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終章-2

 勢い任せにそう叫ぶと、ディランは一瞬固まり、そして小さく吹き出したかと思えば、堪えきれないように笑い出した。


「なぜ、笑うんですの⁉︎ 私は今、昔の私みたいに彼女が憎いと思ってしまったんですの」

「ジゼル、落ち着けよ」

「私、捜査官になって変われたと思ったのに……もしかして何も変われていませんのー⁉︎」


 ディランは、ジゼルをぎゅっと抱きしめた。


「落ち着け。で、俺の話を聞け」


 ジゼルはディランの胸に顔を埋めたまま、鼻を啜りながら小さく頷いた。


「お前に伝えておくことが二つある」


 ディランの低い声が、ジゼルの耳元で聞こえる。なぜだろうか、彼の声を聞きながら、この温もりに包まれていると、ジゼルはとても安心する。


「ペトラは幼馴染で学院の先輩である前に、俺の従妹……つまり親族だ」

「……へ?」


 ジゼルは思わず顔を上げるのだった。


「昔から、何かと俺の世話を焼いてくるし鬱陶しいところもあるんだが……まあ、俺は少なくとも姉みたいな人だと思っている」


 これでジゼルは安心しただろうとディランは彼女に笑いかけようとしたのだが、なぜかジゼルはもっと泣き出した。


「でも従妹は結婚できますのよ! それに彼女は、絶対にディランに不埒な感情を抱いてますわ! 女の勘がそう言ってますの!」

「本当に面倒な性格だなお前は!」


 ディランはうんざりした顔でそう言うと、これ以上ジゼルに何も言わせないと、口を塞ぐようにキスをした。


 二人の唇はすぐに離れる。今度こそ、ジゼルは顔を真っ赤にして大人しくなった。


「そしてもう一つ……お前は何も変わってねぇよ」

「な、なんでそんなこと言うんですの……」

「最後まで聞けって! つまり、お前は確かに『捜査官』かもしれないけど……」


 ジゼルの肩を抱くディランの手に、力がこもった。


「でも、それ以前にお前はずっと『ジゼル・エヴァレット』だろ?」


 ジゼルはハッとする。


「お前がどんなに嫉妬深い女だろうが、それは何も悪いことじゃねぇ。問題は、その嫉妬をどうするかだろ」


 ディランは爽やかな笑顔を浮かべて続けた。


「だから、これからは嫉妬しても相手に怒んなよ。俺が信用できねぇなら、俺に怒れ」


 ジゼルは、まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった。


 かつて、自分のこんな嫉妬心を、周りは醜い、みっともない、悪女と評した。でもディランはそんなジゼルを受け止めると言ってくれる。


「……きっと、たくさん怒ってしまいますわ」


 ジゼルの返答に、ディランは嬉しそうに笑った。そして、ジゼルの涙を指で拭いながら優しい声で言う。


「いいよ。ジゼルのそんなところも含めて好きになったんだしな。それに、それだけお前が俺を好きって意味だろ?」


 そして二人はそっとキスをする。実は、遠巻きに周りから注目されているとも気付かずに……


「なんか拍手されてますわ……」

「この状況。どこか既視感があるな」


 婚約を破棄されたあの日、ジゼルはすべてを失ったと思っていた。

 けれど、それは終わりではなかった。


 一歩踏み出した先には、彼女のまだ知らない世界が広がっていた。


 仕事があって、仲間がいて、愛する人がいて……そして何より、自分自身で選べる未来がある。


 これは、一人の悪女が『ジゼル・エヴァレット』として、自分の人生を歩き始める物語。




終。







「――え? ジゼル、あんた……せっかくアシュクロフトさんからプロポーズされたってのに、返事をしてないの⁉︎」


 ヴェロニカは信じられないといった表情で、目の前のジゼルを見た。


「だ、だって……仕事の帰り道に、思い付いたように言ってきたんですのよ⁉︎ 雰囲気も何もありませんわ! もっとロマンチックなプロポーズを期待していたのに!」

「相変わらず、こだわりが強いわねー」


 ジゼルが悔しそうに言い返すと、ヴェロニカは呆れた様子だった。


 二人は王宮の正門前にいた。よく晴れた日の昼間、ジゼルとヴェロニカは休日なのか、私服だった。


「ジゼルとアシュクロフトさんが交際して、もう一年よね。いいの? せっかくのプロポーズを無下にしちゃって……次、またプロポーズしてくれる確証なんてないんだからね」

「え⁉︎ い、いえ、ディランなら、そこはちゃんとしてくれるはず……ですわ……」

