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6-4

『殿下。私、殿下を心から愛しているんです! なのに、どうして私をこんなにも不安にさせるのですか⁉』


 かつて、アレクシスの前で取り乱し、何度も泣き叫んでいたジゼルの姿がフラッシュバックする。


「あ……これは……」

「なんだ?」

「……いいえ。まだ確証がありませんのでいいですわ」


 それなのにディランと共にいるジゼルは、落ち着いていて、仕事にひたむきな姿を見せている。


(あの時、泣き崩れる彼女に私は何と答えたのだっけ……?)


『ジゼル嬢。君はもう少し、我慢を覚えるべきだ。全て感情をさらけ出して、王太子妃として見苦しいよ』


 あの時のアレクシスは、正しいことを言ったつもりだった。


 言い淀むジゼルに、ディランが声を掛けた。


「なんだよ。思ったことがあれば我慢せずになんでも言え。それが俺たちの捜査の基本だぞ」


 その言葉に、アレクシスは思わず息を詰めた。胸の奥が……少しだけ痛んだ。


(あの時、結局私は彼女を泣かせたが、彼は笑顔にさせるのだな……)


 ディランに笑いかけているジゼルを見つめながら、アレクシスは感傷的にそんなことを思った。

 でも同時に、良かったとも思った。


(彼女は、もう前を向けたんだな)


 アレクシスがそんなことを考えている間にも、二人は黙々と記録を確認していた。


「……なるほどな。こっちは問題なさそうだ」

「ええ。少なくとも、管理記録と魔力認証記録に不審な点は見当たりませんわ」


 ジゼルが小さな息を吐きながら記録表を机に置くと、ディランは腕を組んで考え込んだ。


「となると、やっぱり外部からの魔力干渉か……」

「ですが、これだけでは故意によるものかどうか、断定できませんわね」


 アレクシスが二人のやり取りを聞いていることに気付き、ディランは顔を上げてアレクシスへ言った。


「殿下。ひとまず、王室側の管理記録に問題は見つかりませんでした。ただし、発火装置に外部からの魔力干渉があったことは確かですので、引き続き調査が必要です」


 アレクシスは頷く。


「分かった。今日の博覧会については、こちらからも警備の強化を指示しておこう」

「ありがとうございます。俺たちも局長へ報告し、事故調査局と情報を共有します」


 ディランがそう答えると、ジゼルも丁寧に頭を下げた。


 これでジゼルたちの捜査も一段落だ。


 アレクシスは誤魔化すように咳ばらいをして、帰り支度を進める二人に提案した。


「実はもうすぐ私の休憩時間なんだが……一緒にお茶などどうかな?」


 休憩など、嘘なのだけれど。


 使用人にお茶の用意をさせて、三人のティータイムが始まった。


「アシュクロフト公子と顔を合わせるのは久しぶりだな」

「そうですね。俺は基本、社交活動はしていませんので……」


 少しよそよそしい雰囲気で始まった茶会だったが、気まずそうに当たり障りのない会話を交わす男たち二人の横では、ジゼルがマドレーヌを手に取っていた。


「んっ!」


 ジゼルの上げた声に反応して、二人は彼女を見る。


「この味……懐かしいですわ!」


 マドレーヌを齧ったジゼルは、目を輝かせていた。すると、アレクシスは安心した様子で微笑んだ。


「本当に君は、昔からそのマドレーヌが好きだよな」


 ジゼルの中に自分の知る昔のジゼルを見つけ、アレクシスは懐かしそうに目を細めて笑っていた。それとは対照的に、ジゼルは緊張した様子で慌てて縮こまっていく。


「あ、えっと、つい懐かしく……会話を遮るような声を上げてしまい申し訳ありませんわ」

「構わないよ。好きなだけマドレーヌを食べていって」

「あ、ありがとうございます……」


 恐縮そうに頭を下げるジゼル。その隣では、ディランが面白くなさそうな表情でジゼルを見ていた。


 ディランの知らない昔の話をする二人。アレクシスは懐かしそうに笑い、ジゼルは緊張した様子で大人しい返事をする。


 なぜだか、ディランはモヤモヤした。


(そんなに美味いのか……?)


 ディランはマドレーヌをひと齧りしてみる。


(まぁ、確かに美味いけど……)


 美味ではあるが、至って普通のマドレーヌだ。


 元婚約者同士の二人は、多くの言葉を交わさない。それでも、二人の間に長年積み重ねてきた思い出があることくらい、ディランにも伝わってきた。


(普段うるせぇくせに、こいつもすっかり大人しくなってるし……)


 ディランはそれが一番気に入らなかった。


『もう……殿下のことは、好きじゃありませんから』


 どうして、あの時のジゼルの言葉を思い出してしまうのか。


(……くそ。他人の過去なんて、いつもなら気にもならないのに……)


 全くもって自分らしくない。ディランがチラリと隣を見ると、ジゼルは緊張した面持ちで座っている。彼女の手が、震えていた。


(……本当に、気に入らねぇな)


「おい。ジゼル」


 ディランはジゼルを呼ぶと、こちらを振り向いたジゼルの口に、新しいマドレーヌを咥えさせた。


「むぐっ⁉︎」


 ディランに手ずから食べさせられたマドレーヌをもごもごと咀嚼しながら、ジゼルは驚いた表情を浮かべている。ディランは構わずに言った。


「ずっと震えてるけど、もしかして腹でも痛ぇの?」


 すると、しっかりマドレーヌを飲み込んだジゼルは、真っ赤な顔で怒りだした。


「貴方って人は! レディになんてことを……!」

「違うのか?」

「もういい加減、黙れですわー‼」


 ジゼルも負けじと、ディランの口にもマドレーヌを押し込む。マドレーヌを詰められて咳き込むディランを見て、ジゼルは勝ち誇った顔で楽しそうに笑った。


 ディランもジゼルの姿を見て笑顔を浮かべる。


 そこに、縮こまるジゼルの姿なんてなかった。あるのは、ディランのよく知る彼女の姿だけ。


「やっぱジゼルはそうじゃないとな」


 ディランがそう言って心から笑うと、ジゼルは言葉に詰まり、驚いたように目を大きく開いていた。

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