終章-1
「なんでそんなにボロボロなんだよ?」
リリアナが去っていく後ろ姿を見つめていると、ギルバートとアーネストがやって来た。
「頑張ったからですわ!」
ジゼルがギルバートに得意げに腰に手を当てて答えると、アーネストが珍しく優しい笑顔を浮かべて言った。
「事件はまだ解決ではない。これから過激派の摘発や物証集めなどで忙しくなるだろう。エブリン大神官の協力があるとはいえ、教会相手にどこまで通用するのか……しかしそれでも、今は言わせてくれ。ジゼル、よくやった」
普段厳しいアーネストに褒められると、ジゼルはとても嬉しく思った。
「ディランと一緒だったからですわ!」
「……数か月前まで、家に引きこもって将来は僕に養われると言っていたじゃないか」
妹の照れを見透かしたように見つめて、ギルバートが鼻で笑った。そして、まるで試すような目付きで尋ねてくる。
「お前一人くらい増えても、僕は養っていける自信はあるけど……どうする?」
かつて、ジゼルはこの兄と叔父に画策されて、無理やり魔法省へと就職させられた。
あの時のジゼルは、嫌で嫌でたまらなかったけれど……
ジゼルは満面の笑顔を浮かべた。
「結構ですわ! 自分の人生を他人に委ねるのは、もうまっぴらですの!」
そう、もう捜査官という仕事は強要された仕事なんかじゃない。ジゼルが自分で望み、選んだ仕事だ。
ジゼルはそう思うと、途端にディランに会いたくなった。
ジゼルが周りを見渡すと、捜査官や王宮護衛隊の人混みに紛れて、ディランの後ろ姿がチラリと見えた。
そして、ディランのもとへ行こうとするジゼルだったのだが……なぜかギルバートが引き留めてきた。
「……本気で彼と交際しているなら、ちゃんと父と僕に紹介するべきだ」
「な、なぜ知ってますの……?」
ジゼルはディランとの交際を、家族にはまだ話していないのに……
慌ててアーネストを見ると、彼は自分ではないと顔を横に振った。
「僕にはジゼルと違って、友人が多くいるからね。嫌でもお前のことは耳に入るんだよ」
ギルバートの言葉に、アーネストは黙っておくことにした。
ここ最近、魔法省の局員たちから、アーネストのもとに些細な苦情が届いている。その全てが、ギルバートに妹の情報を頻繁に探らせるのを、やめさせてくれという内容だった。
「今度、彼を公爵家に連れてきて」
ギルバートが素っ気なく言うと、ジゼルは恥ずかしそうに顔を赤く染めた。そんな妹の反応が面白くないのか、ギルバートは眉を顰めている。
「そのうち……紹介しますわ!」
ジゼルはギルバートから逃げ出すように走って、ディランのもとへ向かった。
ディランに近付いていくと、彼はペトラと一緒にいた。
ジゼルは二人を見て、思わず固まってしまう。
「もう、ディラン! ここも怪我してる!」
それはなぜか……ペトラがディランの衣服を捲り上げ、ディランの素肌を見て、露わになった腹部に触れていたからだ。
「おい! やめろよ!」
ディランはうんざりした顔で拒否しているが、慣れているのか、ペトラは気にしていない様子だった。
(あの女……!)
その瞬間、ジゼルの中で黒い感情が膨れ上がる。ジゼルは二人に駆け寄り、ペトラの手を掴んだ。
「……ジゼル?」
ディランは呆然とした顔でジゼルを見つめ、手を掴まれたペトラはとても驚き、僅かに身を引いていた。
ジゼルは今だけのことでペトラに怒ったわけではない。捜査で一緒になった時から、ペトラがやたらとディランと親しげにして幼馴染を強調してくる時から、実は気に入らなかった。
「ディランは、私の恋人ですわ!」
ずっと、本当は嫉妬していた。ジゼルが勢いのままそう叫ぶと、周りにいた捜査官たちも驚いて、ジゼルに注目した。
その時、ジゼルはハッと我に返った。
ディランと、ペトラと、周りからの視線……この光景、覚えがある。学生の時に、ジゼルが嫉妬心を露わにして何度も味わった光景だ。
ジゼルはすぐにペトラから手を離した。
「あ、私……ごめんなさい。手、掴んだりして……」
信じられない気持ちで、自分の手を見下ろす。途端にジゼルは泣き出しそうな表情を浮かべ、その場から走り去った。
「ジゼル!」
ディランが慌てて呼び止めるが、ジゼルは振り返らないまま行ってしまった。
(どうしよう……どうしよう! 私、また……!)
ジゼルは自分の嫉妬心を自覚していた。
(昔みたいにまた……今度はペトラさんに敵意を向けてしまいましたわ……!)
ジゼルは人けの少ないところまで走ると、立ち止まり、ぎゅっと固く目を閉じた。
胸に手を当てると、心臓が嫌なほど激しく脈打っている。もしかして……自分はなにも変わっていないのではないか。
嫉妬深い自分から、なにも成長できていないのではないか。
相変わらずジゼルは一年前の悪女ジゼルのままで、仕事を頑張ったからといって、すぐに人は変われないのではないか……
ジゼルは一気に自己嫌悪に陥り、思わず俯いた。
その時、後ろから誰かに腕を掴まれる。
「待てって……やっと捕まえた」
振り返ると、ディランだった。
「お前……どうしたんだ? 様子が変だぞ」
心配そうにこちらを覗き込んでくるディランを見つめながら、ジゼルは泣きそうになる。
(私のこんな醜い感情……ディランに知られたくないですわ……)
ジゼルは目を逸らすように顔を横に向けて、さりげなく涙を拭った。
「なんでもありませ……」
「いい加減こっち見ろ、馬鹿」
しかし、ディランに顎を掴まれて、無理やり目を合わせられてしまった。
「なんで泣いてるんだよ」
「……」
「言わなきゃ分かんねーって」
ジゼルは観念したように小さく鼻を啜り、見逃してはくれなさそうなディランに全てを白状した。
「……嫉妬、したんです」
「は?」
「私、ペトラさんと仲の良いディランを見て嫉妬したんですわー!」




