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「この上書きされた魔法術式……通常使われる魔法インクではありませんわ」
ジゼルは再び、偽造免許証へと視線を戻しながら続ける。
「魔法インクの詳しい成分までは分かりませんけど……ただ、普通の魔法インクが残す魔法痕にしては、複雑すぎますわ」
「成分か……なら、グレイソンの出番だな」
ディランはぽつりとそう言って、ヴェロニカの方を見た。
二人の会話が聞こえていたヴェロニカは、ついディランと目を合わせてしまった。
「グレイソン」
ディランに呼ばれてしまい、ヴェロニカは嫌そうに顔を顰めた。
「なぜ彼女ですの?」
「グレイソンは薬剤師免許を取得していて、成分鑑定が得意だ」
ジゼルが尋ねると、ディランはヴェロニカの得意分野を簡単に説明してくれた。
犬猿の仲だったヴェロニカに、そんな才能があったなんて……ジゼルは意外そうにヴェロニカを見る。
「へぇ……」
ジゼルに興味深そうな目を向けられたヴェロニカは、素っ気ない態度でディランから偽造免許証を受け取ると、そのまま捜査局から出て行ってしまった。
「お疲れ様」
珈琲の香ばしい匂いとともに労いの言葉をかけてくれたのは、同じ捜査局の先輩捜査官エリオット・フェアファクスだ。
エリオットは笑顔で、淹れたての珈琲が入ったマグカップをジゼルとディランにそれぞれ手渡した。
「初日なのに、大活躍だったんだって? すごいね、エヴァレットさん」
こうして真正面から褒められ、ジゼルは素直に嬉しく思った。王太子妃候補としてではなく、自分自身を評価されたことなど、これまでなかったから。
「ありがとうございますわ……」
照れ臭そうにはにかみながら、エリオットから渡されたマグカップを受け取った。
「エリオット、あんま褒めすぎんなよ」
そこに、同じくエリオットから受け取ったマグカップを片手に、ディランは意地悪な笑みを浮かべながら言った。
「こいつ、解析魔法以外じゃ、倒れるわ邪魔するわで俺に迷惑ばっかかけてんだから」
そして、マグカップに口を付ける。
「なんですってぇ!?」
ジゼルは目を吊り上げてディランを睨み付けた。
(やっぱり、この男は嫌いですわ! どんなに仕事ができても、意地悪ばかり言うんですもの!)
むかむかと怒りに満ちたジゼルの表情を見ながら、ディランは言葉を続ける。
「でも……」
ディランは目を細めると、初めてジゼルに笑いかけた。
「思った以上にやるじゃん、お前」
「……っ」
次に何か言ってきたら、すかさず言い返してやろうと身構えていたジゼルは、虚を突かれたように言葉を失ってしまう。
「あ。グレイソンがインクの成分を割り出したら、取り扱い商店を割り出しておいてくれ」
「うん、分かったよ」
ディランとエリオットが今後の流れについて話し合っている中、ジゼルは隣で戸惑っていた。
(なんなの、この男。急に笑ったりして……調子狂うわね……)
そんな中、アーネストが一人の事務員の女性とともに戻ってきた。
「偽造免許証の件、報告書を読ませてもらった」
手元の書類に目を落としながら、アーネストは言った。
「……もう報告書を上げていましたの?」
「お前と違って、俺は仕事が出来るんだ……と、言いたいところだが、今回は事務員のフレアさんに手伝ってもらった」
ディランが親指で、アーネストの隣に立つ美人の事務員を示す。するとその女性は、ジゼルにニコリと笑いかけた。
「ベティ・フレアです。捜査局の事務員をしているの。書類仕事や資料集めで困ったことがあれば、なんでも相談してね」
ベティは穏やかな笑顔を浮かべて、ジゼルに手を差し出す。ジゼルはつられて彼女と握手を交わした。
「二人とも、よく事故として処理せず、犯罪だと見抜いてくれたな」
アーネストが珍しく笑いながら、ジゼルとディランを褒めた。するとディランは、急にジゼルの襟首を雑に掴んで、自分の隣に立たせた。
「……突き止めたのは、こいつです」
ディランはむすっとした表情を浮かべて続ける。
「俺一人なら、気付かずに事故で処理していました」
ジゼルが驚いた顔でディランを見上げると、「なんだよ」と言うぶっきらぼうな声が返ってきた。
「そうか」
アーネストは満足そうに目を細めて、ジゼルとディランを見つめた。
「しかし、売人の存在を突き止めたのはディランだ。それについては、今後も継続して追っていこう」
「……そっすね」
ディランはアーネストに褒められて、顔を逸らし、照れ臭そうに小声で返事をしていた。
「二人とも。初日はどうだった?」
アーネストが尋ねると、ディランがすぐに顔を顰めながら答えた。
「最悪です」
「はぁ⁉︎」
ジゼルが言い返す前に、ディランが続けた。
「勝手に動いて、勝手に攻撃食らって、鼻血が出たら勝手に気絶して……」
ディランのうんざりした雰囲気が伝わり、アーネストは少しだけ気まずさを感じた。
「……苦労かけたな、本当に」
アーネストとしては、今日の様子次第では今後もディランに教育係を任せようと考えていたのだが……どうやら、相性を見誤ったらしい。
「では明日からは……別の者にジゼルを付けよう」
アーネストはそう言って、現場経験の豊富な捜査官にジゼルを任せようと思った。ちょうどそばにいた、グレゴリー・ハウエルを呼ぼうとしたところ……
「……いや」
ディランが遮った。




