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『殿下。私、殿下を心から愛しているんです! なのに、どうして私をこんなにも不安にさせるのですか⁉』
かつて、アレクシスの前で取り乱し、何度も泣き叫んでいたジゼルの姿がフラッシュバックする。
「あ……これは……」
「なんだ?」
「……いいえ。まだ確証がありませんのでいいですわ」
それなのにディランと共にいるジゼルは、落ち着いていて、仕事にひたむきな姿を見せている。
(あの時、泣き崩れる彼女に私は何と答えたのだっけ……?)
『ジゼル嬢。君はもう少し、我慢を覚えるべきだ。全て感情をさらけ出して、王太子妃として見苦しいよ』
あの時のアレクシスは、正しいことを言ったつもりだった。
言い淀むジゼルに、ディランが声を掛けた。
「なんだよ。思ったことがあれば我慢せずになんでも言え。それが俺たちの捜査の基本だぞ」
その言葉に、アレクシスは思わず息を詰めた。胸の奥が……少しだけ痛んだ。
(あの時、結局私は彼女を泣かせたが、彼は笑顔にさせるのだな……)
ディランに笑いかけているジゼルを見つめながら、アレクシスは感傷的にそんなことを思った。
でも同時に、良かったとも思った。
(彼女は、もう前を向けたんだな)
アレクシスがそんなことを考えている間にも、二人は黙々と記録を確認していた。
「……なるほどな。こっちは問題なさそうだ」
「ええ。少なくとも、管理記録と魔力認証記録に不審な点は見当たりませんわ」
ジゼルが小さな息を吐きながら記録表を机に置くと、ディランは腕を組んで考え込んだ。
「となると、やっぱり外部からの魔力干渉か……」
「ですが、これだけでは故意によるものかどうか、断定できませんわね」
アレクシスが二人のやり取りを聞いていることに気付き、ディランは顔を上げてアレクシスへ言った。
「殿下。ひとまず、王室側の管理記録に問題は見つかりませんでした。ただし、発火装置に外部からの魔力干渉があったことは確かですので、引き続き調査が必要です」
アレクシスは頷く。
「分かった。今日の博覧会については、こちらからも警備の強化を指示しておこう」
「ありがとうございます。俺たちも局長へ報告し、事故調査局と情報を共有します」
ディランがそう答えると、ジゼルも丁寧に頭を下げた。
これでジゼルたちの捜査も一段落だ。
アレクシスは誤魔化すように咳ばらいをして、帰り支度を進める二人に提案した。
「実はもうすぐ私の休憩時間なんだが……一緒にお茶などどうかな?」
休憩など、嘘なのだけれど。
使用人にお茶の用意をさせて、三人のティータイムが始まった。
「アシュクロフト公子と顔を合わせるのは久しぶりだな」
「そうですね。俺は基本、社交活動はしていませんので……」
少しよそよそしい雰囲気で始まった茶会だったが、気まずそうに当たり障りのない会話を交わす男たち二人の横では、ジゼルがマドレーヌを手に取っていた。
「んっ!」
ジゼルの上げた声に反応して、二人は彼女を見る。
「この味……懐かしいですわ!」
マドレーヌを齧ったジゼルは、目を輝かせていた。すると、アレクシスは安心した様子で微笑んだ。
「本当に君は、昔からそのマドレーヌが好きだよな」
ジゼルの中に自分の知る昔のジゼルを見つけ、アレクシスは懐かしそうに目を細めて笑っていた。それとは対照的に、ジゼルは緊張した様子で慌てて縮こまっていく。
「あ、えっと、つい懐かしく……会話を遮るような声を上げてしまい申し訳ありませんわ」
「構わないよ。好きなだけマドレーヌを食べていって」
「あ、ありがとうございます……」
恐縮そうに頭を下げるジゼル。その隣では、ディランが面白くなさそうな表情でジゼルを見ていた。
ディランの知らない昔の話をする二人。アレクシスは懐かしそうに笑い、ジゼルは緊張した様子で大人しい返事をする。
なぜだか、ディランはモヤモヤした。
(そんなに美味いのか……?)
ディランはマドレーヌをひと齧りしてみる。
(まぁ、確かに美味いけど……)
美味ではあるが、至って普通のマドレーヌだ。
元婚約者同士の二人は、多くの言葉を交わさない。それでも、二人の間に長年積み重ねてきた思い出があることくらい、ディランにも伝わってきた。
(普段うるせぇくせに、こいつもすっかり大人しくなってるし……)
ディランはそれが一番気に入らなかった。
『もう……殿下のことは、好きじゃありませんから』
どうして、あの時のジゼルの言葉を思い出してしまうのか。
(……くそ。他人の過去なんて、いつもなら気にもならないのに……)
全くもって自分らしくない。ディランがチラリと隣を見ると、ジゼルは緊張した面持ちで座っている。彼女の手が、震えていた。
(……本当に、気に入らねぇな)
「おい。ジゼル」
ディランはジゼルを呼ぶと、こちらを振り向いたジゼルの口に、新しいマドレーヌを咥えさせた。
「むぐっ⁉︎」
ディランに手ずから食べさせられたマドレーヌをもごもごと咀嚼しながら、ジゼルは驚いた表情を浮かべている。ディランは構わずに言った。
「ずっと震えてるけど、もしかして腹でも痛ぇの?」
すると、しっかりマドレーヌを飲み込んだジゼルは、真っ赤な顔で怒りだした。
「貴方って人は! レディになんてことを……!」
「違うのか?」
「もういい加減、黙れですわー‼」
ジゼルも負けじと、ディランの口にもマドレーヌを押し込む。マドレーヌを詰められて咳き込むディランを見て、ジゼルは勝ち誇った顔で楽しそうに笑った。
ディランもジゼルの姿を見て笑顔を浮かべる。
そこに、縮こまるジゼルの姿なんてなかった。あるのは、ディランのよく知る彼女の姿だけ。
「やっぱジゼルはそうじゃないとな」
ディランがそう言って心から笑うと、ジゼルは言葉に詰まり、驚いたように目を大きく開いていた。




