1-2
ジゼルは取り乱して涙を流し、アレクシスの足元に縋るようにその場へ膝をついた。
「私、私っ……本当に殿下のことを愛しているんです! 『王太子妃』は私の人生の全てでした! 私から人生を取り上げないで! 殿下! お願いですから、私をっ……!」
「いい加減にしないか!」
毎日念入りに手入れをしてきた自慢の紫色の髪を振り乱し、みっともない姿を晒すジゼル。そんな彼女の腕を、一人の男が掴んで無理やり立たせる。
それはジゼルの双子の兄ギルバート・エヴァレットだった。
ギルバートは次期公爵であり、アレクシスとは親しい友人だ。ジゼルとは違って冷静な合理主義者で、兄妹の性格は昔から合わなかった。アレクシスとリリアナのことでも、ジゼルはこれまで何度となくギルバートから小言を言われている。
「もういい、帰るぞ!」
「嫌っ、私、まだっ……!」
ジゼルは助けを求めるようにアレクシスへ手を伸ばす。けれど、アレクシスはジゼルから視線を逸らして……そして、背を向けた。
その拒絶に、ジゼルはついに言葉を喉に詰まらせた。
その夜、ギルバートに引き摺られるようにして、ジゼルは卒業パーティーから帰路についたのだった。
一夜が明けて、朝。
ジゼルは自分とアレクシスの婚約が解消されたことを、王宮からの正式な発表で知った。
そして同時に、アレクシスとリリアナの婚約も発表された。
王都は突然の『妃殿下交代』に戸惑っていたけれど、事情を知る者の多くは、アレクシスとリリアナを祝福した。
そして、卒業パーティーを境に、ジゼル・エヴァレットは社交界から姿を消したのだった。
◆
――一年後。
「ジゼルちゃん、お茶のお代わりは?」
「アデライン。俺もいただいていいか?」
「貴方は自分で淹れてちょうだい」
ジゼルはこの一年間、一歩も公爵家の敷地から出ることなく過ごしていた。
そして現在も、両親とのんびりお茶を飲んでいる。
「……もう、要らないわ」
あの卒業パーティーの日から以前のように笑わなくなった娘を見て、両親は困った様子で見合わせていた。
アレクシスに婚約破棄をされたあの晩、ジゼルは失恋と同時に、自分の人生の目標を失ったも同然だった。
心が折れ、塞ぎ込むジゼルに、家族は何も言えないでいた。
あの口煩いギルバートでさえ、ジゼルがやつれていく様を見て、そっとしてくれている。
「あ。そうだわ、ジゼルちゃん。また、聖月教会からお手紙が届いていたわよ」
母アデラインは空気を変えるように明るく笑いながら、ジゼルに一通の手紙を渡す。
ジゼルはそれを無言で受け取り、しばらく見つめた後、封を開けることなくそっとテーブルの脇に置いた。
「きっとエブリン大神官からの手紙だろう。お前が王太子妃候補の時によく世話になった……ジゼルを心配してくれているんだ。久しぶりに返事を書いてみてはどうだ?」
「ちょっと! ローレンス!」
夫の発言に、アデラインは目を吊り上げた。
「ジゼルちゃんはまだ立ち直っていないのだから、昔の話はしないでって、あれほど……!」
「……お茶、ご馳走様でした」
アデラインの言葉を遮るように、ジゼルは席を立つ。そして扉の方へと向かった。
後ろでは、両親が去っていく娘の背中を痛ましそうに見つめている。やがてジゼルの耳に、アデラインが「貴方のせいよ」とローレンスの腕を叩く音が聞こえた。
(……お父様とお母様が、私を心配してくれていることは、よく分かっていますわ……)
自室の引き出しには、封を切っていない手紙が何通も溜まっている。あの婚約破棄をきっかけに、ジゼルから離れていった者たちもいるが、今でも自分のことを心配してくれている人がいることは、ちゃんと分かっている。
ただ、前を向けないだけ。心にぽっかりと空いた穴と、まだ向き合えないでいる。
昨日はアレクシスとリリアナの結婚式だった。公爵家は次期公爵のギルバートだけが参列し、他の者たちは自粛した。
それがジゼルを守るためだということも分かっている。
この一年で、ジゼルのリリアナへの激しい嫉妬心はなりを潜め、アレクシスへの恋心も、今ではただの喪失感へと変わっていた。
(確かに……私が悪かったのよね……)
振り返れば、周りに咎められても仕方のない自身の行いの数々。アレクシスもジゼルには手を焼いたことだろう。
今さら後悔したところで、ジゼルの過去はなくならないのだけれど……
ジゼルがドアノブを掴む前に、扉が勝手に開いた。
驚いて顔を上げると、扉の向こうにはジゼルの苦手なギルバートが立っていた。
そして、その後ろには、さらに苦手な叔父アーネストまでいる。
「ジゼル、もう一年だ。いい加減、外へ出ろ!」
顔を合わせて早々に、こうやって小言を言うから、ジゼルはギルバートが苦手なのだ。




