7-1
王都から馬車で二時間ほど離れたとある田舎町。
昨夜の霧がまだ晴れきらない早朝。住人が、川辺に何か引っかかっているのを発見した。
住人はすぐに人を呼び、協力してその『何か』を引き上げた。
「これは……」
引き上げられた生気のない男の顔を見て、一人が息を呑んだ。
「最近、指名手配されていたケビン・キースじゃないか?」
住人たちは、青褪めた顔で見合わせた。
◆
魔法犯罪捜査局、週末明けの朝。捜査官たちが出勤する中、大きな紙袋を抱えたジゼルが出勤してきた。
「うわぁ、いい匂いだね」
甘く香ばしい匂いに釣られ、エリオットが笑顔でやって来た。
「マドレーヌですわ!」
そんなエリオットにジゼルも笑顔を返して、紙袋の中からマドレーヌをひとつ取り出した。
「え。もらっていいの?」
「むしろ貰っていただきたいですわ!」
戸惑うエリオットに、ジゼルは笑顔から真顔になり、半ば押し付けるようにマドレーヌを手渡した。
「これ、全部マドレーヌなの?」
ジゼルの背後から、ヴェロニカが紙袋の中を覗き込んだ。
「えぇ、そうですわ……」
「すごい量ね。昨日は公爵家でマドレーヌパーティーでも開いたとか?」
ヴェロニカが揶揄うように笑いながら言うと、ジゼルはなぜか暗い顔で疲れたように俯いた。
「ええっと、昨日は、少し……」
ジゼルは言い淀んで、昨日のことを思い出す。
昨日、ジゼルは約束通り、ディランとマドレーヌ探しのため、一緒に王都へ出掛けていた。
母に協力してもらい、張り切ってドレスも選んだし、嫌がるギルバートに無理やり意見を聞きながら、男性から好まれそうなメイクを施した。
それに父の伝手で腕の良い有名な美容師を屋敷に招き、髪型も時間をかけて整えてもらった。
そんな準備万端、気合い十分なジゼルに対して、ディランは至ってシンプルな白シャツに紺のパンツ姿でやって来た。
今から向かう先はパーティーではないため、何を着て行こうと自由なのだが……こちらばかりが意識しているようで、ジゼルはムッとした表情を浮かべた。
『来たな。よし、じゃあ行くか』
しかし、ディランが笑顔を浮かべながらジゼルに手を差し伸べてきたので、ジゼルは目を丸くしてディランを見る。
『何だよ、その顔。さすがの俺も、こういう時は女性をエスコートするべきだって、ちゃんと分かってるから』
その一言で、ジゼルの不機嫌だった気持ちはどこかへ飛んで行ってしまった。
『本日は、くれぐれもよろしくお願いしますわ』
ジゼルは照れ隠しに高飛車な態度でディランの手を取ると、彼の大きな手がぎゅっと握り返してきた。
『ああ、任せろ。今日向かう店は、俺の方でしっかり調べてきたんだ』
ディランの返す言葉に、ジゼルはほんのりと頬を染める。
(これはもしや、きちんとデートプランを練ってきてくれたということ……?)
なんと、ディランがデートプランをしっかり練ってきてくれたという期待が高まり、ジゼルはますます心が浮き立つ。
(最初はデートに相応しくない格好だと思っていましたけど……よく見ると、シンプルな姿だからこそディランの美貌が際立っているのではなくて⁉︎)
ディランとケーキショップを回って一軒目の辺りでは、ジゼルは浮かれながらそんなことを考えていた。
三軒目あたりで、そろそろケーキショップ巡りから次のデートプランへと移るのだろうと期待していた。
五軒目では、まさかこのままマドレーヌを食べ続けるのではないかと不安になっていた。
八軒目で、ジゼルは泣いていた。
『もう、帰りたいですわぁ……!』
『おいおい。俺が調べてきた店、まだ全部回れてないぜ。あと五軒ほどあるな』
『この男、限度を知らないですわー!』
よって、ジゼルとディランの初デートは最悪なものとなった。彼の『徹底的に』という言葉に嘘はなく、王室マドレーヌを超えるお気に入りを見つけるために、ジゼルはディランに八軒ものケーキショップに連れて行かれたのだった。
昨日を思い出すだけで、ジゼルはお腹いっぱいになった。
「……しばらく、マドレーヌはもういいですわ……」
「ふぅん? 私、好きだから消費に貢献してあげるわよ」
「それはありがたいですわ……」
ヴェロニカが天使に見える。ジゼルは目に涙を浮かべて感激の眼差しを彼女に送った。だから、ジゼルの背後に、あの男がいることにジゼルは気付いていなかった。
「え? グレイソン、甘いの苦手じゃなかったのか?」
いつの間にやってきたのか、ディランが不思議そうな顔で言う。その瞬間、ジゼルは肝を冷やした。
「いえ? 私は昔から甘いものに目がなく……」
「だ、だめですわー!」
ジゼルが慌ててヴェロニカの口元を塞ごうとした。ヴェロニカは驚いて彼女を見ると、ジゼルが真っ赤な顔で狼狽えている……
ヴェロニカは何かを察知して、にやりと笑った。
「話、合わせてあげる。これは貸しだからね」
そして、ジゼルの耳元に、こそっと囁いたのだった。
そこにアーネストがやって来た。皆、ジゼルから貰ったマドレーヌを手に、ほのぼのとした朝を過ごす中、アーネストが全員に向けて声を掛ける。
「楽しそうにしているところ悪いが、仕事だ」
和気あいあいとしていた局内が、彼の一言でぴりっと引き締まる。
「実は……今朝、私たちが追っていたケビン・キースが発見された」
アーネストからの知らせに、ジゼルとディランは思わず顔を見合わせた。しかし、追っていた逃走犯が見つかったのに、アーネストは複雑な表情を浮かべている。
「王都から離れた田舎町の川辺で……」
アーネストは淡々とした口調で話した。
「遺体として発見された」




