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リリアナが怯えている様子を察知した友人たちは、心配そうに彼女の周りへ駆け寄った。そしてジゼルから庇うように、リリアナの前に立つ。
「ご心配なく、王太子妃様。今の彼女は貴女に何もできやしません」
「貴女と彼女の今の立場は、明確です」
友人たちの励ましの言葉に、リリアナは深く息を吸い込んだ。
(私と、彼女の今の立場……)
リリアナはチラリとジゼルを見て、すぐに目を逸らす。
「……ごめんなさい。気分が優れなくて……」
リリアナはみるみる顔色を悪くし、足元をふらつかせた。
「殿下?」
「大丈夫ですか?」
友人たちだけでなく、周りの者たちからも心配の声が上がる。
「えぇ……少し休めば、大丈夫ですから……失礼します」
リリアナはそれだけを残して、会場を後にしたのだった。
残されたジゼルに、周囲の懐疑的な視線が向けられた。
「……王太子妃殿下。エヴァレット公爵令嬢とお話しした直後でしたね」
「二人は同じ学院の同級生と聞いていたが……やはり、我々の知らない確執があるようだ」
「あまり憶測でものを言うものではないよ」
周りから上がる声は様々だったが、リリアナが退席したことで、ジゼルがすっかり針のむしろになってしまったことだけは確かだった。
俯くジゼルを、ヴェロニカは痛ましい表情で見つめていた。
「ジゼル……」
「貴女のご友人でしょう……彼女の元へ行ってあげてください」
ジゼルは顔を上げることなく、ヴェロニカに言う。ジゼルも心配だが、やはりリリアナが心配だったヴェロニカは、申し訳なさそうに頷いて彼女の後を追った。
会場を出るとき、ヴェロニカは振り返ってジゼルを見た。いつも態度の大きい傲慢な彼女が、今はとても小さく見えた。
(エヴァレット君はもしかしたら、リリアナがこの会場に来ることを知っていたのかもしれない……)
先ほどのギルバートの様子を思い出しながら、ヴェロニカはリリアナを追いかけた。
「リリアナ!」
ヴェロニカが叫ぶと、先を行くリリアナが足を止めて振り返る。
「ヴェロニカ……」
「今日、どうして来たの⁉」
やっと追いついて、一拍もなくヴェロニカは食い気味に質問した。
「え?」
「私は貴女に、ジゼルが魔法省に勤めていることを伝えていたわ。今日、ここに彼女がいることくらい、分かっていたでしょう?」
ヴェロニカの言葉にリリアナは目を逸らし「聞いていたけど……まさか本当にいるとは思わなくて……」と、小声で言い訳した。
ヴェロニカは、正直納得がいかなかった。初めから分かってここに来たのならば、こんな風にリリアナが退出するのは、少し無責任ではないかと思ってしまった。
リリアナにそんなつもりがなくても、まるで、ジゼルへの当て付けのように思ってしまう。
「働いている貴女を応援したくて、王族の出席枠をアレクに譲ってもらったの……怒ってる?」
「……怒ってるとかじゃなくて、どうして会場を出たの?」
ヴェロニカの不満を感じ取ったのか、リリアナは目に涙を浮かべながら言った。
「いざ、彼女と顔を合わせるとやっぱり怖くて……」
ヴェロニカは複雑な心境で小さく息を吐いた。
学生の頃を思えば、リリアナがジゼルを怖がる気持ちは分かる。まだ大した責任も負わないあの頃だったなら、ヴェロニカもリリアナの気持ちに寄り添えていただろう。でも……
リリアナに自ら頭を下げるジゼルの姿を思い出す。
『私、エヴァレット公爵家の令嬢でしてよ? この私がパーティーの作法を知らないとでも?』
同時に、会場に入る前の、傲慢で高飛車で、自信に満ちたジゼルの姿も思い出した。
(あの時は憎たらしい自信だこと、なんて思っていたけれど……彼女は自分の立場を受け入れて、公爵令嬢としての責任を果たそうとしたわ)
やはり今回に限っては、リリアナの対応は間違っていると思った。
「……彼女が怖いのは分かる。私だって、昔、貴女の隣でずっと見てきたから。でも……」
ヴェロニカはジゼルを庇うために言っているんじゃない。リリアナの親友として、これを見逃すのは彼女のためにならないと思ったから言うんだ。
「貴女は今、ただの令嬢ではなく王太子妃なのよ。王族として参加したなら、私情で退席するのは無責任だわ」
「……ヴェロニカ?」
リリアナは目を見開き、信じられないといった表情を浮かべる。
「ああやって貴女が退席して、残された彼女が周りにどんな目で見られるのか考えてみて……?」
リリアナの恐怖も分かる。ただ、昔とは違うこと……今の自分が持つ立場の影響力に、ヴェロニカは気付いてほしかった。
「貴女のその行動は、周りに不要な誤解を招いているわ……!」
すると、黙って聞いていたリリアナは、ゆっくりと口を開いた。
「……変わったわね。昔の貴女は、必ず私の味方をしてくれたのに」
その目には、失望。ヴェロニカは思わず息を呑む。
リリアナは冷ややかな表情から、歪んだ笑みを浮かべて、ハッと小さく笑った。
「《《貴女も》》、彼女の方が良くなった?」
「ちが、何言って……」
ヴェロニカが慌てて言葉を紡ぐ前に、リリアナは背を向けた。もうこれ以上、話すことなどないとでも言うように……
「体調が優れないから、今日はこのまま城へ帰るわ」
リリアナはヴェロニカが引き留めようと声を掛けても、一度も振り返ることなく去っていってしまった。
残されたヴェロニカは、呆然とその小さくなっていく後ろ姿を見つめていた。
「……リリアナ?」
ぽつりと、静かになった廊下の中で親友の名を呟く。
(……こんなこと、言う子だった?)




