8-4
話を聞き終えたジュリアンは、ディランの肩に手を置く。
「それよりも、二人が無事で良かったよ」
ジュリアンは窓の外にいるジゼルへと目を向けながらそう言って、再びディランに視線を戻すと笑って頷いた。
「……ここは私に任せて、アシュクロフト君とエヴァレット君は少し休憩をしてくれ」
ジュリアンは気遣わしげにディランを見つめた。
「彼女、見るからに顔色が悪そうだ」
「……悪い」
ディランは頷いて言葉に甘えると、この場はジュリアンに任せてジゼルのもとへ行くことにした。
「ジゼル」
確かに顔色を悪くしたジゼルは不安そうな表情を浮かべて、ディランを見ていた。
「少し休憩しよう」
ディランが裏庭の端のほうを指差しながら言う。ジゼルは頷いて、ディランの後ろに続いた。
「悪い……俺がしくじった」
ジュリアンの指揮のもと、執務室を忙しそうに出入りする調査員たちを遠目に見つめながら、ディランが呟くように言った。
その声は悔しそうで……ジゼルはすぐに、いつも慎重なディランが自分に解析魔法を頼まなかった理由を悟った。
(あのディランが、私を気遣ったから……?)
そう思うと、ジゼルの胸が苦しくなる。
過去から逃げずに仕事を頑張って、ジゼルは変わったつもりだったのに……結局今も、自分のことで精一杯になって、周囲のことが見えなくなるままだ。
王太子妃候補だった頃と、一体何が変われたというのだろう。
ジゼルの表情を暗くさせるのは、それだけじゃない。
(私……ケビンさんや他の犯人たちと同じような心の弱さを抱えたままで、捜査官に……ディランの相棒として相応しいのかしら……)
そう思うと、ジゼルの胸はずしりと重くなった。思わず調査書を抱き締めて、俯く。
「……違いますわ、ディランは悪くない。私が……」
「ストップ」
言葉を遮られ、ジゼルはハッとする。恐る恐る顔を上げると、そこには厳しい表情を浮かべたディランがいた。
ジゼルはさらに不安になって、思わず彼から目を逸らす。すると、ディランが深いため息を吐く音が聞こえてきた。
(失望、されている……?)
思わず胸に抱えた調査書を見下ろして、ジゼルの目の奥が、つんと熱くなる。
「も、申し訳ないですわ。ケビンさんやこれまで逮捕した者たちが、もしかすると私の未来の姿だったのかもしれないと考えると、戸惑ってしまって……」
ジゼルはディランの無言が怖かった。でも、何を言われるのか想像する方が恐ろしくて、息つぐ間もなくさらに言い募った。
「でも、これからはもっとしっかり捜査官として頑張りますから……私の解析魔法で、この調査表を調べて確かな物証だと証明して……」
「……ジゼル」
そもそも、ジゼルはディランに何を証明したいのだろう。どうして彼女は、彼に失望されるかもしれないことを、こんなにも怖がっているのだろう。
「ジゼル、俺を見ろ」
ディランがそっとジゼルの顎に手を添えた。恐る恐る顔を上げると、そこには真剣な青い瞳があった。
――ジゼルは、アレクシスの青い瞳が好きだった。
でも、いつからだろうか。晴れ渡る青い空を見上げて、アレクシスではなくディランを思い浮かべるようになったのは。
こういう瞬間、ジゼルは嫌でも自覚する。ディランが好きだから、失望されたくないし、認められたい。
ディランの隣に誇れる自分で立ちたい。なのに、捜査官として相応しいのかと疑問に思う自分自身が情けなくて恥ずかしい……
「魔法省に帰ったら、俺は反省文、お前は報告書の山だな」
「……え?」
ジゼルは予想外の言葉に、思わず目を丸くした。
「はあ。俺もまだまだだわ。これからも、気を引き締めねぇとだな……」
「ま、待ってください!」
ジゼルは慌てた様子でディランを見上げた。
「私に……呆れていませんの……?」
「は? なんで?」
「だって……」
ディランは普段通りの様子でジゼルを見ている。ジゼルは思わず目を泳がせた。
「お前、もしかしてこの火災が自分のせいだと思ってんの?」
ジゼルが何も答えられないでいると、ディランは改めてため息をついた。
「悪いけど……これは、俺の判断ミスだ!」
ディランは自分のミスだと認めるにしては堂々とした態度で、親指で自分の胸を指した。
「しかも、正直、かなりやらかした!」
そう言ってディランは、わざと大げさに肩をすくめる。
ジゼルは呆気にとられ、口をあんぐりと開けた。
「だから、さ。俺、ルーカスの後ろにいる奴を引っ張り出して失敗を挽回したいから、手伝ってくんね?」
ディランがニカッと笑う。ジゼルは目に涙を溜めて、必死に堪える。
「私でいいんですの……?」
「俺の相棒は、お前しかいねぇからな」
ふいに涙がこぼれ落ちてしまい……ジゼルは慌てて涙を拭った。
「私っ、ディランに失望されたと思って……」
「なんで?」
「だって、自分のことで精一杯で、ディランに迷惑をかけてしまいましたしっ……」
「いや、それは俺が……まあ、いい。今はお前の言い分を聞かせてもらうわ」
ジゼルが顔を上げると、ディランは笑っていた。
「私の名前がこんなリストに載っていますし、もしかしたら私も犯罪を犯していた未来があったかもしれませんわ……私、ディランの相棒に相応しいのかなって考えてしまって」
「待て。もしかして、お前、自分も犯罪者と同じリストにいたから、捜査官に相応しくないとか考えてんのか?」
ディランは眉をひそめながら、続けた。
「過去はどうであれ、お前は自分で選択して今ここにいる。俺は、そんなお前を見てきたんだ」
「……ディラン」
「アレクシス殿下みたいに、昔からのお前を知ってるわけじゃねぇ。でも、この数か月のお前なら、俺が誰よりも近くで見てきたつもりだ」
ディランの言葉が、ジゼルの胸にじんわりと染み込んでいく。嬉しい。なのに、なぜ……こんなにも思い切り泣きたい気持ちになるのだろう。
「ジゼル、お前が自分を認められなくても、俺は認めてる。お前は立派な捜査官だよ」
そのひと言で、ジゼルの心をこんなにも救えるのは、きっとディランしかいない。




