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一瞬訪れた沈黙を破ったのはケビンだった。
「あー! どいつもこいつも目障りだ!」
彼は苛立った様子で叫びながら、頭を掻きむしった。
「お前の……そういう偽善的なところが大嫌いなんだよ!」
三人がケビンを見る。ケビンは焦点の合わない目で、これまでの鬱憤を晴らすように怒りを露わにした。
「俺より技術もないくせに、師匠からの評価も、下からの信頼も、なんでお前の方が上なんだよ!」
ケビンは一つ不満を漏らすと、もう自分を止められなくなっていた。
「上に立つ者としての責任感? 部下に寄り添う気持ち? そんなものでいい商品が作れるか⁉︎」
「だから嫉妬して、こんな事件を起こしたのか?」
ディランが呆れた様子で尋ねると、ケビンは怒り任せに叫んだ。
「嫉妬じゃない! これは、元々は俺の……不当に奪われたものを取り戻すための正当な行いだ! 俺をちゃんと評価しないお前らが全て悪いんだ!」
そして、ケビンは突然笑い出した。その姿は、どこか異様に見えた。
「ここまで問題が大きくなれば、ロンは責任を問われて最悪解雇される。そうすれば、副責任者の俺が次の責任者になれる!」
無邪気な子供のように目を輝かせて笑うケビンを、ロンは悲しそうな顔で見つめていた。
「本来の、正しい状態に戻るだけだ!」
「なんで……」
ロンはついに、涙をこぼした。
「君は、あんなにこの仕事を愛していたじゃないか。たとえ不満があったとして、君の行動は君が愛してきたものに大きな傷をつけることになるんだよ……?」
これまで二人で守ってきた工場、築き上げてきた商品のイメージ、技術力、そして客からの信頼……
「うるさい!」
ケビンはカッとした表情で叫ぶ。
「どれだけ愛して、技術を磨いて努力しても、欲しいものが手に入らないなら意味なんかないだろ!」
ケビンの叫びに、ジゼルは一瞬動きを止める。ふと、一年前の望みが叶わずに足掻いていた自分自身のことを思い返してしまった。
どれだけ未来の王太子妃として教育を受けて努力しても、アレクシスに捨てられたら全部終わり。ジゼルはずっとそう思っていた。そんな人生に意味なんてないのだと……
僅かに俯くジゼルだったが、すぐに顔を上げた。
(でも、今なら違うと言えるわ)
それは、今ジゼルが魔法省で働いているから。
朝になれば魔法省へ行く。たとえ不格好でも前を向いて、仕事と向き合う。腹の立つ相棒と喧嘩をして、事件を追いかけて、誰かに頼られて……
アレクシスを失っても、ジゼルの人生は終わらなかった。
(そうか。この人……)
ケビンの姿に、ジゼルは一年前の自分を重ねた。
欲しかった未来を失えば、それまで積み重ねてきたものすべてに意味がなくなる。あの頃のジゼルも、そう思っていた。
「続きは魔法省で聞かせてもらおうか」
ディランがそう言って一歩踏み出すと同時に、悔しそうに顔を歪めたケビンが、ロンに向けて攻撃魔法を放った。
それに素早く気付いたジゼルが、ロンに体当たりをして魔法を躱す。二人はそのまま倒れ込んだ。
ケビンの手は止まらず、彼は倒れた二人に追撃の魔法を放った。
ケビンの前にいたジゼルが魔法の標的になる。ジゼルは思わず顔を逸らしながら目を瞑った。
「っ……!」
次の瞬間、身体を強く引き寄せられた。
耳元で魔法が弾ける激しい音がする。恐る恐る目を開けると、すぐ目の前にディランの胸元があった。
どうやらディランが追撃魔法からジゼルを庇い、魔法を弾いてくれたみたいだ。弾いた魔法が回収した魔道具へと当たり、破損した。
ディランがジゼルを庇った一瞬の隙を突き、ケビンは鉄扉の外へ飛び出した。
「待て!」
ディランが叫ぶより早く、鉄扉が閉まる。ケビンはそのまま操作パネルで扉を施錠した。
すると、ガコンと嫌な機械音が響き、天井に取り付けられた圧縮分解装置が起動し始める。
ジゼルは青褪めた表情で、あんぐりと口を開けながら叫んだ。
「あの男、私たちを潰してしまう気ですわー!」
その時、先ほど破損した魔道具まで勝手に起動し始めた。
どうやら弾いた魔法が運悪く起動制御術式を傷つけたらしく、破損した魔道具が魔力暴走を起こしている。さらに、そこから漏れ出した魔力に共鳴したのか、回収されていた魔道具まで次々と起動していった。
「……ついでに蒸し焼きにもする気らしいな」
上がっていく室内温度に、ディランのこめかみから一筋の汗が流れ落ちる。完全に閉じ込められてしまった三人は、このままでは潰されるか蒸されるかの未来しかない。
「貴方! 責任者ならどうにかできませんの⁉」
「無理です! 圧縮分解装置の操作パネルは部屋の外ですし、この大量の魔道具を解除するにも時間がかかりすぎて……!」
焦ったジゼルがロンの襟首を握りしめながら上下に揺さぶった。ロンも青褪めながら、目に涙を浮かべている。
もはや絶望的かと思われた。しかし……
「……いえ、一つだけ脱出口があります!」
ロンの頭に、たった一つの脱出方法が浮かぶ。そして、壁の上部を指差した。
ジゼルとディランが勢いよくそちらに顔を向ける。そこには壁にぽっかりと空いた穴があった。
「唯一、ここの外へと繋がる空気口です!」
その穴はどう見ても、成人男性が通れる大きさではなく、小柄な女性や子供しか通れそうにない……
ディランとロンがジゼルを見た。
「む、無理ですわ! 私、あんな汚らわしいところに入ったことなんて、これまで一度もっ」
二人は何も言っていないが、ジゼルはすぐに察した。
「ごちゃごちゃとうるせぇ!」
「きゃあ⁉」
しかし、急にディランに持ち上げられたかと思えば、空気口の方へと押し上げられる。
「不本意だがお前だけが頼りだ! 頼むぞ!」
無理やり穴の中へと捩じ込まれたジゼルは、両手に付着した黒い煤やら埃やらで、声にならない叫び声を上げた。
「ダクトを抜けたら、操作パネルの緊急停止を……えぇっと、とにかく赤いボタンを押してください!」
ロンが必死な声で叫ぶ。
ジゼルが振り返って二人を見下ろすと、ディランとロンはジゼルに人生をフルベットしたかのような真剣な目をしていた。
そんな二人を見て、嫌だなんて言えず……
二人の命を預けられたジゼルは、涙目になりながらも四つん這いになり、汚れたダクトの中を必死に進んでいくのだった。




