7-3
「教章?」
「えぇ。聖月教会のものですわ。以前工場でお会いした時、ケビンさんが身に着けていたところを見たのです」
ディランの問いかけにジゼルがすぐに答えると、彼は意外そうに目を丸くしていた。
「よく覚えていたな」
「……私が王太子妃候補の時に聖月教会とはよく関わりがございまして……それで何となく覚えていたのですわ」
ディランは納得した様子で頷いた。次にグレゴリーが質問した。
「本人が逃亡中に捨てた可能性は?」
「ありますわ。けれど……少なくとも、彼は仕事中まで教章を身に着けていました。そんな彼が、自ら捨てるなど粗末に扱うでしょうか?」
「そうだな……」と思案顔で呟くグレゴリーの横で、エリオットも声を上げた。
「川に落ちた時に外れたとか……?」
「可能性はある。最初から誰かが持ち去ったと決めつけるには早いな」
ディランがエリオットの意見を肯定すると、グレゴリーが今後の捜査方針を提示する。
「教章が事件に関係あるかはまだ分からん。だが、本来あるものが無いというのは気になる。ケビンの逃亡中だけでなく、事件を起こす以前からの交友関係を洗い出す必要があるかもしれないな」
ディランは頷きながら言った。
「その一つが聖月教会ってわけですね」
「あぁ。俺とエリオットで事件現場を調査する。アシュクロフトとエヴァレットは、教会でケビンの訪問記録など調べてみてくれないか」
普段は無口で強面なグレゴリーだが、この時、気遣うように目元を柔らかくしてジゼルへ目を向けた。
「教会との繋がりを持つエヴァレットの人脈は貴重だ。君が教会へ向かう方が、何かと都合が良いだろう。頼りにしている」
「! 任せてくださいな!」
ジゼルが自信に満ちた笑顔を浮かべて返事をすると、グレゴリーは少し安心した様子を見せた。
捜査局に勤める彼らは、ジゼルをただの『元王太子妃候補』や『公爵令嬢』として扱わない。彼女が持つ能力も、知識も、人脈も、一人の捜査官が持つ力として信頼してくれている。
ジゼルは、その信頼に応えたいと思った。
四人はそれぞれ分かれて、グレゴリーとエリオットは事件現場である田舎町へ、ジゼルとディランは王都の聖月教会本部へと向かった。
ジゼルはディランを伴い、意気揚々と正面突破しようとした。しかし、彼女の前に神官が立ち塞がる。
「申し訳ございませんが……守秘義務がございますので、捜査機関からの要請であっても、正式な捜査令状なしに信徒の相談記録は開示できません」
見るからに頑固そうな堅物神官は、笑顔を浮かべたままジゼルの申し出を断った。
「……魔法犯罪捜査局の身分証では……」
「捜査官であろうと、貴族であろうと同じです」
ディランが何とか食い下がろうとするが、取り付く島もない……
「『人は誰もが月の下では等しい』……我が教会では立場や身分の違いはなく誰もが平等です」
さらに、説教が始まりそうな雰囲気だ。
「つまり……捜査に協力はできないと?」
ディランが凄んで見せても神官は素知らぬ顔で、笑顔を浮かべたまま頷いていた。
「このっ……」
「待って、ディラン」
苛立ちから身を乗り出すディランをジゼルが止めた。ディランがジゼルを見ると、彼女は令嬢らしい余裕ある笑みを浮かべながら、目の前の神官を見つめていた。
「では……エブリン大神官を呼んでくださる?」
大神官の名を出した瞬間、さっきまで笑顔だった神官の表情が訝しげなものとなった。
「失礼ですが……」
「申し遅れましたわ。私はジゼル・エヴァレット、エブリン大神官とは私が王太子妃候補時代に随分とお世話になりましたの。せっかくなので、ご挨拶がしたいですわ」
神官は改めてジゼルへ目を向ける。言われてみれば、一般人にはない高貴さと気品があり、所作も美しい。
確かに昔、エブリン大神官は幼い元王太子妃候補を随分と可愛がっていた。
それが彼女なのだと納得した神官は、笑顔を浮かべてジゼルの申し出を快諾した。
神官がエブリンを呼びに部屋から出ていく。その後ろ姿を見つめながら、ディランは少し不満そうに言った。
「大神官を呼んだところで何も変わらないだろ……あの頑固頭たちは」
ディランは正式な捜査令状を取得する必要性を感じ、今後の段取りを考えていた。すると、その隣で、ジゼルは令嬢スマイルから悪女スマイルへ笑みを変化させていく。
「私を誰だと思っていますの? あのジゼル・エヴァレットですよ。私に考えがありますわ!」
ディランはジゼルを見た。その青い目は、とても楽しそうに揺れている。
「おー、久しぶりに見たな。お前のその高慢令嬢モード」
自分の相棒に、何か策があるらしい。ディランはジゼルを信じて、この場をこのまま彼女に任せてみることにした。
しばらくすると、上品な女性の神官が現れた。
「まあ……ジゼル様?」
「お久しぶりですわ」
四十代くらいの女性……彼女がエブリン大神官だ。エブリンはジゼルの姿を見て、嬉しそうに笑った。
「まあまあ、大きくなられて。昔はよく――」
「エブリン大神官! 昔話はおやめになって!」
ジゼルは隣に立つディランを気にしながら、恥ずかしそうにエブリンを止めた。
そんなジゼルの様子に、エブリンはディランを見て意味深に笑っていた。
「そ、そんなことより……」
ジゼルは、コホンとわざとらしく咳払いをして、仕切り直す。
「エブリン大神官。ここに好きな数字を書きなさい」
「はい?」
ジゼルが自身の鞄から紙切れを取り出し、テーブルの上でエブリンに差し出しながら言った。不思議そうな顔でエブリンとディランが覗き込むと、それは空白の小切手だった。
ディランは思わず叫んでしまった。
「考えって……結局金かよっ!」
俺の信頼を返せ。そんな目で、隣に座るジゼルを見た。




