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6-3

 アレクシスがジゼルとの婚約を破棄して数日後、ギルバートがこの執務室を訪ねてきた。


 ジゼルとギルバートとの関係は別だと考えていたアレクシスは、変わらず親しげに挨拶し笑顔を向けるが、その時のギルバートは笑顔一つ浮かべなかった。


 何の用件かと思ったが、ギルバートが口にしたのは、アレクシスと彼の妹との婚約破棄についてだった。


「妹のしたことを正当化するつもりはありません。あいつは間違えた。ウェルズリー嬢に謝罪するべきですし、婚約破棄されても仕方がない」 


 ギルバートは淡々とした口調で続けた。


「ですが、殿下。貴方も間違えた」

「何?」


 アレクシスは突然自身に矛先が向いたことで、驚いてしまった。


「皆の前に立たせ、罪状を並べ、反論する余地もなく婚約破棄を宣言する必要はあったのですか?」


 ギルバートの、ジゼルと同じ赤い瞳が冷たくアレクシスを見つめている……アレクシスは彼の怒りを感じ取った。


「……もしや、公爵家の威信について心配しているのか? それなら心配しなくていい。その点なら……」


 エヴァレット公爵家には迷惑をかけないよう、こちらで処理する――アレクシスのその言葉は、口から出ることはなかった。その前に、ギルバートが話し始めたからだ。


「もし、傷つけられた相手が貴方の幼馴染でなかったら、貴方は今回と同じことをしましたか?」


 ギルバートの問いにアレクシスは答えられなかった。ギルバートは一切感情的ではなく、淡々とした口調で続けた。


「あの時の殿下は公正だったと言えますか、私刑ではなかったと言えますか?」


 ギルバートはそれだけ言うと、帰ろうとアレクシスに背を向ける。そんな友人に、アレクシスは慌てて問いかけた。


「……君は、妹を傷つけられたと私に怒っているのか?」


 ギルバートが足を止める。そして、顔を横に向けて視線だけこちらに寄越した。


「いいえ。妹との婚約を破棄したことは、殿下の『正しい判断』だったと僕も思います」


 ギルバートが目を細める。


「ただ、『正しい行為』ではなかったと……殿下に失望しているだけです」


 アレクシスが言葉を失っている間に、ギルバートは今度こそ執務室から出て行ってしまったのだった。


 あの日から、アレクシスとギルバートの友情は終わった。


(今でも、ギルバートのあの時の言葉が引っかかっている……)


 正しい判断と正しい行為……しかし、あの時のアレクシスはあれが最善だと信じていた。


 ……過去は消えない。婚約破棄で大事な一番の友を失うという代償もあったが、アレクシスはそれでも選んだ『今』を守り抜いていかなければならない。


 その時、扉がノックされる。アレクシスが返事をすると、入ってきたのは彼の補佐官だった。


「殿下。魔法省魔法犯罪捜査局より、昨夜の事故について確認に参られました」

「ん……もうそんな時間だったか。通してくれ」


 アレクシスは頭を押さえながら手を振って、入室の許可を出した。


「はい。では、魔法犯罪捜査局のディラン・アシュクロフト様と――」


(魔法犯罪捜査局が閲覧許可を求めているのは、確か発火装置の管理記録と魔力認証記録だったな)


 アレクシスはそんなことを考えながら、閲覧許可証の準備をしていると……


「――ジゼル・エヴァレット様がお見えです」


 その瞬間、アレクシスは動きを止めて目を大きく見開く。


 顔を上げるとちょうど扉が開いた。中に入って来る二人の男女。アレクシスは信じられないという目で彼女を見つめた。


 一年ぶりに見る元婚約者の姿。あの婚約破棄から、ジゼルはすっかり社交界に姿を見せなくなっていたから。


 久しぶりに見る彼女は、昔と変わらず品のある美貌で、でも心なしか、昔と表情が違って見えた。


 魔法省の制服を着て、身分章を胸元で輝かせ、背筋を伸ばし前を向いている。姿は同じなのに、どこか違う……


 なぜかアレクシスには、今のジゼルが昔と別人のように思えた。


「ジゼル嬢。君は魔法省に就職していたんだね……」


 驚きのあまり、つい思ったことを口にしてしまう。ハッと我に返るアレクシスに、ジゼルは頭を下げて静かに答えた。


「はい。殿下」


 その姿は、アレクシスが知るかつての彼女の姿とますます違う。


「本日は、発火装置の記録の確認について……」

「あぁ、話は聞いてるよ。これが許可証だ」


 わずかな心の動揺を隠すために、アレクシスはディランの言葉を遮って口早に答えた。


「では、資料閲覧室へご案内します」

「いや」


 補佐官がジゼルたちを案内しようとしたところ、アレクシスは反射的に言った。


「私も事故の経緯を把握しておきたい。ここで調べてくれ」


 アレクシスの一言で、記録表が執務室まで運ばれてくる。ジゼルとディランは顔を見合わせたが、そのまま執務室に備わっているソファーへと並んで腰を下ろした。


 補佐官から記録表を受け取ったジゼルたちは、さっそく解析結果と照らし合わせながら記録表を確認していく。


「おい。この日時は……」

「ああ、こちらはこれを参照して……」


 ただ捜査官が来ただけ。それなのに、なぜか仕事が手に付かず、アレクシスは二人の様子を観察するように見つめてしまっていた。

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