8-3
ジゼルは、ずっと思っていることがあった。
「私、ケビンさんを見て……昔の自分に似ていると思っていましたの」
ディランは目を見開き、言いかけた言葉を飲み込んだ。ジゼルは自嘲気味に笑っていた。
「自分を認めてほしくて、欲しい物が手に入らない焦りと劣等感を抱きながら、毎日を生きていましたわ」
そんな時にもし、ジゼルの抱える不満や喪失感、劣等感を肯定されていたのだとしたら……
「私も、ケビンさんと同じだったのですわ」
ジゼルもきっと、救われた気持ちで耳を傾けていただろう。
「私も……彼らに狙われていた」
「ジゼル……」
ディランが何と声を掛けようかと悩みながら名前を呼ぶと、ジゼルは苦しそうな表情を隠すように俯き、ディランから顔を逸らした。
「捜査を続けましょう」
「……」
会話を終わらせたがっているジゼルの心情を察して、ディランはそれ以上何も言えないまま静かに頷いたのだった。
ディランはジゼルをそっとしておくことにし、捜査を再開した。向かったのは執務机だ。先ほど気になった魔法インク瓶を改めて確認しようとした。
(魔法省に持ち帰って、グレイソンに鑑定してもらう必要があるな)
ディランは魔法インクの小瓶を証拠品用の袋に収め、封をした。
次に引き出しへと目を向ける。また何らかの魔法術式がかけられているのではないかと考え、ディランはジゼルへと目を向けた。
ジゼルは先ほどの調査表を虚ろな目で読み続けている。今の彼女に仕事を頼むのは気が引けるが……
(……いや、施錠魔法を見つけてからでいい)
ディランは、そう自分に言い聞かせた。それは捜査官として、ごく当たり前の判断のはずだ。
なのに、ジゼルに声を掛けるのを躊躇した理由が、仕事の効率ではないことくらい、自分が一番よく分かっている。
(何やってんだ、俺)
胸の奥が落ち着かない。仕事に私情を持ち込むなんて、ディランが一番嫌うことなのに……今のジゼルに無理をさせたくないと考えている自分もいる。
ジゼルの解析魔法ほど正確ではないが、ディランにも魔力の反応があるかどうかくらいは分かる。
ディランがジゼルと出会う前は、自身の力だけで捜査をしてきたのだから。
意識を引き出しの取っ手に向けた。どうやら魔力の反応はないみたいだ。
(……施錠魔法はなさそうだな)
ディランはそう判断して、引き出しを開けた。やはり施錠魔法はかけられていないらしく、引き出しはすんなりと開いた。
小さく息を吐きながらディランが中身に目を向けると、そこには教会へ宛てたものとは別の報告書のようなものが入っていた。
「……これは……?」
瞬時に、ディランは、ルーカスの背後に別の人物がいる可能性を考える。
あとは封をするだけの状態になった報告書を手に取り、ディランが頁を捲った時……カチ、カチ……
ディランはハッとして、慌てた様子で顔を上げる。
続いて、彼の耳に微かな機械音が聞こえた。ディランの背筋が凍る。
「ジゼル! この部屋から出るぞ!」
「え?」
驚いた表情を浮かべて、咄嗟に動けないでいるジゼルの姿を見て、ディランは無意識にその報告書を手放し、ジゼルのもとへ駆け寄った。
そして、調査表を胸に抱えたままのジゼルを問答無用に抱きかかえたディランは、裏庭に続く窓から外へと飛び出したのだった。
その瞬間、先ほどディランが調べていた引き出しが爆発し、執務室には、あっという間に炎が立ち上がった。
「あぶねぇ……施錠魔法じゃなく爆弾を仕掛けるなんて……漁った奴をハナから殺す気だったな」
「な、何ですの、今の……!」
ジゼルはディランの腕の中から、炎に包まれた執務室を見上げた。
「魔力反応がなかったのは、機械式の起動装置だったからか……中身に手を付けたら魔法術式が作動する仕掛けだったらしい」
ルーカスは捜査の手が及ぶことを想定し、あらかじめこの仕掛けを用意していたのだろう。
「おそらく、ルーカスが一番見られたくないものは、あの引き出しの中身ってことだ」
ディランの言葉を聞きながら、ジゼルは戸惑った様子で、メラメラと燃え上がる執務室を眺めていた。
ディランは燃える執務室を見ると、抱えていたジゼルを丁寧に地面へと下ろす。
そして、大量の水魔法を放ち、より燃え盛ろうとしている火を一気に消火する。黒く焦げた室内から、煙が立ち上っていた。
「中を見てくる。まだ危険かもしれないから、ジゼルはここで待ってろ」
そう言って、ディランは自身に防御魔法をかけると、飛び出した窓から再び中へと戻り、びしょ濡れになった室内を確認していった。
金庫も、引き出しも、すぐに消火したから形は残っていたけれど、紙類は全て燃え尽きてしまっていた。
ディランは険しい表情を浮かべる。
私情を挟まず、ちゃんとジゼルに解析してもらっていれば、避けられたかもしれないのに……
「何やってんだよ……俺」
無事だった証拠は、ディランが見つけた魔法インクと、ジゼルが胸に抱えている調査表だけだ。
他にも室内に危険物がないか確認していると、扉の外からバタバタと走る大きな足音が聞こえてきた。
「二人とも! すごい爆発音がしたが、大丈夫かい⁉︎」
ジュリアンの声だった。爆発音を聞いた彼は、爆破源がこの執務室だと突き止めて、扉の外から声を掛けてきたのだ。
ディランが扉を開けてやると、そこには焦った表情を浮かべているジュリアンが立っていた。
黒く染まった室内を見て、ジュリアンは驚愕の表情を浮かべていた。ディランは目を伏せながら、この部屋で起きた一連の流れを簡潔に伝えた。




