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アレクシスがジゼルとの婚約を破棄して数日後、ギルバートがこの執務室を訪ねてきた。
ジゼルとギルバートとの関係は別だと考えていたアレクシスは、変わらず親しげに挨拶し笑顔を向けるが、その時のギルバートは笑顔一つ浮かべなかった。
何の用件かと思ったが、ギルバートが口にしたのは、アレクシスと彼の妹との婚約破棄についてだった。
「妹のしたことを正当化するつもりはありません。あいつは間違えた。ウェルズリー嬢に謝罪するべきですし、婚約破棄されても仕方がない」
ギルバートは淡々とした口調で続けた。
「ですが、殿下。貴方も間違えた」
「何?」
アレクシスは突然自身に矛先が向いたことで、驚いてしまった。
「皆の前に立たせ、罪状を並べ、反論する余地もなく婚約破棄を宣言する必要はあったのですか?」
ギルバートの、ジゼルと同じ赤い瞳が冷たくアレクシスを見つめている……アレクシスは彼の怒りを感じ取った。
「……もしや、公爵家の威信について心配しているのか? それなら心配しなくていい。その点なら……」
エヴァレット公爵家には迷惑をかけないよう、こちらで処理する――アレクシスのその言葉は、口から出ることはなかった。その前に、ギルバートが話し始めたからだ。
「もし、傷つけられた相手が貴方の幼馴染でなかったら、貴方は今回と同じことをしましたか?」
ギルバートの問いにアレクシスは答えられなかった。ギルバートは一切感情的ではなく、淡々とした口調で続けた。
「あの時の殿下は公正だったと言えますか、私刑ではなかったと言えますか?」
ギルバートはそれだけ言うと、帰ろうとアレクシスに背を向ける。そんな友人に、アレクシスは慌てて問いかけた。
「……君は、妹を傷つけられたと私に怒っているのか?」
ギルバートが足を止める。そして、顔を横に向けて視線だけこちらに寄越した。
「いいえ。妹との婚約を破棄したことは、殿下の『正しい判断』だったと僕も思います」
ギルバートが目を細める。
「ただ、『正しい行為』ではなかったと……殿下に失望しているだけです」
アレクシスが言葉を失っている間に、ギルバートは今度こそ執務室から出て行ってしまったのだった。
あの日から、アレクシスとギルバートの友情は終わった。
(今でも、ギルバートのあの時の言葉が引っかかっている……)
正しい判断と正しい行為……しかし、あの時のアレクシスはあれが最善だと信じていた。
……過去は消えない。婚約破棄で大事な一番の友を失うという代償もあったが、アレクシスはそれでも選んだ『今』を守り抜いていかなければならない。
その時、扉がノックされる。アレクシスが返事をすると、入ってきたのは彼の補佐官だった。
「殿下。魔法省魔法犯罪捜査局より、昨夜の事故について確認に参られました」
「ん……もうそんな時間だったか。通してくれ」
アレクシスは頭を押さえながら手を振って、入室の許可を出した。
「はい。では、魔法犯罪捜査局のディラン・アシュクロフト様と――」
(魔法犯罪捜査局が閲覧許可を求めているのは、確か発火装置の管理記録と魔力認証記録だったな)
アレクシスはそんなことを考えながら、閲覧許可証の準備をしていると……
「――ジゼル・エヴァレット様がお見えです」
その瞬間、アレクシスは動きを止めて目を大きく見開く。
顔を上げるとちょうど扉が開いた。中に入って来る二人の男女。アレクシスは信じられないという目で彼女を見つめた。
一年ぶりに見る元婚約者の姿。あの婚約破棄から、ジゼルはすっかり社交界に姿を見せなくなっていたから。
久しぶりに見る彼女は、昔と変わらず品のある美貌で、でも心なしか、昔と表情が違って見えた。
魔法省の制服を着て、身分章を胸元で輝かせ、背筋を伸ばし前を向いている。姿は同じなのに、どこか違う……
なぜかアレクシスには、今のジゼルが昔と別人のように思えた。
「ジゼル嬢。君は魔法省に就職していたんだね……」
驚きのあまり、つい思ったことを口にしてしまう。ハッと我に返るアレクシスに、ジゼルは頭を下げて静かに答えた。
「はい。殿下」
その姿は、アレクシスが知るかつての彼女の姿とますます違う。
「本日は、発火装置の記録の確認について……」
「あぁ、話は聞いてるよ。これが許可証だ」
わずかな心の動揺を隠すために、アレクシスはディランの言葉を遮って口早に答えた。
「では、資料閲覧室へご案内します」
「いや」
補佐官がジゼルたちを案内しようとしたところ、アレクシスは反射的に言った。
「私も事故の経緯を把握しておきたい。ここで調べてくれ」
アレクシスの一言で、記録表が執務室まで運ばれてくる。ジゼルとディランは顔を見合わせたが、そのまま執務室に備わっているソファーへと並んで腰を下ろした。
補佐官から記録表を受け取ったジゼルたちは、さっそく解析結果と照らし合わせながら記録表を確認していく。
「おい。この日時は……」
「ああ、こちらはこれを参照して……」
ただ捜査官が来ただけ。それなのに、なぜか仕事が手に付かず、アレクシスは二人の様子を観察するように見つめてしまっていた。




