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その時、ジゼル・エヴァレットは自分の人生が終わったことを悟った。
「特定の一個人に対して日常的に繰り返される嫌がらせと侮辱発言、身分を笠に着た威圧行為……」
次々と読み上げられていく罪状。それは全て、ジゼルには身に覚えのある罪で……彼女は赤い瞳を揺らしながら、目の前に立ち、冷たい顔で見下ろす婚約者を見つめていた。
今日は学院生活最後の夜、卒業パーティーだった。
生徒たちが思い思いに着飾り、友人たちとこれまでの思い出を語り合う場……それなのに、いつの間にここは断罪の場となったのか。
王太子アレクシス・ヴァルモントが険しい表情のまま言葉を続ける。
「……しまいには、本日の卒業パーティーは学校の公式行事なのに、君は学院に圧力をかけてリリアナの参加を取り消そうとしていたね」
アレクシスの後ろには、ジゼルが手を回して排除したはずの女生徒が立っていた。彼女はジゼルと目が合うと、怯えた表情で俯いた。
アレクシスがジゼルから庇うように一歩前に出る。そして、心底呆れたというような目で、ジゼルを射抜いた。
ジゼルはアレクシスの青い瞳が好きだった。まるでこの世の全ての青を集めたような綺麗な空と海の色で、いつも穏やかにジゼルを見つめてくれていたから。
彼の青い瞳の色が変わり始めたのは、いつからだろうか?
そう、あの子爵令嬢リリアナ・ウェルズリーが現れてからだ。
「昔の君は王太子妃に相応しいと思える女性だった。どうして、そう変わってしまったんだ……」
悲しげに呟くアレクシスに、ジゼルは声を荒げる。
「変わってしまったのは、アレクシス殿下の方ですわっ……!」
アレクシスが眉をひそませてジゼルを見る。
「幼い頃の幼馴染だかなんだか知りませんけれどっ、彼女が現れてから殿下はお変わりになった!」
「またそれか……これまで何度も説明してきたが、私とリリアナは、君が疑うような関係じゃない。彼女の母親が母上付きの侍女だった縁で、幼い頃に少し一緒に過ごしただけだ。学院で再会して、昔のように話すようになった。それだけだよ」
疲れた様子で息を吐くアレクシス。これまで聞き飽きるほどに聞いたアレクシスの『いつもの』説明を聞きながら、ジゼルは悔しくて涙を浮かべた。
(本当にそれだけなら、殿下はどうして私と彼女の前で違いますの……?)
ジゼルとアレクシスは十二歳の時に出会い、そのまま婚約を交わした。
初めて出会った時からアレクシスは落ち着いていて、とても冷静で、それでいてジゼルを大切に扱ってくれる素敵な王子様だった。
婚約関係であっても常に男女としての一定の距離感を保ち、ジゼルの名誉が傷付かないように配慮してくれていた。誕生日も、公式のパーティーだってアレクシスはいつも婚約者として完璧に振る舞ってくれていた。
だからジゼルも安心してアレクシスに恋をした。きっとこの人となら、幸せな未来が描けると、未来の王と王妃として国を背負っていけると……けれど、学院に入学してから現れた一人の女性にジゼルの未来は壊されていく。
ジゼルはある日気付いてしまった。
アレクシスがジゼルの横に並び立つ時よりも、リリアナと並び立つ時の方が半歩近いことを。アレクシスはジゼルの好きな食べ物を覚えてくれているが、リリアナには嫌いな食べ物まで覚えていること。
それは日々の中に蓄積していく取るに足らないような小さな違和感で……それでも、積み重なっていけば明確な差になった。
アレクシスの言う通り、彼と彼女の間には何もなかった。お互い触れ合うことなんてなかったし、二人きりの時間を過ごすこともない。
むしろ、リリアナがアレクシスの前に現れるのはいつだってジゼルが側にいる時だけだ。二人はどう見ても健全だった。
それなのにジゼルはリリアナという存在に嫉妬し、醜い感情を怒りに変えてリリアナを攻撃するようになった。
不当な怒りを向けられるリリアナに周りは同情し、しだいにジゼルは『悪女』と嫌われていった……
「私は……ただ、殿下を愛していて……」
「だからと言って、人を傷付けていい理由になるのか? 君は私の婚約者……つまり、未来の王太子妃なんだ。私はずっと、君なら感情に流されず、正しい判断ができる女性になってくれると思っていた。けれど……」
アレクシスはジゼルから目を逸らすと、ずっと頭の隅で考えていたことを、ついに口に出した。
「君は、やはり王太子妃に相応しくない。自分の感情で簡単に他人を傷付けられる君に、安心して私の隣を任せられない」
ジゼルはアレクシスが何を言おうとしているのかが分かり、聞きたくないと両耳を塞ぐ。
「婚約を破棄しよう、ジゼル・エヴァレット公爵令嬢。君は……『王太子妃』失格だ」




