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朝の祈祷を終えたエブリンは、自身の神官室の席につくと、引き出しの中から一枚の紙を取り出した。
エブリンは無表情のまま、その紙を指先でそっと撫でた。それは、ジゼルが渡した空白の小切手だった。金額の記入欄は、空白のまま……
「エブリン大神官様」
扉がノックされ、エブリンが目を掛けている神官の声が聞こえた。
エブリンはすぐにハッと我に返り、返事をする。
すぐに神官の男が一人、入室してきた。そして、真っ直ぐにエブリンの元へ向かうと、彼女の耳元に顔を寄せ、囁き始めた。
「……そうですか。魔法犯罪捜査局が……」
神官から報告を聞き終えたエブリンは、静かに頷く。その顔に、一切の笑顔は浮かんでいなかった。
◆
早朝に田舎町の宿から出発し、一度公爵家に帰ったジゼルは、準備を整えて再び魔法省へと出勤した。
今日のジゼルはどこか落ち着きがなく、そわそわとしている。なぜなら、自分とディランは昨日から恋人になったのだ。改めて顔を合わせると思うと、緊張してくる。
(どんな表情で顔を合わせればいいの……?)
捜査局へ向かう途中、ふと廊下の窓ガラスに映る自分の顔を見つめ、足を止めた。
(髪型とか……変じゃないかしら? よく見たら、目の下にクマがありませんこと⁉)
見れば見るほど、自身の身嗜みのあらが目に付いてしまう。ジゼルが焦った様子で、窓ガラスに映る自分と睨めっこをしていると……
「朝から何自分の顔を食い入るように見てんだよ?」
「きゃあ⁉」
後ろからポンと肩を叩かれて、ジゼルは驚きの声を上げる。慌てて後ろを振り返れば、そこにはディランが立っていた。
「このナルシスト」
ニヤリと揶揄うように笑いながら、これまでと変わらない様子でディランは意地悪を言う。
すると何だか、ジゼルは急に不安になってしまった。
「……あの、ディラン」
「なんだよ」
「私たち……昨日から恋人になったのですよね?」
もしかして、昨晩のことはジゼルが見た夢だったのでは……そんな不安から、ジゼルは確かめるようにディランを見上げる。
ディランはキョトンとした表情を浮かべていた。
「ああ、そうだけど?」
ジゼルは安堵する。安心すると、次に不満がむくむくと出てきた。
「では、もう少し何かありませんの……?」
「何かって?」
ピンときていないディランの様子に、ジゼルはもどかしい気持ちになる。
(この男……本気で分かっていないみたいですわ)
仕方ない。今回は、恋人としてジゼルが教えてあげよう。
「ディラン、いいですこと。恋人にはもっと、こう……優しくするとか、可愛いと言うとか! そんな気遣いが必要なんですわ!」
「昨日言っただろ」
少し照れながら得意げに教えてあげるジゼルだったが、ディランは不思議そうに小首を傾げながら言い返してきた。そんなの、聞き捨てならない。
「昨日だけですの⁉」
「やっぱお前、面倒くせぇ性格だなぁ」
「なんですって……!」
ジゼルとディランは恋人同士になったとしても、こうして結局口喧嘩を始める相性のようである。
ジゼルが売られた喧嘩を買おうと、臨戦態勢を取る。すると、ディランは周囲に誰もいないことを確かめ……少し屈んでジゼルの顔を覗き込むように顔を近付けてきた。
「かわいい」
優しい笑顔で笑って、ジゼルの唇に軽く口付ける。
「っ……!」
「そんな分かり切っていること、わざわざ言う必要あるのか?」
自分を素直に褒める言葉と不意打ちのキスで、ジゼルは思わず膝から力が抜け、よろめいた。咄嗟にディランが抱き止める。
ジゼルは顔を真っ赤にしてディランを見上げると、彼もまた照れ臭そうに目を逸らしながら言った。
「急に黙るなよ……ほら。ちゃんと言ったぞ。これで満足?」
ディランは赤くなった顔を隠すように、手の甲で口元を押さえている。ジゼルはまさか、あの隙があれば軽口ばかり叩くディランのこんな姿を見られるとは思わなかった。
二人が恋人になったという実感が湧き、ジゼルは嬉しく思う。それと同時に、恥ずかしくなってくる。
「……い、意地悪を言ってこないディランは、なんだか気持ち悪いですわ」
「てめー、ぶっ飛ばすぞ」
甘いディランもいいけれど、ジゼルはやっぱりこっちのディランの方が落ち着くのだ。
今日も二人の言い合いが始まった。そのまま言い合いを続けながら、二人は捜査局へ入っていった。
「チッ……お前、今日ヘマしても絶対助けてやらねーからな」
「ヘマなんてしませんわ!」
ジゼルとディランは、互いにふんと鼻を鳴らして顔を背けると、それぞれ自分の席についた。
「ディランはもう少し、レディの扱いを学ぶべきですわ」
ぶつぶつと文句を呟きながら着席するジゼルの様子を、隣の席で頬杖をついたヴェロニカが、じっと見つめていた。
「なんですの?」
「いや、なんかさ……」
ヴェロニカが言う。
「喧嘩した後なのに、あんた、にやついてるから」
ジゼルは思わず自身の口元を手で覆った。すると、何かを察したヴェロニカがにやりと笑った。
「何があったの? ん?」
「な、なんでもありませ……」
「あ。俺たち昨日から付き合ってる」
ジゼルがほんのり顔を赤くしながら話題を逸らそうとしていたところに、横からディランが割り込んでくる。
しかも、あっさりと二人の関係をバラしてしまった。
「言ってしまうんですの⁉」
「なに、言っちゃ駄目なのかよ」
驚くジゼルに、ディランは眉をひそめた。
「だ、駄目ではないですけれど……」
ジゼルはそう言いながらも、少し不満げな表情で語尾をもごもごとさせていた。
「で、でもっ、恋愛って恥じらって秘密にして、二人で大切に育てていくものではありませんの⁉」
少なくとも、ジゼルの認識ではそうだ。婚約関係でないのならば、愛とは静かに大切に、二人で育んでいくもの……ジゼルはこれまで読んできた恋愛小説でそう学んできたのだ。
「お前……本の読みすぎじゃね?」
しかし、そんなジゼルに対して、ディランは本気で呆れたような顔をしていた。




