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ディランが次に目を覚ました時、彼は病院のベッドに横たわっていた。窓のカーテンは閉め切られており、時間が分からない……
「……気が付いたか」
横から声がしたので、ディランがそちらに顔を向けると、アーネストの姿があった。彼は腰を上げてディランの顔を覗き込みながら、ほっとした表情を見せた。
ディランが覚えている最後の記憶は、ジゼルが悲痛な表情を浮かべて自分に文句を言っている姿だった。
「……あいつは?」
「ジゼルなら無事だ。ぴんぴんしている」
ディランは頷くと、ゆっくりと上体を起こした。そして、自分の体の状態を確認する。
「治癒魔法で組織自体は修復済みだ。しかし、一番火傷が酷かった左足には痕が残ってしまっている……」
目を向けると、左足には火傷の痕が痛々しく残っていた。
「しばらくは痛むだろうから、痛みが引くまでの数日は歩行を控える方がいいそうだ」
アーネストはそう言って、少し沈黙する。そして、再び口を開いた。
「……それと、犯人のケビン・キースだが現在逃走中だ。すでに捜索を開始している」
「ケビン、だけじゃないです……今回の事件、おそらく『協力者』がいます」
「ああ、ジゼルに聞いた。クレーム連絡を入れた者……こちらも同時に捜査している」
ディランが頷くと、アーネストは突然ディランに頭を下げた。
「今だけは局長としてではなく、あの子の叔父として……姪を、救ってくれて本当に感謝する」
アーネストはとても申し訳なさそうな表情を浮かべていた。ディランがアーネストと出会ってからというもの、彼のこんな表情は初めて見る。
ディランは明るく笑って言った。
「何、鬼上司の貴方が頭下げてるんですか。それにあいつは……俺の相棒でもあるんで」
その時、病室の扉が開く。そこには花を生けた花瓶を抱えるジゼルが立っていた。
ディランがそちらに目を向けると、ジゼルは驚いた顔でその場に固まってしまった。
そんなジゼルを、ディランはいつものように揶揄おうと意地悪な笑みを浮かべる。
「お前、今回こそは俺にちゃんと感謝し……」
ガシャーン!
花瓶が落ちて割れた音が、ディランの言葉を遮った。
その瞬間、ジゼルが駆け寄ってきて、勢いよくディランの胸に飛び込む。
「お、おい……?」
突然のジゼルの行動に戸惑い、ディランはそれ以上言葉を続けられなかった。
「よかっ……目、覚ま、し……!」
ジゼルは震えながら、ディランの胸にしがみついていた。
ディランが驚いて彼女を見下ろすと、ジゼルも顔を上げる。さっきまで泣いていたんだと分かるほど、目の縁が真っ赤になっていて……
「本当に、目を覚まして良かったですわー!」
まるで子供のように人目も憚らず泣くジゼルに、ディランはどうしていいか分からなかった。
そんな様子を見守っていたアーネストは、やれやれといった様子で、息を吐いて「頭でも撫でて、宥めてやってくれ」と言いながら、椅子から腰を上げる。
「え⁉︎ 局長⁉︎」
「お前の退院手続きをしてくる」
まるで逃げるかのように、そそくさと扉の方へと向かうアーネスト。
「俺一人でこいつを宥めろと⁉」
ディランの訴えも叶わず、アーネストは病室から出て行ってしまった。
(絶対、面倒事を押し付けただろ)
ディランはじっとりした目で、アーネストが出て行った後の扉を見つめる。しかし、仕方ないと気持ちを切り替えて、自分の胸でぐずぐずと泣くジゼルに目を向けた。
「……あー、もう泣くな。俺はこうして無事だし……」
ディランが引き攣りながらもニカッと笑ってみせると、ジゼルは一旦泣き止んで、鼻を啜りながらディランを見た。
「け……怪我は……?」
「ほとんど治ったぞ。まあ……左足に痕は残ったが、数日もすれば普通の生活に戻れるから、問題はない」
ジゼルはディランの返答を聞いて安心する。すると、また涙が込み上がってきた。
一段と大きな声で泣きだすジゼルに、ディランはお手上げだった。
(余計に酷くなったんだが……あぁ、もう。仕方ねぇな……)
ディランはアーネストの助言通り、ジゼルの頭を撫でてやろうとしたのだが……彼女の泣き顔を見て、なぜだか抱きしめてやりたくなった。
ディランの大きな腕が、ジゼルの華奢な背中に回された。ジゼルの耳に、ディランの穏やかな心音が聞こえてくる。
「少しは落ち着いたか?」
「貴方が……死んだんじゃないかって、不安で……!」
「うん」
まるで幼子をあやすように、ディランはジゼルの話に優しく相槌を打ってやった。
「だから、本当に安心して……」
ジゼルの赤い目にまた涙が溢れてくる。
ディランは腕を離すと、少し身を引いてジゼルの顔を覗き込みながら笑った。
「まだ泣く気か?」
そう言って、ジゼルの両頬を軽く摘まんで引っ張る。ジゼルは抵抗することなく、一生懸命に泣くのを堪えていた。
「泣く前に、俺に言うことあんだろうが」
「……私、今後から行動する前にしっかり考えて……もう、考えなしな行動はしないとっ……誓いますわっ……!」
「それは、よろしく頼む」
ジゼルは自分が押した赤いボタンのせいで大事故を引き起こしたと、責任を感じていた。ディランはジゼルの頭をガシガシと雑に撫でてやった。
「確かにあの爆発事故を引き起こしたのは、お前の判断ミスも要因の一つだとは思うけど……でも、お前がいなかったら、俺もロンさんも今頃あの部屋でぺちゃんこの蒸し焼きだった」
ディランの目が優しく細められる。
「頑張ってくれて、ありがとうな」
ジゼルは濡れた目をぱちぱちと瞬かせて、驚いているようだった。ディランは何だか照れ臭くなり、またいつもの調子でジゼルに意地悪を言おうとする。
しかし、その前にジゼルが満面の笑みを見せた。
「私も……助けてくれて、ありがとうですわ、ディラン!」
その笑顔を見つめて、ディランはつい固まってジゼルを見つめてしまう。
(……俺のこと、こんなにも心配する奴がいるなんてな……)
自分が気を失っている間は目が腫れてしまうくらいに泣いて、目を覚ませば良かったとまた泣いて……出会って数か月もしない女が、どうして。
自分のことで顔をぐしゃぐしゃにしながら泣くジゼルを、ディランは不思議な気持ちで見つめていた。
胸の奥が、どうも落ち着かない。でも、目の前の令嬢らしからぬ泣き顔を見ていると、ディランの心はふっと力が抜けた。
「ぷっ。お前の泣き顔、不細工だなー」
「本当にこの男は失礼で腹が立ちますわ……」
ディランが笑って意地悪を言うと、ジゼルは鼻を啜りながらも言い返すのだった。




