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「リリアナ王太子妃殿下が?」
問い返すジゼルの声は、驚きのあまり震えていた。
「はい……妃殿下が元より過激派と関係があったのか、狙われているからなのか……私には真実はわかりません。しかし、この事件に王族が関わっているかもしれない。私がより動けなくなった理由はこれです」
「そんな……」
しかし、ジゼルはすぐに表情を引き締める。
「王太子妃殿下がその大神官と接触していたという証拠は、ございますの?」
「ええ。最近、以前リリアナ王太子妃殿下と懇意にしていた大神官が地方へ出向になり、代わりに別の大神官がつくようになりました。その時からです。月一回だったはずの慰問の回数が増えていき、妃殿下がよく教会へいらっしゃるようになったのは……」
エブリンは続ける。
「そして、妃殿下は本日も教会へいらっしゃる予定なのです」
ジゼルとディランは思わず顔を見合わせた。
「ディラン。すぐに殿下へ知らせましょう」
かつてジゼルが憎んだ女性。自分の欲しかったものを全て手に入れたと、心から妬んだ女性。
ジゼルの胸の奥に、かつての苦い感情がわずかによみがえった。けれど、それはもう、ジゼルを動かす理由にはならなかった。
ジゼルは勢いよく立ち上がると、ディランを見下ろしながら言った。
「早く捜査局に戻って、局長に報告して王宮に……」
「そんな時間ねぇよ」
ディランも立ち上がる。
「このまま王宮に直接向かうぞ」
「で、でも申請しませんと……相手は王族ですのよ!」
ジゼルが慌てたようにディランを見上げた。するとディランは分かっているかのように頷き、しかし引かなかった。
「あぁ。だが、そんなもん待っていたら、明日以降になっちまうぞ。その間に、万が一手遅れな状況になったらどうする?」
「確かに……物証もなにもない状況で緊急性を訴えるのは厳しいですわね……」
リリアナのはっきりとした立ち位置はまだ明らかになっていない。しかし、過激派の仲間であれ、ターゲットであれ、王族がこの事件に絡んだ今、悠長なことはしていられない。
「だから……気は進まねぇが、緊急事態だから仕方ねぇ」
「どうするんですの?」
ジゼルが不安そうにディランを見ると、彼はニッと歯を見せて笑った。
「俺もたまにはお前を見習って、ちょっと高慢大公子にでもなってみるか」
(大公家の名前を使うなんて、死んでもやりたくなかったけどな……)
ディランはジゼルを見つめる。
(でも、こいつといると、そんなに気にならなくなったな)
ジゼルは少しムッとした表情を浮かべていた。
「なんだか引っかかる言い方ですわね」
「おい、俺にそんな態度でいいのか? 俺はアシュクロフトだぞ。お前の真似~」
「私、もうそんなこと言っていませんわー!」
昔の自分をからかわれて頬を膨らませるジゼルに、エブリンが声をかけた。
「私も、高慢大神官になってみましょう」
ジゼルとディランがエブリンを見る。エブリンも悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「私だけでは不可能でしたが……でも、今なら。大神官の権限を使って捜査の協力をいたします」
三人は顔を見合わせ、力強く頷いた。
エブリンに教会内部の調査とリリアナの慰問予定の確認を任せ、ジゼルとディランは王宮へと急いだ。
そんな二人は今、王宮の門前で止められていた。
「事前の面会申請はございますか?」
門番が厳しい表情で二人を見ている。ディランは一歩前に出た。
「ねぇよ。緊急だ」
「ですが……」
門番はディランの胸元で輝く捜査局の身分章に視線を向ける。言い淀んでいるのは、ディランの凄みに気圧されたからだろう。
その隙に、ディランはさらに言葉を重ねた。
「いいか? 俺はディラン・アシュクロフトだ。大公家嫡男が王太子殿下に緊急の面会を求めてる。それでも待たせるってんなら、責任者呼んでこい」
(まあ、本当にやりましたわ、この男……!)
ジゼルは意外そうにディランを見上げていた。大公家の名前を聞き、これは自分の一存で判断できないと考えた門番は、慌てた様子で声を上げた。
「アシュクロフト大公子様⁉ す、すぐに確認いたします!」
走り去っていく門番の後ろ姿を見送った後、ジゼルに目を向けたディランが得意げに言った。
「どうよ?」
「意外と様になっていましたわよ、高慢大公子」
ジゼルもディランを見習って、ニッと歯を見せて笑ってみせると、ディランはなぜか目を泳がせながらジゼルから視線を外した。その耳は少し赤くなっている。
しばらくして、門番が戻って来た。
「あ、あの……お目通りが叶いましたので、中へどうぞ」
ジゼルたちが正門を通って中へ進んでいくと、そこにはアレクシスの補佐官が立っていた。
補佐官により通されたアレクシスの執務室。部屋に入ると、アレクシスは執務机で書類と睨み合っているところだった。
ジゼルとディランが入室すると、アレクシスは顔を上げてソファーに座るよう促し、そして再び書類へと視線を落とした。
「今の時期は、決裁する案件が日ごとに増えて、そう安易に判断できないものばかりなんだ。悪いがこのまま、話を聞かせてもらうよ。申請もなく大公家の名前を使って押しかけてくるほど、緊急のようだしね」
アレクシスの言葉の端から、僅かな嫌味が感じ取れる。多忙な中に無理やり面会しようとしてきたのだから、腹を立てていても仕方ないとジゼルは口を噤みながら思った。




