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アレクシスも驚いた表情で、二人を見つめていた。
「……も、申し訳ございません殿下! 殿下の御前で……!」
焦るジゼルに、アレクシスは穏やかに笑いかける。
「いや、少し驚いたけど……構わないよ」
そう答えたアレクシスは、先ほどのジゼルの明るい笑顔を思い出し、つい本音を漏らした。
「……そんなふうに笑うんだね、君は。知らなかった」
胸に広がるこの感情は、寂しさだろうか?
アレクシスは急に、この後なんと言葉を続ければいいのか分からなくなった。こんなの初めてだ。
「……はい。実は、そうなんです」
ジゼルは照れ臭そうに小さく笑う。この部屋に入ってから、ジゼルがアレクシスに初めて向けた笑顔だった。
ジゼルは相変わらず緊張した様子だった。けれど、先ほどまでの萎縮した様子は、もうなかった。
それはなぜか……ジゼルはチラリと隣のディランに目を向ける。
「殿下。私は婚約者だった頃、自分の気持ちばかりを押しつけ、殿下にたくさんのご迷惑をおかけしました。申し訳ございませんでした」
ジゼルは落ち着いた表情で丁寧に頭を下げた。アレクシスは突然のジゼルからの謝罪に、驚いて固まっていた。
次にジゼルが顔を上げた時、ずっと目線の合わなかった彼女の赤い瞳が、真っ直ぐにアレクシスを見つめていた。
「今は、あの時殿下に婚約破棄していただいて、よかったと思っています」
そう言って笑うジゼルに、アレクシスは何とも言えない気持ちになった。ただ、今の自分が素直に喜べていないことだけは分かった。
「本日は捜査のご協力ありがとうございました。マドレーヌも……おいしかったです」
ジゼルはそう言うと、ディランの腕を引っ張って立たせた。
アレクシスはなぜか、ジゼルをまだ帰してしまってはいけないと思ってしまった。
未練ではない。そう思うのに、彼女が自分の知らない場所へ行ってしまうようで、なぜか寂しかった。
「せっかくだから、余ったマドレーヌを包ませるよ。君のお気に入りだろう?」
咄嗟に引き留めてしまうアレクシスは、自分自身の行動が信じられなかった。
するとジゼルは、明るい表情で笑って答える。
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です」
アレクシスは思わず、ジゼルの眩しい笑顔に目を細めた。
「これからは、自分でお気に入りのマドレーヌを探したいと思いますわ!」
ジゼルはそう言うとカーテシーをして、ディランと共にアレクシスの執務室を出たのだった。
「……良かったのか?」
執務室を出て、ジゼルが廊下の窓から青空を見上げていると、ディランが尋ねてきた。
「何がですの?」
「だって好きだったんだろ?」
「なっ……」
ジゼルは顔を赤くして、狼狽えた。
「もう過去のことですわ……!」
「ふぅん?」
ディランがジゼルの心を見透かすように見つめてくる。ジゼルはディランから、サッと目を逸らした。
「それに、これで……いえ、これがいいんですの!」
「まぁ、本人が納得してんならいいけど」
ジゼルは赤くなった顔のまま、目の前のディランを見上げる。
「……本当、貴方といたら、これまでずっと悩んでいたことが馬鹿らしく思えますわ」
「なんだと? 俺に喧嘩売ってる?」
喧嘩なら買うぞ、と意地悪な笑みを浮かべるディランを見て、ジゼルは楽しそうに笑い声をあげた。
これまでジゼルを縛り付けてきたアレクシスの言葉……『冷静に、落ち着いて、我慢、王太子妃らしく』。
『やっぱジゼルはそうじゃないとな』
そして、縛るのではなく、ありのままの自分を肯定してくれる言葉。
ジゼルは、いつまで経っても熱の引かない顔を隠すように俯いた。
「ジゼル? どうした?」
「な、なんでもありませんわ!」
ディランが顔を覗き込もうとしてくるので、ジゼルは慌てて顔を逸らそうとした。けれど、ディランがジゼルの顎に手を添え、顔を上げさせる。
「お前、今日一日様子がおかしすぎるぞ。一体どうしたんだ?」
自分の真っ赤な顔を見られて、ジゼルは恥ずかしかった。
(私だって、自分が一体どうしてこんなことになったかなんて、分かりませんわ!)
アレクシスを前にしていたというのに、あの言葉を聞いた瞬間、過去の失恋に悩むどころか、ジゼルの頭の中がディランで埋め尽くされていったなんて!
「顔も赤ぇし……体調悪いなら早めに帰るか?」
「……それなら」
ジゼルは勇気を振り絞った。
「それなら、ケーキショップに寄ってみませんこと……?」
「ケーキショップ?」
「マドレーヌを、探すのを手伝ってほしくて……」
ジゼルからのまさかのお誘いに、ディランは少しの間固まってしまう。そして、驚きの声を上げた。
「え⁉ 俺と⁉」
「ほ、他に頼める人がおりませんので、仕方なく貴方を誘っただけです!」
「仕方なくって……グレイソン辺りを誘えばいいだろ」
「ヴェロニカは甘いのが嫌いなんですわ!」
ジゼルは反射的にそう答えながら、心の中で思った。
(知らないですけれど)
ディランはほんのりと頬を赤くし、腕を組むと、少し唸りながら悩んでいた。
「……よし、分かった。その代わり……」
ディランが顔を上げる。
「次の週末に行くぞ!」
「え? 次の週末?」
「この後は発火装置の記録について報告しねぇとだし、博覧会もあるしな。お気に入りのマドレーヌを探すなら、就業後じゃ時間が足りねぇだろ」
『マドレーヌ探し』は、ジゼルがディランを誘うための口実なのだけれど……ジゼルは、何だか気恥ずかしくなってきた。
それに……
(週末に……二人で……それって、デ、デ、デ……)
ジゼルの頭の中では、週末に着ていくドレスは何がいいのか、クローゼットに並ぶドレスを次々と引っ張り出していた。
「王室のマドレーヌよりも美味い店を探し出すまで、やめねぇからな。やるなら徹底的だ!」
決意に満ちた瞳で、ディランは明るい声で宣言する。
ジゼルはキョトンとした顔で、気になることを尋ねてみた。
「なぜ、王室と張り合うんですの?」
「……そこは、何となく……男のプライドだ!」




