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王宮へ向かう馬車の中。いつもはうるさいジゼルがとても静かに座っていた。その表情は暗く、物思いに耽りながら窓の外の景色を見つめている。
ジゼルと対面して座るディランは、そんなジゼルの姿を、少し不機嫌そうな顔で見ていた。
「お前、さっきから静かすぎんだけど」
「……」
「なにか喋れよ。お前が黙ってるなんて気持ち悪い」
ジゼルが窓の景色からディランへと視線を移す。
「貴方は私が喋っても黙っていても文句を言うんですの⁉」
その表情はムッとしていた。
「お前がいつもの調子じゃねぇと俺も調子狂うんだよ。だからいつもみたいにキャンキャン騒げ」
「人を犬みたいに、失礼ですわー!」
かつての失恋相手と顔を合わせることになり、気分が沈んでいたジゼルだったが、ディランと話しながらいつもの調子を取り戻していった。
ジゼルがぷりぷりと怒っている姿を見て、ディランは無意識に口元を緩めた。
(……ん? 俺……?)
ディランが自分の感情にわずかな違和感を覚えた、その時……馬車が王宮の正門前に止まる。
気を取り直して、ディランはジゼルに向かって言った。
「よし、行くか」
「……はい」
◆
王宮の執務室で書類仕事をしていたアレクシスは、痛むこめかみを押さえながら、大きなため息をついていた。
「殿下。先ほど、王太子妃殿下が聖月教会へ訪問に行かれました」
「そうか」
補佐官からの報告を受けると、アレクシスは今後の仕事について指示を出し、彼を部屋から退出させた。
一人だけになった部屋で、アレクシスは静かに考え込んでいた。窓から差し込む柔らかな日差しが、アレクシスの金髪を白く照らしている。
(リリアナは王太子妃として、文句も言わず公務もよく頑張ってくれているよな)
聖月教会への定期訪問は、王太子妃の公務とされている。
(……とはいえ、ここ最近リリアナの教会への訪問が少し多いのは気になるが……)
それはきっと、今リリアナを取り巻く王宮内の環境のせいだろう……アレクシスの頭痛が酷くなる。
『申し上げにくいですが、リリアナ妃殿下が前妃殿下候補のお方に並べられる能力を身につけるには、さらなる努力が必要でございます』
『殿下、だから申し上げましたよ。婚約はいいとしても、一年で婚姻するのは、いくらなんでも早すぎたと』
王室の指南役と貴族たちが前にアレクシスへ進言してきた言葉を思い出した。
『みんなが彼女と私を比べるの……王宮の人たちは、私を下級貴族出身だと貶めたいのよ!』
そう言って、夜な夜な啜り泣く妻の声が頭の奥で響き渡る。
アレクシスは固く目を閉じた。
(……やはり、婚姻を急ぎすぎたのか……)
ジゼルと婚約破棄をした後、王室は王太子にすぐ次の婚約者を選出しようと動いていた。
当時、ジゼルとの婚約生活に辟易していたアレクシスは、また次に当てがわれた令嬢と再び婚約生活をやり直すことに抵抗感があった。
そんな時に、彼の目に入ったのが幼馴染のリリアナだ。彼女は幼い頃から見知った仲で、アレクシス自身も彼女の人となりをよく知っている。
アレクシスは、自分とジゼルの問題にリリアナを巻き込んでしまった責任を感じていたし、これから新しい婚約者を選出するよりも昔から気心の知れたリリアナを選ぶ方が合理的だと思った。
彼のその責任感と合理的な判断から、アレクシスはリリアナとの婚姻を決断した。
リリアナに提案してみたところ、彼女も快く申し出を受け入れてくれた。だからアレクシスは、王宮よりも早く手を回し、新聞社を使ってリリアナとの婚約を発表し既成事実として、周りを無理やり納得させた。
婚姻を急いだのは、アレクシスの都合で自分の妃となってくれたリリアナの立場を、早く確実なものにしてやりたいという思いからだった。
リリアナに恋愛感情を抱いたことはない……いや、アレクシスはこれまで誰かに恋愛感情を抱いたことはない。
しかし、アレクシスはジゼルもリリアナも、変わらず『王太子妃』として大事にしてきたつもりだ。なのに……
(『前回』に引き続き、『今回』もなぜ……)
上手くいかない。アレクシスはただ、自分とともに国を導いてくれる王太子妃を求めているだけなのに。
『前回』のジゼルの王太子妃としての能力に、大きな不満はなかった。彼女は公爵家の出だけあって、とても優秀で教養も高く、王室の指南役もよく彼女を褒めていた。
ただ……彼女のすぐ感情的になるところだけは受け入れがたかった。
子供の頃から感情的にならず、理屈で時勢を読むよう教育されていたアレクシスとは正反対な存在だった。
(だから、人当たりもよく穏やかなリリアナなら大丈夫だと思ったが……)
リリアナはリリアナで問題があった。王太子妃教育を幼少期から受けてきたジゼルと違い、リリアナには準備期間が圧倒的に足りなかった。
毎晩、必死に勉強に励むリリアナの努力の姿を見てきた。そして臣下たちの王太子妃として能力が足りないという忠告の意味も十分にアレクシスは理解している。
妻と臣下の板挟みとなり、アレクシスの気苦労は増えていくばかりだった。
アレクシスは天井を見上げた。彼が悩みを抱える度に、必ず頭に浮かぶ男の顔を思い出していた。
昔はいつも行動を共にしていた、アレクシスの一番信頼する男……
(ギルバート……こんな時、君が私のそばにいてくれたら……)
そんなことを願っても、無駄なことくらい分かっている。なぜならアレクシスは、ジゼルに婚約破棄を突き付けた一年前に、彼からはっきりと絶縁されたからだ。