「いやぁ、どうかなぁ? 男心はすぐに変わるって言うし?」

「どうして、そんな意地悪を言うんですのー⁉︎」


 不安になって半泣きになるジゼルを見て、ヴェロニカは腹を抱えて笑っていた。


「ふん! 自分が結婚したからって、ヴェロニカが生意気ですわ!」

「まぁね。私の場合、作戦勝ちよ」


 ヴェロニカは得意げな笑顔を浮かべて、ジゼルに左手の薬指にはまった指輪を見せつけてきた。


「まさかヴェロニカの昔からの恋人が、モントローズさんだったなんて……」

「ジュリアンとの交際は、私の希望でずっと隠してたからね。仕事に私情を挟みたくなかったし」

「そして、結婚に至って、私はその時初めて知らされたと……」

「まぁまぁ、もういいじゃないその話は……っと、ジゼル。来たよ!」


 ヴェロニカの声にジゼルは顔を上げる。そして、ヴェロニカが指差す方を見ると、そこには城から出てくるリリアナの姿があった。


「リリアナ、こっちよ!」


 ヴェロニカが手を振りながら大きな声で呼ぶと、リリアナもこちらに気付き、笑顔で駆け寄ってくる。


「ジゼル様、ヴェロニカ。お待たせしてごめんなさい」

「いいのよ、それより……」


 ジゼルとヴェロニカは、少し緊張した表情でリリアナを見つめた。すると、リリアナは穏やかな笑顔でニコッと笑う。


「えぇ。今日で私の王太子妃も終わったわ。アレク……いえ、アレクシス殿下との離縁も、無事に成立しました!」

「そんな、祝い事のように明るく言うのやめて……」


 明るく笑うリリアナの隣で、ヴェロニカは気まずそうに肩をすくめていた。


 リリアナは緊張した様子でジゼルに向き直った。ジゼルも少し落ち着かない様子だ。


「……顔を合わせるのは、あの誘拐事件以来ですわね……」

「はい……でも、貴女とディラン様の活躍は、王宮でもよく耳にしていましたから……何だか久しぶりには感じません」


 リリアナはそっとジゼルの手を取る。


 最後にジゼルと言葉を交わした時、リリアナはジゼルに過去を許すことはできないと言った。

 けれど、この一年の間、ジゼルの活躍を耳にする度に、リリアナはなぜか勇気づけられる気持ちになっていた。


 ジゼルが自分自身の人生を歩んでいる姿を見て、リリアナはいつからか自分もそう生きてみたいと……思うようになったのだ。


「あの誘拐事件から、アレクシス殿下は私とちゃんと向き合ってくれたんですよ。一年間、私たちはたくさん話して、向き合って……その結果、お互いの未来のために離縁を選択したんです」


 ジゼルも手を握り返した。


「お二人がそう決めたなら、私には何も言うことはありませんわ」

「あの時、ジゼル様がアレクシス殿下に言ってくれた言葉のおかげで、私も殿下も、ちゃんと自分のための未来を選択できました。ありがとうございます」


 二人の間の雰囲気が、少ししんみりしてきた。それを破るように、ヴェロニカが明るい声で言う。


「辛気臭い話はそれくらいにして、今日はせっかく私が企画したんだから、これから三人でぱーっと遊ぶわよ! ほら、行くわよ!」


 ジゼルとリリアナは頷いて、ヴェロニカの両隣にそれぞれ立つ。


 リリアナは眩しい太陽が浮かぶ空を見上げた。こんなに晴れやかな気持ちで空を見上げたのは、いつ以来だろうか……


「さようなら、私の長い片想い」


 誰にも聞こえないような声で、さよならを告げて。


「それにしても、ヴェロニカは結婚したし、ジゼル様も素敵な恋人がいるし……私にもいい男が現れないかしら?」

「それなら、私素敵な人を知っていますわよ!」


 リリアナの軽口に、ジゼルが乗った。


「まぁ、本当に?」

「えぇ。同じ職場のエリオットさんという方なんですけど……」

「よりによって、職場の同僚を紹介するのね」


 三人は楽しそうに笑いながら、王宮を後にして、街へと歩き出した。


「珈琲を淹れるのが、とってもお上手なんですのよ!」

「まぁ」

「ちょっと、もっと言うべきところが他にもあるでしょ。エリオットさんが可哀想すぎるわ……」


 そして三人は、賑やかな人混みに紛れていったのだった。






今度こそ、完結。



最後までお読みいただきありがとうございました!

またご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いします。


2026/10/29

香咲りら

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