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-8.〔常識が生まれる小さな箱に悩む、元聖女の光線〕

 

  ※  ※  ※


 抜けるような青い空と、風に波打つどこまでも緑の草原。

 そしてぽつんと立つ、時代は感じるものの人が住める、古びた木造2階建て――パウロンの家。

 その前で、私は腕を組み。謎の陽光で眩しそうにしている魔法使いに、告げる。


「まずは動画を投稿するわ」

「……どう――か? 硬貨を投げて、どうするんじゃ?」


 投げてはないし、投稿だし。

 ま、そうなるのは想定済み。


「お金の話じゃなくて映像、その動画よ。ま、言ったところで分からないと思うから、実際にやって、見せてあげるわ」


 そう言って――腰の拡張ポーチから、昨日買ったばかりの、薄い金属の枠に嵌め込まれた一枚の“板”を取り出す。


「ふェ?」


  …


 滑らかな板状の魔晶石が金属の枠に嵌め込まれた手のひらサイズの、ソレ。

 転生者である私にとっては他にベストな例えが浮かばない程、アレに外見が酷似した物。の、表面に指をすべらせ。

 ――淡く青白い光を、起動させる。

 そして画面に数少ないアイコンが並ぶ、内の一つを指の平で押す。

 ……やっぱり。この空間だと魔波は入らない。


「なんじゃ? それは」


 意外にも驚いた反応は全くみせない呆けた表情のまま。パウロンが、不用品を売却して手に入れた、手持ちの板を見ている――。


「――モバカよ」


 モバイリス・カルタ。通称、モバカ。

 この世界、時代においての情報端末である。

 モチロン私が知るアレと、全く一緒の機能、というワケではない。


「……お、おバカじゃと……?」


 ソレはアンタでしょ。

 と、モバカの裏側をおバカ呼ばわりする相手に――向ける。

 カシャリ、乾いた音が草原で響く。

 次いで画面の中には、お気に入りの杖を持つ、目を細めた美少年の魔法使い。が完ペキに収まっていた。


「ほェ?」


 さて。本番はここから、どこまで理解ができるのかが、つづく問題となる――。

 私は小さく、けれども強く、――息を吐く。


  …


 そうして事は、私の想像していた以上に、すんなりと落ち着く。


「……つまり小娘は、その板っきれでビッグフットの噂を広めたい、と言うのじゃな?」


 板っきれ……。


「まぁ、そうよ」

「相、分かった」

「……本当に、分かったの?」

「ナニがじゃ? オマエさん、大した事は言っておらんではないか?」


 シンプルにムカつく。とはいえ、理解してくれたコトは、ありがたい気持ちにもなる。

 が、だ。


「ねぇパウロン……、どうして驚かないの? まさか、モバカを知っていたの……?」


 そんな筈はない。そう、分かってはいても。聞かずにはいられない。


「そんな板っきれ、ワシが知ってるワケなかろう」


 その言葉に、妙にほっとする。

 ……けれど。


「だったら」

「外界で何が起きているかなど、いちいち知ったことではない。火を持ち、ぼんやりと燈がともろうとも、うき世の道具に執着していては不便するばかりじゃ。イマ目の前にアルこと、それがワシにとっての“常識”なんじゃ」

