9-2
ジゼルとディランの会話を聞いていたエリオットが、珈琲の入ったカップを両手で持ち笑顔で近付いてくる。
「わぁ! 二人とも、おめでとう!」
すると、ちょうど横を通りかかったグレゴリーまで珍しく話の輪に入ってきた。
「プライベートに口出しはしないが、仕事に支障をきたすなよ」
ベティも嬉しそうにニコニコと笑いながら、ジゼルの手を両手で掴んだ。
「ジゼちゃんったら。やっと素直になったのね」
「前から怪しいと思ってたの」と、ベティに手を握り締められながら、ジゼルは呆気にとられた表情を浮かべていた。
「な、なぜ皆さん驚かないんですの……」
「いや。あんたたち二人については今更」
ヴェロニカが息を吐いて半笑いに答えたところで、アーネストがやって来た。
捜査局の外まで会話が聞こえていたのか、アーネストは複雑そうな顔でジゼルとディランの顔を交互に見ていた。
「あー、こほん。皆、席につけ」
アーネストのひと言で、捜査局の空気は引き締まる。
「昨日の事件のことは皆頭に入っているな?」
「ルーカスへの尋問は現在も続いています。昨日発見された証拠を突きつけたところ……すんなりと口を割りました」
グレゴリーの報告に合わせ、ベティが捜査資料を一同に配った。ジゼルは配られた報告書に視線を落とす。
「あぁ。その尋問で、奴がケビン殺害について口を割った」
アーネストは頷きながら、結論を皆に伝えた。
ルーカスはもともと聖月教会の本部に所属する神官で、以前から教会に通っていたケビンの苦悩に目をつけていたらしく、接触を図ったようだった。
ルーカスは以前から、悩みを抱えた信徒を選別して『リスト』を作成していたという。どうもルーカスは、この一連の事件は自分が一人で行ったことだと主張しているらしいが……
ケビンはルーカスに自身の劣等感を肯定されたことで、ロンへの不満が恨みと変わり犯行に及んでしまった。
しかし、罪の意識に耐え切れなくなったケビンは、ルーカスを追って田舎町までやって来ると、自首するつもりだと告げた。だからルーカスは、ケビンを川に突き落とし殺害に及んだとのことだった。
「エリオットの診査魔法でケビンの遺体から検出されたあの精神安定剤は、聖月教会の医務室でも普通に常備されている薬らしい」
「あの薬、服用してすぐは軽い酩酊症状が起こる場合がありますからね。事故と見せかけようとしたのでしょう」
アーネストの言葉を補足するように、ヴェロニカが言った。
「それで、その『リスト』だが……」
アーネストはそこで言葉を切り、ジゼルへ目配せをした。ジゼルは頷いて、昨日ルーカスの金庫から持ち出せた調査書を提出する。
「分かったことは?」
「解析魔法でこの調査書を視てみますと、複数人の魔力波長を感じました。ただ、時間が経ちすぎた魔力波長を正確に読み取るのは難しく……詳しい特定には至っていませんわ……」
ジゼルは申し訳なさそうに目を伏せる。しかしすぐに「……けれど」と、自身の鞄の中から手紙の束を取り出した。
皆がその手紙の束に注目した。
「これは、私が去年引きこもっていた時に教会から届いていた慰問手紙ですわ」
ジゼルは少し悲しそうな表情を浮かべながら、手紙の束について説明した。
アレクシスに婚約破棄された後、エブリンから毎日のように心配の手紙が届いた。最初こそ返事を返していたジゼルだが、いつからか王太子妃候補としての過去を思い出すのが苦しくなり、封も開けなくなってしまった教会からの手紙たち。
ジゼルはずっと、エブリンからの手紙だけだと思っていた。けれど……今朝、改めて未開封の手紙を確認した時に、封蝋の柄が僅かに違うことに気付いたのだ。
ジゼルは王太子妃候補だった昔、エブリンの大神官の印章に悪戯をしたことがあったのだ。その悪戯のせいで、エブリンの印章は、よく見ないと気付かない程度だが、端が僅かに欠けている。
聖月教会には、大神官だけが使用を許された印章がある。それは聖月教会の権威を象徴する、大切な印章だった。
当時、叱られるのではないかと怯えていたジゼルを、エブリンは笑って許してくれた。『泣かないでください。印章は新しいものを作ればいいのですから』と、慰めてくれた。
『この印章は公式では使えませんが、私が大神官ではなくただのエブリンとして貴女と接する時に使いましょう』
『……それってどういう意味なの?』
『友人の証、ということです』
ジゼルはあの日のエブリンの笑顔を思い出しながら、手紙を握り締めた。
(エブリン大神官は、この事件に関わっていない。そう信じたい……)
届いていた未開封の手紙には、欠けた印章と欠けていない印章が使われていたのだった。二種類の印章が何を意味するのか……ジゼルにはまだ、何の確証もないけれど。
「もしやと思い、今朝、未開封のものを全て家から持ち出してきましたの」
時間がなく、まだ全てを開いて中身を確認できていないが……ルーカスの調査書に名前が載っていたジゼルなら、何かの形でルーカスが接触を図ってきていたのかもしれない。
もしそうならば、それはこの手紙が有力候補だとジゼルは考えた。
そして、もし手掛かりが見つかれば……ルーカスから報告書を受け取っていた人物の特定につながるかもしれない。
「……俺たちが読んでいいのか? お前の私的な部分も書かれているんだろう?」
ディランが気遣わしげにジゼルを見た。ジゼルは俯いて、不安そうな表情を浮かべた。
もちろん自分の過去を皆に晒すのは勇気がいるし、気は進まない。でも……もうこれは、ジゼルだけの問題ではない。
ジゼルは顔をあげて、真っ直ぐディランを見つめる。
「いえ。これは『私たち』の名誉のためにも、皆さんに見ていただくべきですわ」
『私たち』。それは、かつての自分と同じように、誰かに認められたくて苦しんでいる人々のことだった。




