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外からは、何かが激しくぶつかり合う音が聞こえていた。どうやらディランは、御者の神官と交戦しているらしい。
ジゼルは聞こえてくる音でディランの状況をある程度予想した。そして、リリアナを立ち上がらせて、そのまま荷馬車から脱出しようとする。
しかし、懐から短剣を取り出したエリオスが、彼女たちに刃を向けながら立ち塞がる。
「ジゼル・エヴァレット……!」
髪を乱しながら、エリオスが憎々しげにジゼルの名を呼んだ。
ジゼルは解析魔法を使い、輝く赤い瞳でエリオスを見る。
「エブリン大神官の手紙に紛れて、私に手紙を送っていたのは、貴方ですね? あの手紙に微かに残っていた魔力波長が一致しますわ」
「……あの時、貴女が私の手を取ってくださってさえいれば、今こうして苦労もする必要がなかったのに……」
エリオスはもう、隠すつもりはなさそうだ。ジゼルに戦闘魔法のセンスはあまりない。だから、ディランが来るまでの時間を稼ぐために、ジゼルはエリオスとの会話を試みた。
「リリアナを誘拐した目的は何ですの?」
「誘拐だなんて、とんでもない!」
エリオスは心外だと言わんばかりに叫んだ。
「私は、この世の不条理を正したいだけなのです」
エリオスは短剣を握りしめたまま、静かに言った。
「生まれた家によって、与えられる教育も、選べる未来も違う。どれほど努力しても、最初から恵まれた者たちには敵わない……そんな世の中が、正しいとお思いですか?」
ジゼルは何も答えなかった。ジゼルの背後でリリアナが息を呑む気配がした。
「リリアナ妃殿下をご覧なさい。あの方は、ただ生まれた家格が低いというだけで、幼い頃から愛する方との未来を奪われた。そして今も、恵まれた教育を受けてきた貴女と比較され、苦しんでいらっしゃる!」
エリオスの声が、次第に熱を帯びていく。
「努力する者が報われず、生まれながらに持つ者だけが称賛される。私は、そんな不条理を終わらせたいのです!」
「……だから、リリアナを利用するんですの?」
ジゼルはリリアナを背に庇いながら、慎重に防御魔法をかけた。そして、エリオスの様子をうかがいながら尋ねる。エリオスは興奮しているためか、ジゼルの魔法には気付かず、心外だと言わんばかりに急に大声を上げた。
「利用などではありません! 妃殿下は、この国の不平等を誰よりも理解していらっしゃる。あの方が王太子妃として私たちと手を取り合ってくだされば、必ず世の中を変えられる!」
エリオスはジゼルを真っ直ぐに見据えた。
「貴女のように、最初からすべてを与えられてきた方には、分からないでしょうがね……! 私は神官として……崇高な使命を全うするため、尽力しているだけです!」
ジゼルは思わず、その表情に嫌悪感を浮かべた。
今は時間稼ぎだ、エリオスをあまり刺激するべきではない。
頭ではわかっているけれど、ジゼルは怒りで頭に血がのぼり、性格上、どうしても黙ってはいられなかった。
「崇高な使命……? 貴方たち過激派のせいで、道を踏み外してしまった者たちを前にしても同じことが言えますの?」
嫉妬や劣等感……それは、誰しもが一度は感じたことのある感情だ。エリオスは、その感情を利用し、苦しむ人々の心を利用したのだ。
「私たちは間違っていない。世直しに、多少の犠牲は付きものだ……!」
エリオスは呻くように、ジゼルの言葉を否定した。
ジゼルはエリオスを前にして、過去に自分の嫉妬心で苦しんだ悪女として、どうしても言ってやりたい言葉があった。
「過去に失敗した私なら、彼らの気持ちが分かりますわ……」
ジゼルは唇を噛み、込み上げてくるものを必死に堪えた。
そして、エリオスを真っ直ぐに見据える。
「『私たち』が求めていたのは、少なくとも貴方の言葉ではなかった」
その言葉を聞いた瞬間、エリオスは一瞬動きを止めた。しかし、すぐに逆上し、短剣を振り上げてジゼルに突進するように襲い掛かってきた。
ジゼルは咄嗟にエリオスの腕を掴んで押さえたが、体勢を崩してしまい、勢い余って二人とも床に倒れ込んだ。
「ジゼル!」
その時、御者の神官を捕縛し終えたディランが荷馬車の扉から飛び込んできた。
荷馬車の中では、倒れたジゼルに覆いかぶさるようにエリオスが上になり、片手でジゼルの肩を押さえつけ、もう片方の手に握った短剣で今にも彼女を突き刺そうとしているところだった。
「動くな!」
エリオスがディランに叫ぶ。ディランは怒りをぐっと抑えながら、魔法を使おうとしていた手を止めた。
短剣はもうジゼルの目前へと近付いてきていた。ディランが下手に動いては、ジゼルは怪我だけでは済まないだろう。
(もし私の顔が傷付いても、ディランは変わらず私を好きでいてくれるかしら……?)
鼻先にある短剣の先を見つめながら、そんな馬鹿げた考えが、この絶体絶命の状況で、一瞬頭をよぎった。
こんな時にまで、何を考えているのだろう。
ジゼルは思わず笑ってしまった。その笑いにエリオスが気付く。
(弱気になるなんて、私らしくありませんわ……!)
ジゼルはもう、諦めない。自分にとって大切なものは、ちゃんとわかっているから。
「リリ、アナ……」
ジゼルは必死に抵抗しながらも、リリアナに何とか顔を向けた。
「今のうちに、ディラン、の……ところへ……早く、逃げて……!」
これから自分の身に何が起ころうと、ジゼルは自分の使命を全うする。
『ジゼル、お前が自分を認められなくても、俺は認めてる。お前は立派な捜査官だよ』
だって、ジゼルは……
「舐め、ないで、ください……!」
ジゼルは解析魔法でエリオスを視た。エリオスは全身に防御魔法を巡らせていた。しかし、興奮のせいか魔力の流れが乱れ、右肩の周囲だけが薄くなっている。
「私は……魔法犯罪捜査局の……」
ジゼルは歯を食いしばり、片手でエリオスの短剣を持つ腕を押さえ、もう片方の手を彼の右肩に素早く押し当てる。
そして、ジゼルは残る魔力を手に集中させ、渾身の衝撃魔法を放った。
エリオスの右肩に衝撃が走り、短剣を握る腕が大きく跳ね上がった。
「捜査官、ジゼル・エヴァレットですわ!」