「……パウロン」


 ひょっとすると、私はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。

 永く生きるという孤独を、孤独と思わず、ただ“今”を肯定して活きる。

 ソレが彼なりの、生き抜くための強さなのだとしたら、本当に気高く――。


「まァはやい話、興味のもてない、どうでもいいコトはどうでもいいモノに任せる。というコトじゃな」

「――は?」


 続けて、魔法使いの指先が、私の持っているモバカをさす。


「ところで小娘、一つ聞くが。よもやその板まで、食うつもりではなかろうな?」

「ハ、なに言ってんの……?」

「いやなに、昨夜の食いっぷりを見れば、いかに興味の薄いワシでも小娘が破裂せんのが不思議での……、もしや腹の中に異空間を、と思ったのじゃが――、ん?」

「――か弱き声に、脆弱な生に、虚弱な魂に、賛美歌を……」


 私は静かに、祈りの言葉を口にする。


「ひぎゃッ」


 消えなさい、乙女の敵よ……。


「ひぎィんッ!」


  …


 再三にわたるお仕置きで、さすがの魔法使いも見た目通りの少年のような悲鳴を上げて、大の字、草原の上で降参した。


「ゼェ……、ゼェ……、ぜ、善良なワシを……、それでも聖なる子女か……ッ!」


 まだ音は上げる元気があったか。

 ――しかし。


「前にも言ったけど、私はもう“元”よ。聖女じゃないわ、ただのリーゼ、よ」

「そんなのワシは知らんぞ……ッ」


 あれ? そうだったっけ? ――まぁ、イマは、どっちでもいいけど。


「それより、投稿するための動画を撮りましょ」


 何はともあれ、そうしないコトには、話が前に進まない。

 やがて芋虫みたいな頼りない動きをして――パウロンが起き上がる。

 そして泥を払いつつ。


「……ふむ。して、何をするのじゃ?」


 当然そうなる。

 私は、前世で培ったVチューバーとしての自負心を心ならずも、瞳に据える……。


「ズバリ、バズるのよ」

「……バズる、じゃと……?」


 見たまんま、呆気にとられる時代おくれの魔法使いを放置し。

 さっきも見せた、モバカの画面に映るご本人の姿を、提示する。


「バズるっていうのはね、パウロン。アンタが追い求めているロマンを、世界中の人間に一瞬で、叩きつけてやるコトよ」

「一瞬……じゃと?」

「そう。この情報端末――モバカを使えば、ソレが可能よ」

「……そんな板っきれでか?」

「板っきれじゃなくて、モバカよおバカ」

「呼び名など、どうでもよい。早くワシの質問に答えるんじゃ」


 ――バカ。……ま、いいか。


「んーと。モバカには便利な機能が沢山あるの、……ぜんぶを説明するのは無理だから、今、関係のある事だけ言うわ。――ズバリ、モバカのアプカ、ユア・リスに動画をあげてバズればいいのよ。そうすればビッグフットの噂は簡単に広まるわ」


 言い終わると同時に、自称賢者とは思えないマヌケな顔で「ふェ」とパウロンが声を出す。次いで人形がゼンマイを巻き忘れたかのようにピタリ、と、止まっている……。


「……、――ねぇパウロン。貴方はさっき、イマ目の前にアルのが常識って、言ったわよね? だったらコレがそうよ。今の時代、この小さな箱から私たちの常識は生まれているのよ。目の前に居ない誰かにすら届き得る道理が、つながる場所、それがユア・リスよ」

「――ふ、ふむ……」


 なんとか人形が動き出した。


「……つまり、精神操作のたぐいじゃな?」


 ハ。


「回避しようのない文化の力に洗脳魔法を付加する、なかなかえげつないコトを考えたの、小娘。であれば、ワシもとっておきの力作をみせねばなるまィ」


 精神操作。洗脳魔法。

 あまりに的外れな単語の羅列に、口角がピク、ピク、と引きつる。

 しかし――。

 やる気満々と杖を回し始める魔法使いを、半眼で見る。


「――一応聞くけど。その力作って、何?」

「っほ。決まっておろう、ワシのロマン、変身魔法をその板っきれを通し外界の者どもに焼き付けてやるのじゃ! 小娘の洗脳魔法との合作じゃな、誇らしく思うがよいぞっ」


 フザケるな。頼まれても、そんな成果物に協力するものか。


「せっかくじゃ、土の子も乗せて皆で記念とするかのゥ、カッカッカ」


 なん記念写真まで撮ろうとしてる。

 天を仰ぎ、私は今日も、深く――息を発する。


「駄目よ」

「はふェ? ……何がじゃ?」


 意気揚々と杖を掲げていた魔法使いが動きを止め、不思議そうに私の方を見る。


「忘れたの? イマはビッグフットの噂を形成するのが目的なのよ。ドラゴンなんて出したら、印象が薄くなるでしょ」


 でなくてもこの時期に、飛び回る口実に繋がるコトは絶対避けたい。のが本音だ。


「……なるほどのゥ。確かにそうじゃ」


 パウロンがふむ、と顎に手を当て、何かを考える仕草をする。

 どうせロクでもないことだろう。と思いはしたものの、インパクトの発想とは、どこに潜んでいるかも分からない。


「ではリーゼ、オマエがなじみの壺を被り、逆さになって花を添えるのはどうじゃ?」


 おい、壺とうち解けたことなんて一度もないわ。

 なので。――仕方がない。


「女神よ、お救いください――」


 ――女神の賛美歌序章“洗礼の燈火”――、天からではなく手の平から射出する聖なる属性の光線。聖女が唯一使える純粋な攻撃術式で、普通に放てばそこそこの威力だ――!


「ぁ、あらべしゅくゥーーッ!」


 女神は偉大なり。

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