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「ただそうして家で腐っていても、将来誰とも結婚できないぞ!」
ギルバートの言葉に痛いところを突かれたジゼルは、兄を睨み付けて感情的に叫んだ。
「嫌よ! 私はもう辛い恋なんてせずに、一生この公爵家から出ないのよ!」
するとギルバートは眉を顰めて、厳しい声で言い返す。
「父上が当主のうちはそれでも構わない。だが、僕が継いだ後、どうするつもりだ?」
ギルバートもいつまでも独身ではいられない。いずれ家を継ぎ、伴侶を得て、この公爵家を率いていく立場だ。
その時になっても、嫁にも行かずに妹が公爵家に居座っていては、ジゼル自身の外聞も悪くなる。
それなのに、ジゼルは……
「何も、変わらないわよ」
兄の心、妹知らず。ジゼルは当然だという表情で、真っ直ぐギルバートを見返した。
ギルバートは嫌な予感がした。彼のこめかみに、たらりと冷や汗が流れる。
「……まさか、僕に養ってもらう気なのか……?」
「ええ。そのつもりよ?」
ギルバートは、呆れを通り越して言葉を失ってしまった。一年間も傷心で塞ぎ込んでいるくせに、この図々しさはなんだ。少しはしおらしくしろとギルバートは思う。
その時、ずっと兄妹の会話を黙って聞いていたアーネストが前に出た。
すっと目の前に立たれて、ジゼルは思わず口を噤む。
アーネスト・エヴァレット。ローレンスの年の離れた弟であり、魔法省の魔法犯罪捜査局で局長を務める、寡黙で厳しい人だ。ジゼルはアーネストの威圧感に少し怖気づき、半歩下がった。
「ジゼル」
「お、叔父さま……?」
苦手意識から、ジゼルの勢いはすっかり萎れていく。
「お前は、魔法省で働くことになった」
「へ?」
「今日から出勤だ」
「え? な、何でですの……?」
じりじりと後退りするジゼルを見て、アーネストは小さく息を吐いた。
「逃げるんじゃない」
今にも逃げ出そうとするジゼルの襟首を、アーネストが素早く掴んだ。
「アーネスト? どういうことだ……?」
ジゼルの後ろでは、両親が困惑した表情で立っていた。
「兄上。ジゼルのことは私に任せてください」
「いやぁー! 嫌ですわ、助けてお母様!」
両手をばたつかせて抵抗するジゼルを物ともせず、アーネストは涼しい顔をしている。
「待って、アーネスト! ジゼルちゃんは、まだ……」
「アデライン」
ジゼルを助けようと一歩踏み出すアデラインを、ローレンスは引き留めた。そして、首を横に振る。アデラインはジゼルへ伸ばした手をそっと引っ込めて、辛そうに顔を歪めた。
「ごめんなさい、ジゼルちゃん……」
「お母様⁉」
アデラインは目に涙を浮かべた。
「お母様も辛いけれど……ジゼルちゃんのためなの。一緒に乗り越えましょうね……」
「いやー!」
「ジゼル。しっかり自分で歩くんだ」
こうしてジゼルは、朝から叔父アーネストに強制連行されたのだった。
◆
王都・魔法省魔法犯罪捜査局前。
叔父に連れて来られたジゼルは、アーネストから捜査局の制服である上着を渡され、無理やり羽織らされていた。
「これは魔法省の身分章だ。仕事中は常に身に付けておくように」
「納得いきませんわ!」
ジゼルが吠えても、アーネストは気にすることなく、その胸元に太陽と剣をモチーフにした小さな身分章を取り付けた。
「大体、急に魔法省に就職なんて……さすがの叔父様も、それは職権乱用でしょう……」
ぶつぶつと文句を言い続ける姪に、アーネストの視線が静かに向かう。
「急じゃない。ずっとギルバートから相談されていた」
「え? ギルバートが……?」
ジゼルは意外な名前が出てきて、目をぱちくりと瞬かせる。
「あいつは、顔と態度には出さないがずっとお前の心配ばかりしている」
「……」
知らなかった。ギルバートはいつもジゼルに小言しか言わないし、きっと自分のことを出来の悪い妹だと思っていると感じていたから。
(……ギルが……私のことを心配してるの……?)
そう思うと、ジゼルの心の奥が少しだけ温かくなった。帰ったら、ジゼルもたまには、ギルバートに素直になってみようかな……
「なので、去年のうちに私とギルバートで魔法省の特殊技能採用枠にお前の推薦書を送っておいたんだ」
「ん?」
「学院からお前の成績表と魔法適性の記録も取り寄せた。特殊技能採用枠は、希少魔法の適性と能力実績を基準に選考される。お前の『解析魔法』の精度は、採用基準を十分に満たしている」
ジゼルはアーネストの言葉をすぐには理解できず、戸惑ってしまった。
「待って、叔父様……私、頼んでな……」
「だから急でも職権乱用でもない。正式な手順を踏んでお前は採用されたのだから、安心して仕事に励め」
安心して仕事に励めと言われても。
「私、一度も働きたいなんて言ってないですわー!」
ジゼルは力一杯に叫んだが、アーネストは無視して魔法犯罪捜査局の中へと入っていった。




