10-3
街道から大きく逸れた森の茂みを進んでいく。少し進んだところで、奥の方から馬の鳴き声が聞こえてきた。
ディランが先頭となり、慎重にその声の方へと向かった。すると、木々の景色には不似合いな真っ赤な馬車とそれに繋がれた二頭の馬が姿を現した。
馬は少し興奮した様子だった。
「これ……!」
それは探していた王宮の馬車だ。ジゼルたちは駆け寄って馬車の中を確認すると、一人の護衛服を着た男が、血を流して気を失っていた。
「リリアナ妃殿下の魔力をこの方の傷から感じますわ……おそらく、治癒魔法を使ったのでしょう」
先ほど、ジゼルが感じた微かなリリアナの魔力波長はこれだったのだろう。
ジゼルたちの気配に気付いたのか、護衛は小さな呻き声を上げて目を開いた。
「気がつきましたの⁉︎」
慌ててジゼルが護衛に声をかけると、護衛は虚ろな瞳でジゼルを見つめた。
「貴女は……ジゼル・エヴァレット……? どうしてここに……?」
なぜ面識のない護衛がジゼルを知っているのかは謎だが、ジゼルは取り敢えず、彼の怪我の状態を確認する。
「アレクシス殿下の指揮の下、リリアナ妃殿下の追跡捜査をしている魔法犯罪捜査局だ。あんたにいくつか、尋ねたいことがある」
命に関わる怪我ではないことを確認した後、ディランが護衛の横でしゃがみ込み、彼の顔を覗き込みながら言った。
「リリアナ妃殿下は、誘拐されたのか? それとも……」
ディランの青い瞳が鋭くなる。
「教会のやつらと、手を組んでいるのか?」
「違う‼︎」
護衛は突然叫んで否定した。
「リリアナ妃殿下は何も知らない! ただ、俺がっ……」
「貴方が神官の言葉を信じ、手を組んだ……そういうことですわね?」
怯えていた様子の護衛は、改めてジゼルを見る。そして、憎しみを込めた目で睨み付けてきた。
「ジゼル・エヴァレット……お前の、お前のせいで妃殿下は今、苦しめられているんだ!」
そう叫び、逆上した護衛が勢いよく上体を起こし、ジゼルに掴みかかろうとした。しかし、すぐにディランが護衛の胸を押さえ込み、動きを封じる。
「急になんですの⁉」
「お前、各方面から恨まれすぎだろ。一体何をしたんだよ?」
「この方に何かした覚えはありませんわ! もう悪女は卒業してますもの!」
ディランに抵抗する護衛だったが、怪我も相まって彼はすぐに諦めたように項垂れた。
「俺はただ……妃殿下を苦しみからお救いしたかっただけなんだ」
「救う?」
ディランが尋ねると、護衛は目から涙をこぼして小さく頷いた。
「妃殿下を救ってくださると言った神官様のことを信じてたのに……なのに……あいつらは、俺を騙しやがった」
その涙は後悔の涙のようだ。ディランは冷たい瞳のまま、その護衛を見つめていた。
「ここで話をするだけと聞いていたのに、あいつらは妃殿下を別の馬車に乗せようとしたんだ……俺はそんな話、聞いてなかった。止めようとしたら、奴らに襲われて……」
護衛は涙を拭いながらも、再び泣き出してしまった。
「妃殿下はどこへ連れていかれた?」
「分からない……奴らに襲われた後、気を失っている間にどこかへ……」
「……そうか」
ディランは小さく息を吐き、護衛を観察するようにじっと見つめていた視線をやっと外した。
「ペトラ、保安局に連絡を。負傷者がいる。治療班と応援を寄越してもらえ」
「了解。すぐ手配するわ」
ディランは立ち上がると、護衛を見下ろしながら言った。
「お前にどんな事情や気持ちがあれど、お前がしたことは立派な犯罪だ。妃殿下を保護した後、魔法省でゆっくりと話を聞かせてもらう」
護衛は後悔に顔を歪めて、素直に頷いていた。
「どうか妃殿下を……お助けください……」
震える声で、そう呟いたのだった。
「見て。この地面に、まだ新しい車輪の跡がありますわ!」
「つまり、ここで馬車を乗り換えたのか……少し時間を食ったが……」
ディランはそう言って、王宮の馬車に繋がれた馬を見る。
「ちょうどいい。この先は馬で追おう」
ディランは少し興奮気味だった馬を宥めると、馬車から外し、鞍はないが持ち前の身体能力と
優れた馬術で軽々と馬の上に跨った。
そして手綱を握りながら、ペトラに言った。
「ここからは俺とジゼルで追跡する」
「待って、経験が浅いエヴァレットさんより、私の方が……」
「ジゼルの解析魔法は追跡向きだ。それに経験値の高いお前だからこそ、この場を任せられる」
ディランの言葉にペトラは口を閉じ、少しだけ表情を固くさせた。
「ペトラはここで、あの怪我人を保護しつつ応援を待ってくれ」
しかし、すぐにペトラは笑顔を作る。
「……えぇ。わかったわ!」
その横では、ジゼルが必死にもう一頭の馬に跨ろうと悪戦苦闘していた。そんな彼女の姿を見て、ディランは思わず口元を緩めた。
「ジゼル……お前、変な動きで俺たちを笑かそうとしなくていいんだぞ?」
「そんなこと、一ミリもしていませんわ!」
あまり乗馬経験のないジゼルにとって、鞍のない馬に跨ることはとても難しいことだった。
「仕方ねぇな。ほら、ジゼル。掴まれ」
からかってきたくせに、ディランはすぐに優しい瞳で手を差し伸べてくる。ジゼルはむすっとした表情を浮かべながらも、素直にその手を掴んだ。
「お前、乗馬が苦手だろ?」
「れ、練習すれば私だって上手に乗れますわ!」
「分かった分かった。今度の休日にでも教えてやるよ」
「……約束ですわよ?」
「あぁ。だから今はしっかり掴まってろ」
ディランはジゼルの腕を引き上げながら、彼女の腰を支えてやる。そして当たり前のように、ジゼルを自分の前に座らせた。
じゃれるように軽口を言い合う二人を見て、ペトラは思わず固まった。
「……」
二人から目を逸らし、手をぎゅっと握りしめる。そして、改めて顔を上げると、二人に笑顔を向けながら言った。
「二人とも気を付けて! 応援が来たら、私もすぐに後を追うわ」
ディランは了承するように軽く片手を上げると、手綱を握り直し、ペトラに背を向けて森の奥へと進んでいったのだった。




