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「大丈夫ですわ。私の知る限り、エブリン大神官はこの教会一の俗物ですのよ」
ディランの不審がる視線に、ジゼルはこそこそと小声で彼に耳打ちした。
エブリンはしばらく空白の小切手を眺めた後、顔を上げて困ったように笑った。
「……いくら俗物の私でも、今回のお嬢様のお願いは聞けませんね」
「そんな……」
ジゼルの表情が曇った。
「ただ、相談記録のような正式な記録とは別に、教会では相談来訪者と担当神官の名を記しただけの受付帳簿を、ある程度の期間、保管しています」
続くエブリンの言葉に、俯きかけていたジゼルは慌てて顔を上げた。
「あ、だからといって、その受付帳簿を保管している資料管理室へ案内などいたしませんよ! これでも私は大神官、忙しい身なのです」
エブリンはそう言って立ち上がった。そして、改めてジゼルへ頭を下げると、優しい笑顔を浮かべた。
「ジゼルお嬢様。お久しぶりに……貴女のお元気なお姿が見られて、良かったです」
「……えぇ。去年はたくさん手紙をくれていたのに……返事ができなくてごめんなさい」
ジゼルも眉尻を下げながら笑って言うと、エブリンは「いいんです。手紙の返事は、今こうして顔を合わせられたことで十分ですから」と言って、部屋から出て行ったのだった。
「出て行っちまったけど……」
「大丈夫ですわ」
ジゼルは、エブリンの優しい気遣いに心を温かくしながら答えた。
「エブリン大神官は昔から、立場上言えないことがある時ほどお喋りですの」
ジゼルは続ける。
「『相談来訪者と担当神官の名を記した帳簿がある』」
「そして『その帳簿は資料管理室に保管されている』」
ディランも後に続くように付け加えた。二人は互いを見やり、笑い合った。
「信徒の相談内容は駄目でも、来訪の有無と担当神官なら開示できる余地があるということですわ!」
「驚いたな……」
「何がですの?」
きょとんとした表情でディランを見ると、彼は本気で驚いた顔をしていた。
「解析以外で珍しくジゼルが役に立っている……」
「この男、失礼すぎますわー!」
ジゼルがいつも通りに怒ると、ディランはそれを見て楽しそうに笑っていた。
「まぁ、今回お手柄だ。よくやったジゼル!」
ジゼルの動きがピタリと止まる。そう急に、ディランから素直に褒められたら……ジゼルはほんのりと頬を赤くしてそっぽを向いた。
「……エブリン大神官とは、長い付き合いですから」
「みたいだな」
「彼女は、私の昔の教育担当の一人でしたの」
「へぇ」
ジゼルがチラリとディランを見ると、彼は興味深そうにこちらを見ている。ジゼルは恥ずかしそうに、自分とエブリンの過去の思い出を語った。
「私がまだアレクシス殿下の婚約者だった時……王太子妃教育の一環として教会を訪問しては、エブリン大神官とよく抜け出して街に遊びに出かけていたのです」
「お前ら、何やってんだよ」
ディランは当時のジゼルたちの様子を想像しているのか、可笑しそうにクスクスと笑った。そして、ふとテーブルの上へと目を向けて、そこにあるはずの空白の小切手が無くなっていることに気が付いた。
「……確かに。お前の言う通り、俗物だな」
その時、あの堅物神官が入室してきた。ジゼルたちは、改めて教会へ『受付帳簿』のみの照会を申請する。今度は神官も受理してくれた。
「『ケビン・キース』の来訪履歴を確認したい」
「申し訳ありません……年代ごとに記録されておりますので、お名前だけで探すことはできません」
ディランの申し出に、神官は頭を下げて答えた。
「どの時期の受付帳簿をお持ちしましょうか?」
「それは」
「十年ほどでいいですわ!」
ディランが答える前に、ジゼルが調子に乗って、勝手に話を進めてしまった。
神官はにこやかに笑って了承する。そして、二人の前に積まれていくのは、神官たちの手によって用意された十年分の来訪記録だ。
「……お前。責任もってちゃんと確認しろよ」
「こんなにあるなんて聞いてないですわぁ……」
ディランは「自業自得だろ」と文句を言いながらも、ソファーに深く腰を下ろし直すと、山積みの中から一冊手に取った。
「しばらくは教会に通い詰めだな」
早く手掛かりが掴めることを祈りながら、二人はそれぞれ手にした来訪記録の一頁目を開いたのだった。
翌朝、捜査局ではげっそりした様子のジゼルとディランが、机に突っ伏しながら元気もなく喧嘩していた。
「もう嫌ですわ……今朝、大量の帳簿に追われる夢を見ましたの……」
「泣き言を言うな。大体、お前のせいだろうが……」
「なんですって……こんな時に優しい言葉ひとつかけてくれないなんて、先輩に恵まれない私が可哀そうですわ……」
「どう見ても、いつもお前の余計なことに巻き込まれている俺の方が可哀そうだろうが……」
ちょうど出勤してきたヴェロニカとベティが、心配そうに……いや、ヴェロニカは呆れた様子で二人を見ていた。
「ジゼちゃん、大丈夫かな? まあ! 可愛い目の下に、あんなにクマがっ」
「また変わった喧嘩の仕方ね」
そこにエリオットまで加わる。
「二人って、本当にいつ見ても飽きないよねぇ」
そう朗らかに笑いながら、ジゼルとディランの机に淹れたての珈琲が入ったマグカップを置いてやっていた。
「三人揃ってるな。では、昨日の俺とエリオットの調査報告書だ。目を通してくれ」
グレゴリーがやって来て、エリオットが置いたマグカップの隣に、報告書を置いていく。
その瞬間、二人は上体を起こして報告書を手に取ると、話を聞く態勢に入った。




