5-7
『相棒』――この言葉が、どれだけジゼルに前を向かせてくれただろうか。
「俺の言ってること分かるか? 俺に影口を一緒に楽しむ趣味なんてないから、同じ趣味の仲間見つけな」
元から近くにいた貴族や、騒ぎを聞きつけて次第に集まってきた人々……彼らの視線が、令嬢たちへと向けられていた。
皆、ディランにここまで言われた彼女たちが、次に何と答えるのだろうと期待しているようだった。その視線は様々で、楽しむ者もいれば、ディランに同調した反応を見せている者もいる。
明らかに自分たちが、今、見世物になっていることに気付き、令嬢たちは居心地悪そうに身をすくませた。
しかしジゼルは反対に、一歩踏み出した。
「……私」
ディランの言葉が、彼女に勇気をくれた。
「過去、貴女たちやリリアナ妃殿下を傷つけたこと、今でも忘れていませんわ……」
その時ちょうど、ヴェロニカが会場に戻ってきたところだった。
早く戻って、状況を収拾しなくてはと思っていたのに……そこにあるのは、ジゼルが背筋を伸ばして前を向く姿だった。
ふと、人だかりから離れたところでギルバートがジゼルを見つめている姿を、ヴェロニカは見つけた。
いつも感情の読めない、冷めた表情をしている彼が、少しだけ優しい顔付きをしていた。
「過去は消えない。だから今度こそ……もう、間違えません」
ジゼルは真っ直ぐに、令嬢たちを見て誓う。
ヴェロニカは駆け付けていた足を止めて、ジゼルを見つめた。ずっと、気付かないふりをしていたけど……本当は分かっていた。
(ジゼル、本当に貴女はずるい……)
もうすでに自分が、同僚だけでなく、ジゼルという一人の人間のことを認めていること。
「……失礼いたしますわ」
令嬢たちは気まずそうに頭を下げて、逃げるように足早に立ち去ってしまった。すると、周りの者たちも、様々な反応を見せながら蜘蛛の子のように散っていった。
「……あー、足いてぇ」
ディランは疲れたといった態度で、どかりと車椅子に座り直すと、ジゼルの方を振り返る。
「悪化したらお前のせいだからな」
いつもは反射的にすぐ言い返していたジゼル。でも、この時だけは……
「……ありがとう、ですわ」
顔を赤くし、少しもじもじしながらぽつりとお礼を言った。
「……お前が素直だと、何か変な感じ」
ディランもつられて少し耳を赤くして、それを隠すように前へ向き直る。照れ隠しなのか、雑に自分の頭を掻いていた。
「……私は、幼い頃からずっと未来の王太子妃として育てられてきました」
ディランは『過去』ではなく『今』を大事にする。ジゼルも分かっていたけれど、でも……自分の過去をこの男に知ってほしかった。
「それが私の人生で、全てだと……当時の私は必死で、それにしがみつくために間違った方法をとってしまいましたわ」
ディランは何も言わず、車椅子に深く背中を預けながら、ジゼルの言葉に耳を傾けていた。
「アレクシス殿下に婚約破棄されたとき、全てを失ったと思いました。私の人生が終わった……本気でそう思っていたんです」
「……やっぱお前は馬鹿だな」
ディランは車椅子を操作してジゼルの方へ正面から向くと、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「またそうやって、私を馬鹿にっ……」
「もちろん。俺達貴族にはその地位に伴う責任がある。俺だっていつかは大公位を継がなきゃならねぇ日がくる」
ジゼルは言い返そうとしていた口を閉じて、ディランを見る。ディランも真っ直ぐとジゼルを見ていた。
「だからといって、その責任が俺の人生の全てだと考えたことはねぇな」
ジゼルは目を見開いた。
「もちろん、自分の責任からは逃げない。でも、自分の人生も諦めたくねぇ」
ディランは笑った。その笑顔はいつもの意地悪な笑顔ではなく、『ディラン』という一人の男の純粋な笑顔だった。
「だから昔のお前は、馬鹿だったんだ。ジゼル」
『ジゼル』。ディランが彼女をそう呼んだのは二度目だ。
(一回目の時は状況も状況だったし、気にしないようにしてたけど……)
ジゼルは思わず口を噤んで眉を顰めた。
こうして会話の中で自然に名前を呼ばれることが、なぜこんなにも落ち着かない気持ちになるのか……
その時、外から爆発音が聞こえてきた。周りの貴族たちが不安そうにしており、混乱から騒ぎが大きくなっていく。
「二人とも!」
「事故発生よ!」
ジゼルとディランの元に、ジュリアンとヴェロニカが駆け付けた。
「どうやら、今夜のパーティーで打ち上げるはずだった花火の発火装置が急に起動して暴発したらしい! 私も今から現場に行って詳しく調査するよ!」
「怪我人もいるわ! 私は魔法薬の技術者たちに協力を仰いで回復薬を作るから、怪我人は全員私の方へ誘導して!」
ジゼルとディランは顔を見合わせた。周りの貴族たちも事件かと怯えた様子だ。
感傷的になっている暇なんてない。事件が起きれば、ジゼルとディランのやることは一つだけ。
「ジゼル、仕事だ。行くぞ!」
「解析魔法は任せて、ディラン!」
ジゼルは最後に目の端の涙を拭うと、自信に満ちた笑顔を浮かべる。
そして、彼女の赤い瞳が輝きだすのだった。




