5-1
エヴァレット公爵家では、家族全員が揃って優雅に朝食をとっていた。
「ごちそうさまですわ」
「ジゼル……もういいのか?」
サラダとスープだけに手を付けて席を立つ娘に、父ローレンスは尋ねた。
「ええ。そろそろ出勤いたしませんと……」
「最近、早いわね。お仕事が忙しいの?」
続けて母アデラインは心配そうに声を掛ける。するとジゼルは少し眉を顰めて「いいえ」と答えた。
「ちょっと……やらねばならないことが、あるのですわ……!」
ジゼルは気合いを入れ直すように両手を握りしめると、そのまま食堂から出て行ってしまった。
「やらねばならないこと……?」
ジゼルの後ろ姿を見送りながら、ローレンスがポカンとした表情で呟く。すると、これまで静かに黙々と食事していたギルバートが口を開いた。
「……ディラン・アシュクロフト……」
「え?」
「ジゼルの職場の同僚であるアシュクロフト公子が、どうやらジゼルを庇って怪我をしたらしく……歩けない公子をジゼルが世話しているようです」
ギルバートが説明すると、アデラインが目を輝かせながら声を上げた。
「まあ、ジゼルちゃんが?」
驚くのも無理はない。蝶よ花よと公爵家で大切に甘やかされて育てられたジゼルが、まさか他人の世話をしている姿など、到底想像できないからだ。
それに相手は大公家嫡男……滅多に社交界へ顔を出さないが、彼の顔を知っている者たちは皆、ディランを眉目秀麗だと評していた。
「これが良縁になったりしないかしら?」
アデラインが期待を込めて声を弾ませながら言うと、ギルバートが顔を顰める。
「ジゼルの次の相手は慎重に選ぶべきです。生半可な男じゃあいつに手を焼き、結果的にまたジゼルが傷付くことになりますよ」
あわよくばジゼルの嫁入り先の候補として大公家に目を付けようとする母親を一喝し、ギルバートはやれやれとため息をついた。
「……では、ギル。貴方はどんな方ならジゼルちゃんのお相手に相応しいと思うの?」
「そうですね……」
ギルバートは食事の手を止めて顔を上げると、思案し始める。
「「公爵家に見合う家格も大事だとは思いますが……それよりも、ジゼルの我儘に振り回されず、気の強いあいつを上手に転がし、且つ間違っている時にはきちんと叱れる男がいいですね」」
息子が挙げたジゼルの結婚相手の条件に、アデラインは頬に手を当てて「まあ……」と呟きながら、目をぱちくりと瞬かせた。
「それから、ジゼルは妙なところで頑固ですから、喧嘩になっても逃げ出さないこと。あいつの肩書きではなく、本人を見てくれること。できれば仕事にも理解があって……」
ギルバートはそこで少し考え込んだ。
「……何より、あいつが何をしでかしても、簡単には見捨てない男……が、最低限の条件ではないでしょうか」
ローレンスとアデラインは思わず苦笑いを浮かべた。まるで当然だとでも言わんばかりに、淡々と『最低限の条件』として、とんでもなく難しい条件を並べている。
これでギルバートは、自身が妹を溺愛していると思ってもいないのだから、笑えてくる。
「ジゼルちゃんは、お嫁さんに行けないかもしれないわねぇ」
ジゼルの未来の婿の最難関は、父と母ではない。この兄だ。
「……ところでギルバートはジゼルの職場事情に詳しいな?」
ローレンスが気になったことを尋ねると、ギルバートは食事を再開する。
「……魔法省には僕の知り合いもいますから……嫌でも耳に入るのです」
(ギルバート……お前が夜にその『知り合い』と食事に行く回数が増えていること、俺は気付いているぞ)
ローレンスは素直じゃない息子をそっとしておいてやろうと、それ以上は突っ込まず、静かに食事を進めたのだった。
◆
「あー、喉乾いたー」
その声にジゼルが振り返ると、車椅子に座ったディランがにやにやと意地悪そうに笑いながらジゼルを見ていた。
「か……買ってまいりますわ」
ジゼルはぐっと怒りを抑えながら立ち上がる。
「おう、よろしく。あ、あとついでに適当に軽食も頼むわ」
ディランの言葉に、ついにジゼルは反抗した。
「ちょっと! 私は貴方の使用人では……!」
「う、左足が痛む」
「くっ……」
ディランがわざとらしく眉を顰めて痛がったふりをすると、ジゼルは悔しそうに顔を歪めて部署を飛び出し、売店へと走っていった。
そんなジゼルと、ちょうど入れ違いでヴェロニカが入ってきた。
「アシュクロフトさん、またジゼルを虐めてるんですか?」
ヴェロニカが呆れたように息をつくと、ディランは面白そうに笑いながら言った。
「人聞き悪いこと言うなよ。後輩として可愛がってんの……それにあいつの反応って面白いんだよな」
「……性格悪」
「今、何か言ったか? ん?」
「いいえ、何も」
あの工場の事故から数日。車椅子生活を送るディランに、ジゼルは顎で使われる日々を過ごしていた。




