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グレゴリーの報告書の内容は、主に田舎町の地形や住人たちの聞き込み調査の結果について記されていた。
住人にケビンと面識がある者はおらず、ただ逃走先として田舎町を訪れた可能性もあると記されている。
「逃走先にこの田舎町をねぇ……船を出せるような海もなければ、周りは馬車が通るのも一苦労な山道ばかりだ。隠れるにはいいかもしれねぇが、見つかった時には逃げ場がねぇぞ」
ディランが報告書に目を通しながら、椅子の背もたれに深くもたれかかった。
ディランの知るケビンは、頭の回る男だった。そんなケビンが、逃げ場の少なさを考慮しなかったとは思えない……
「そうだね。この町の目立った施設といえば、最近できた小さな聖月教会くらいかな。赴任してきた神官も、とても熱心な方らしいよ」
エリオットもディランに同意しながら、現地で聞いた話を補足する。
続いて、ヴェロニカもケビンの体に残っていた薬物の鑑定結果を皆に伝えた。
「ケビンの体から薬物が検出されたんだけど、精神安定剤に使われる成分だったわ。病院でも一般的に処方される薬だし、今のところ不審な点はないわね」
「うーん……精神安定剤を服用していたくらいだから、まだ自分の顔が知られていなさそうな田舎町の教会で悩み相談に来たとか?」
エリオットはそう言ったものの、すぐに自分の思いつきを笑い飛ばした。
「何にせよ、地道に手掛かりを探すしかないな」
ディランは立ち上がり、嫌そうな表情を浮かべるジゼルの後ろ襟首を掴む。
「俺たちは引き続き、教会で調べものだ」
「……絶対今日も悪夢を見ますわぁ……」
泣き言を呟くジゼルは、ディランによって、まるで市場へ連れていかれる子羊のように、教会へ連行されていったのだった。
再び聖月教会へやって来たジゼルとディラン。
昨日使っていた部屋をそのまま使わせてもらい、二人は黙々と受付帳簿と睨めっこしていた。
相談者の名を一つひとつ確認しては、ケビン・キースの名前がないかを調べていく。
「まあ、今日もお疲れ様です」
エブリンが様子を見にやって来て、笑顔で声をかけてきた。そして、エブリンは山積みになった帳簿の隙間に、高級菓子を盛った皿をそっと置いた。
ジゼルが帳簿から顔を上げてエブリンを見ると、彼女は微笑みながら言った。
「私からささやかな差し入れです」
「絶対、昨日の私のお金で買いましたわよね⁉」
「ほほほ。昨日いただいた寄付金は、教会のために有効に使わせていただきますよ〜」
半ば八つ当たりのジゼルを躱すように、エブリンは飄々とした態度で笑っていた。
「では、ごゆっくり〜」
「エブリン大神官は、私たちを揶揄いに来たのですわ!」
「余計な体力を使うな。やるぞ」
ちょっかいを出してそのまま退室するエブリンに、ジゼルはぷりぷりと怒っている。その隣では、ディランが疲れた顔をしていた。
それから、さらに黙々と作業して数時間後。
「糖分が足りませんわ! さっきの高級菓子を、持ってこいですわー!」
どうやら限界がきた様子のジゼルが叫びだす。
「うるせぇ……」
ディランがうんざりした顔で、頁を捲った。
「さっきの菓子、ほとんど一人で食ったくせに……」
深いため息を吐くディランの隣で、ジゼルはバツの悪そうな表情を浮かべた。
やけ食いしようと気まぐれに手を伸ばした菓子が、本当に美味しくて、ジゼルは夢中になって菓子を食べ尽くしてしまったのだ。
ジゼルは大人しく帳簿の次の頁を捲った。すると、ある名前が目に留まり、「あら?」と声を上げた。
「なにかあったか?」
「あ、えっと……」
ジゼルはちらりとディランを見た。そして、気まずそうな表情を浮かべて、帳簿の中を指差した。
「ここに……貴方の名前が載っていますわ」
「……」
ディランの表情が曇っていく。
「時期はちょうど、十年前ですわね」
「そっか……もう十年も経つのか」
ディランは昔を思い出すような仕草で、軽く天井を見上げていた。
ジゼルはふと、自分はディランのことをよく知らないことに気付く。
(気になる……けど、こんなことを聞くのは野暮ですわ)
ここに名前が載っているということは、十年前の幼いディランが、教会へ助けを求めたという証拠なのだから。
ジゼルが気まずそうに俯くと、彼女の様子をじっと見つめていたディランがため息をついて言った。
「お前、『気になる』って思いっきり顔に書いてあるぞ」
そして、にやりと笑う。
「俺の過去が気になるのか?」
「……話したいなら、聞いてあげないこともないですわ!」
正直気になる。しかし素直になれないジゼルは、高飛車な態度でそう言った。
「はは。可愛くねぇ奴」
ディランは揶揄うように片眉を上げ、しばらくジゼルを見つめていたが、やがて小さく笑った。
「……まあ、お前になら話してもいいか」
そして、何でもないことのように平然とした態度で、ディランは自身の過去について話し始めた。
「俺、子供の頃に誘拐されたことがあるんだよ」
ジゼルは驚いて目を見開いた。
「そして、地獄の底から俺を助けてくれたのが、当時捜査官をしていたアーネスト局長だった」
ディランは懐かしそうな、でも少し悲しそうな表情を浮かべて、続きを語っていった。




