ。

 そんな相手の無反応に、自分から声をかけることも止める。

 ……私、何やってるんだろ。

 聖女として振る舞っていた頃の自分なら、こんな意地の張り方はしなかっただろう。

 もっとスマートに、もっと利他的にって。

 けれど今の私は間違いなく“聖女のリーゼ”ではなく、ただ素の自分として、この阿呆使いに屈託している。

 未だ会話はない――。

 隣に居るのは、千年という時間の重みすら全く感じさせない呆けた横顔だけ。

 私は、小さくため息をつき。もう一度、音を立てないように、――息を吸う事に、した。


  …


 早い話が、モバカのアプカ――“ユア・リス”とは、世界最大級の動画共有サービスである例のアレ、と、ほぼ同じ事である。

 しかし、自分の分身となるアバターは存在しない。

 故に。


「……リーゼよ、やはりドラゴンではダメなのか……?」

「駄目よ。インパクトが強すぎるもの」


 主題がとってくわれるコト、確実な程に。


「目的はビッグフットの足跡の噂を広めることでしょ? 我慢して」

「……じゃったら、せめてワシ自身の姿で、じゃな……」

「もっと駄目。私たちはおたずね者なのよ」

「じゃからそれは、ワシは何も、テロリストなのは小」


 ギロリン。


「ナン、でなんじゃ……」

「いいじゃない。ダチョウも、けっこう凄いわよ?」


 特にこの世界では究極に際立つこと間違いない。

 なにせ――。


「……しまらんのゥ」


 ――人の言葉を話す巨大な鳥なんて、存在しないからだ。

 そう思いつつ、不満げな駝鳥の小言を「はいはい」と聞き流し。手近な木立ちの中から、三脚代わりになりそうな二又の枝を見繕う。

 ここなら、アングルもバッチリね。

 指先で端末の感触を確かめながら慎重に、枝の隙間へとモバカを固定する。

 その後、撮影用のアプカを起動させ、淡い青白い光が森の景色を画面に映す――。と。

 元Vチューバーとしての血がわずかに騒ぐのを感じた。

 画面を、睨みつけるように凝視する。

 フレーム内に、ぽっかりと空いた静かな森。と、不自然なまでに巨大な足跡が点々と続く奇妙な光景……。


「……いい? パウロン。私が合図したら、モバカ正面に左からフレームインするのよ」

「フレイム、いん? ナニがいいんじゃ?」


 元とはいえ撮影しようとしている配信者に、炎上系の言葉を投げかけるんじゃない。


「――いいから。私が来いって言ったら目の前に来て、何か面白いことの一つでも、言ってみなさいよ」

「ふむ……」


 どうせ一回のテイクでOKになる訳ないし。

 せいぜい私を、――笑わせてみろ。


  ※


 カウントダウンの合図、そして画面の端から“ソレ”は現れた。

 のっそりと、みやびやかを履き違える足取りで。巨大な鳥、肌が緑色の駝鳥が、画面の枠内に――入ってくる。

 パウロンが変身した緑の羽毛に包まれたダチョウだ。

 彼は、捏造した足跡のすぐ横でピタリと足を止める。と、細長い首を伸ばし、顔面をこちらへ魔晶石の板に向けて、見据えた。

 ――そして。

 特有の、平たい嘴が、おごそかに開かれる。


「群れを成す愚民どもよ」


 その声は鳥の喉から出ているとは思えないほど、深く、重低音。


「英知が、ほしくはないか? ――ワシは偉大なる賢者、パウロン。見よ、この深き森に刻まれた理の足跡を、未だ誰もその実在を知らぬ……深い山に住まうという毛むくじゃらの、巨大な猿人――ビッグフットの足跡である」


 続いてパウロンの翼が、まるで貴族がマントを翻すかのようにバサリと広がる。


「そして畏れ、平伏すがいいッ。ワシこそがこの世の理を統べる、真の支配者であると、理解するのだ!」


 次いでその表情は悪役らしい冷笑を浮かべて、満足げに、締めくくった。


  ※


「――オマエは馬鹿か」

「っほ?」

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