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7-6

「誘拐されていた間の出来事は、子供の俺には簡単には受け入れがたいほどに酷いもので……何とか助け出されて体中の傷は治癒魔法で綺麗に消えたけど、その時の心の傷までは消えなかった」


 ディランの青い瞳が遠くを見ていた。まるで、このまま消えてしまいそうなほど、弱々しい……ジゼルは初めて、そんなディランを目の当たりにした。


「そんなことが……いえ、たとえ大人でも恐ろしいことですわ」

「なに? 俺を慰めてくれんの?」


 ディランの性格からして、彼は自身の弱みを見られることを嫌うはずだ。ジゼルは思わずディランから目を逸らすと、ディランは揶揄うように笑う。


「でも、当時の俺が一番堪えたのは、誘拐よりも家族からの言葉だった」


 いつも光に満ちたディランの青い目に翳りが差す。それを見たジゼルはなぜだか、胸騒ぎがした。


「『大公家嫡男としての自覚が足りない』、『弱みを見せるな』、『大公家の利益を考えろ』。命からがら生還した息子に、それしか言えないんだぜ。家族ってなんだって思うよな」


 ディランの家族は彼自身を見てはくれなかった。嫡男として、どれだけの価値があるのか……関心はそれだけだったのだ。


 ジゼルは当時の幼いディランの気持ちを思うと、自然と目の奥が熱くなった。


 ディランの苦しみのすべてがわかるわけではない。それでも、『役割』だけを求められる虚しさなら、ジゼルにも覚えがあった。


 ジゼルは婚約者相手だったが、ディランはそれが家族なのだ。当時、彼は苦しんだに決まっている。


 ジゼルは何か言おうとした。けれど、上手く言葉が出てこない。


 ただ、当時の幼いディランがどれほど傷ついただろうと思うと、胸が締めつけられた。


「……って、なんでお前が泣いてんだよ」


 ディランは目の前でぽろぽろと涙を流すジゼルに気付くと、驚いた表情を浮かべた。

 ジゼルもディランに言われて初めて、自分が泣いていることに気付いた。


「もう十年前のことだし、気にすんな」


 鼻を啜るジゼルに、ディランはゆっくりと手を伸ばし、ぎこちない手つきでその頭を撫でた。


「……悔しいですわ……」


 ジゼルは涙を拭いながら思う。


 王太子妃としての役割を求められたジゼル。大公家嫡男としての役割を求められたディラン。

 二人は似ている。でも、ジゼルはその役割にしがみついて、ディランは精神的に距離を取った。


『自分の責任からは逃げねぇ。でも、自分の人生も諦めたくねぇ』


 あの日の言葉を思い出す。

 ディランは、ずっと自分の人生を守ってきたんだ。


(ディラン、貴方は強い人ですわ……眩しいくらいに)


 そんなディランの相棒になれて、ジゼルは誇らしいと思う。


「これからは、貴方の隣には私がいますわ」


 ジゼルは顔を上げて、真っ直ぐに自分の相棒を見つめながら言った。すると、ディランはとても驚いた顔で固まってしまった。


「私は貴方の相棒ですもの!」


 ジゼルがそう続けて笑うと、固まっていたディランもつられて笑顔になる。


「そうだな」


 ディランは穏やかに笑いながら頷いた後、またいつもの意地悪な笑顔を浮かべるのだった。


「というより、俺、誘拐されるなんてそんなヘマ、もうしねぇから」

「素直じゃないですわね!」


 ジゼルも調子を合わせて笑う。二人は、それから少しだけ会話を交わすとすぐに捜査を再開した。


 ディランがふと顔を上げると、窓の外はすっかり陽が落ちていた。


(……今何時だ?)


 文字を追い続けて疲れた目を休めるように、目頭を揉みながら隣を見ると、受付帳簿を膝の上で広げたままジゼルが寝落ちしていた。


「……こいつ」


 静かだと思ったら……と、ジゼルを起こそうと手を伸ばし、止める。


(そもそも俺……なんでこいつに自分の過去を話してんだか)


 ずっと他人に触れられたくないと思っていた過去なのに。


 ジゼルの寝顔を見ていると、そのあまりの気の抜けた顔に、ディランは思わず噴き出した。


(仕方ねぇな……こいつなりに、頑張ってくれたしな)


「もう少し後に、起こしてやるか」


 ディランは自身の上着を脱ぐと、そっとジゼルにかけてやった。


 眠っているジゼルを見下ろしているうちに、自然と頬が緩んでいた。それに気づいたディランは、ハッとする。


「……俺、正気かよ……」


 ディランはぽつりと呟くと、再び帳簿に目を落とした。彼の耳先は、ほんのりと赤くなっていた。




 それからしばらくして、ディランの手が止まった。彼は突然目を見開いて、ソファーの背もたれに預けていた上体を勢いよく起こす。


 そして、隣でまだ寝ているジゼルを揺さぶって起こした。


「おい、起きろ! 間抜け面!」

「ん~……なんですの……って、今間抜け面って言いました⁉」

「いいから、ここを見ろ」


 目を擦るジゼルの後ろ襟首を掴んで、ディランが持つ帳簿を覗き込ませる。


 ディランが指差す先には、ケビンの名前。ジゼルは一気に目が覚めた。


「大体半年前ですわね」


 二人は帳簿を真剣な表情で見つめた。


「日が経つにつれて、明確に訪問頻度が増えていってるな……」

「それも担当神官がこの方に代わってからですわ……って、この神官の名前……」


 そこに記されていた名前は、今朝読んだグレゴリーの報告書にあった、田舎町へ赴任した神官のものだった。


「おいおい、当たりを引いたか?」


 ジゼルとディランは帳簿から顔を上げて見合わせる。そして、嬉しそうに互いに突き出した拳を、こつんと軽く当てたのだった。

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