2-2
ディランは改めて免許証を見た。カードには、確かに目の前にいる魔術師の名前と顔写真が記載されている。
「……お前、もしかして『解析魔法』が使えるのか?」
ディランは信じられないものを見るような目で、ジゼルを見た。
「それにこの免許証、魔法術式が二重に重なっていますわ。きっと本物の免許証に、この男の情報を上書き……わぷっ⁉」
ジゼルが得意げに話している途中で、魔術師が魔法を放った。顔面に衝撃魔法を食らったジゼルは、その勢いで尻もちをついてしまった。
青褪めた魔術師が逃げ出した。すかさずディランが後を追い、商店を出て数メートルのところで取り押さえた。
ジゼルは赤くなった鼻を押さえながら、怒りに顔を引きつらせ、店主とともに二人の後を追った。
「貴方ね! いきなり魔法を使ったら危ないじゃないのー!」
「逃げ出すためだろ。まあ、自分から怪しいって認めたようなもんだな」
ディランは魔術師の両腕を後ろで縛り上げながら言った。
そこにすかさず、ジゼルが吠える。
「私の可愛い顔になんてことをー!」
「……お前、もう黙れよ」
ディランは呆れたようにジゼルを見た。
その時、ジゼルの鼻から血が一筋流れ落ちた。
ぽたりと地面に落ちた赤い雫に気付いたジゼルは、キョトンとした表情を浮かべる。
「……血?」
ジゼルはしばらく呆然と地面を見つめた。
「あぁ……」
すると、ジゼルはその場に倒れてしまい、店主が慌てて彼女を支える。ディランがギョッとしてジゼルを見ると、彼女は気絶しているようだった。
「こいつ、まじか……」
呆れ果てたディランは、ジゼルを支えている店主と思わず顔を見合わせた。
そこへ、魔法省の上着を羽織った一人の男が駆け寄ってきた。
「アシュクロフト君!」
ディランが顔を向けると、そこにいたのは、魔法事故調査局の調査員ジュリアン・モントローズだった。ジュリアンは魔術師を取り押さえているディランへ目を向けた。
「この状況は一体……」
「こいつは免許証偽装の容疑者だ。縛っておいたから、このまま魔法省まで連行してくれ」
ディランらしい雑な説明だが、ジュリアンはすぐに理解して頷く。
「分かった。でも君は……」
自分はどこへ行くつもりなのかと言葉を続けようとしたところで、ディランが店主の方を指さした。
「俺はそいつを運ばなくちゃならねぇ」
「え?」
ジュリアンが指さされた方へ目を向けると、店主の腕の中で気を失っているジゼルの姿にやっと気付いた。
「えぇ⁉」
ディランは立ち上がり、店主からジゼルを受け取ると、横抱きにして抱え上げた。
「彼女は……もしかして、ジゼル・エヴァレット嬢?」
元王太子妃候補だったジゼルは、貴族社会では有名人だ。ジュリアン自身も伯爵家の出であるため、当然彼女の顔には見覚えがあった。
ディランは何も答えず、そのままジゼルを抱えて魔法省へ向かったのだった。
◆
ジゼルが目を覚ますと、白い無機質な天井が目に入った。状況が分からずに、慌てて上体を起こすと、自分が今ベッドの上に寝かせられていたことに気付いた。
「気が付いたか……」
隣から声がして、ジゼルはそちらへ顔を向ける。そこにはアーネストとギルバートの姿があった。
「ここは……?」
「魔法省の医務室だ。現場で倒れたお前を、ここで休ませていたんだ」
アーネストが淡々とした表情で答えた。
「迎えにギルバートを呼んでおいた。今日は初日だし、もう帰って休みなさい」
ジゼルがポカンとした表情でアーネストを見つめていると、ギルバートが身を乗り出してジゼルの顔を覗き込んだ。
「鼻血を出したと聞いたぞ。顔にも擦り傷とはいえ傷を作って……初日からお前は……」
「やはりジゼルには捜査官の仕事は荷が重かったか……」
深刻そうな顔をする二人の横で、ジゼルは焦る。
「き、傷⁉︎ 私の顔! 鏡っ、鏡はありませんの⁉︎」
そばに控えていた医師が、慌ててジゼルに手鏡を渡した。
鏡を覗き込むと、ジゼルの小さな鼻には大きなガーゼが貼られていた。そんな彼女のそばで、医師が「数日もすれば傷跡も残らず綺麗に治りますよ」と説明している。
手鏡を持つジゼルの手が、ぷるぷると震えていた。心なしか、彼女の華奢な肩も、心細そうに震えている。
(怯えるのも仕方ない。弱いとはいえ、顔面に魔法を受けたんだ。怖かっただろう……)
これまで兄夫婦に蝶よ花よと大事にされてきたジゼルを知っているからこそ、アーネストは少しだけ罪悪感を感じていた。
一方、ギルバートも後悔から拳を握りしめていた。
(社会復帰のためとはいえ、ジゼルに無理をさせるんじゃなかった……)
そんなしんみりとした空気の中で、ジゼルは手鏡から顔を上げると、力いっぱいに叫んだ。
「あの偽造魔術師、許せませんわー!」
アーネストとギルバートは顔を上げて、思わず「え?」と呟いた。
「局長! 犯人は今、どこにいますの⁉」
「……ディランが取調室で取り調べているが……」
ジゼルは魔術師の居所を聞くと、怒りに任せて勢いよくベッドから飛び出した。そして、まるで風のように医務室から駆け出していったのだった……
アーネストとギルバートは、一体何が起こったのか理解できず、しばらくその場で呆けていた。




