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それは月を背負った十字架の教章だった。ジゼルはそのネックレスによく見覚えがある。
(あれは、聖月教会の……)
この国で聖月教会の信徒はそう珍しくない。ジゼルも自宅に同じものを持っている。
(仕事中も肌身離さず教章を身に着けているなんて……かなり信仰の深い方なのね)
聖月教会とは、王国内で広く信仰されている宗教団体だ。王都だけでなく地方にも教会、礼拝所、孤児院、救貧施設などを持ち、慈善活動にも力を入れていた。
また、悩みを抱えた人々への相談活動を通して精神的支援も行いながら、多くの信徒の心に寄り添っている。
それに、聖月教会へは王太子妃候補だった頃、ジゼル自身よく訪れていたので詳しかった。王太子妃となれば、教会への慰問活動も大事な公務のひとつとなるからだ。
少しだけ昔を思い出し、ジゼルの心は何となく曇ってしまった。俯きかけたとき……従業員の声で、ジゼルはハッとする。
「いやぁ、やっぱりケビンさんは頼りになる! ここではあんたが一番の技術者だもんな!」
そう言って去っていく技術者の背中を見送りながら、ディランはケビンに言った。
「ケビンさんは他の方々からとても頼りにされていますね。ロンさんが貴方のことを『優秀な技術者』と仰っていたことも頷ける」
ケビンは遠慮がちに笑って、自分とロンの関係性について、簡単な説明をした。
「俺とロンは元々同じ師匠から技術を学んできました。ロンは現場の監督を、俺は技術面を担当して、二人でこの工場を支えてきました。だから、ロンもそういう言い方をしたのだと思います。」
それを聞いたディランはケビンへ向き直り、目を合わせて笑う。
「いえ、謙遜することはないですよ。まるで、最初からここの責任者のようだ」
ケビンも笑顔を返していたが、それ以上何も言わなかった。
いつの間にか退勤時間となり、工場に勤める者たちが次々と退勤していく。
「すみません。貴方に残業させてしまって」
「はは、大丈夫です。夜間の工場管理はロンと俺の仕事でもありますから。残業ではありません」
ケビンは慣れた様子で笑った。
「夜間の管理……ですか。では、問題の製造識別番号の商品が出荷される前夜も、お二人で……?」
「えぇ。夜間は工場を施錠し、管理担当者以外は立ち入れません。なので、その日も俺とロンで、夜間に出荷前の最終チェックを二人で行っていました」
ケビンはその日のことを思い出しているような仕草で少し視線を彷徨わせ、すぐに気を取り直していた。
「あ、こちらです。事件の製造識別番号の魔道具は、まだ不具合が出ていないものも販売先から回収してこの地下の廃棄置き場に置いています」
「廃棄置き場、ですの?」
「本来は古い廃棄品の処理場なのですが、今は他に置き場がなく……」
ははっと乾いた声で苦笑し、ケビンは二人を地下へと案内する。
地下には小部屋と、そこから分厚い鉄の扉で繋がる広い空間があった。奥が廃棄置き場なのだろう。
小部屋にはレバーやボタンの付いた操作パネルがあるだけで、地下室のほとんどは処理場だった。
ジゼルが天井を見上げると、廃棄品を圧縮するための分厚い鉄板がぶら下がっている。
ケビンは二人に、ある程度の廃棄品が溜まると、この部屋で一気に圧縮・分解し、再利用可能な素材へと戻すのだと説明した。
「この廃棄置き場で、工場内の全ての案内が終わりました」
「ありがとうございました。最後に、回収された魔道具を調べさせていただきますね」
ディランが笑顔でそう言うと、ケビンは一瞬複雑そうな顔をする。しかしすぐに笑顔を浮かべて頷いた。
「えぇ。よろしくお願いいたします」
ケビンは地上へと上がっていき、この場は二人きりとなる。
「ロンとケビン……あの二人、確実に何かあるな」
「何かって、なんですの?」
キョトンとした顔で見上げてくるジゼルを、ディランは残念な子を見るような目で見下ろした。
「何ですの、その目は! ロンさんは部下思いのいい人そうですし、ケビンさんは頑張り屋さんでしたわ」
ジゼルが反抗すると、ディランは大きなため息をついて「いいから。お前は解析魔法に集中してくれ」と疲れた顔で言った。ぶつくさと文句を呟きながらも、ジゼルは素直に従う。
「……どうだ?」
ジゼルの輝く赤い瞳を見つめながら、ディランが尋ねた。
「えぇ。回収品のものにも、安全制限術式に後から手を加えられた痕跡がありますわ」
ディランの目つきが変わる。
「それにしても、本当によくこの短期間でこれだけの数を回収できましたわね……もしかして、証拠隠滅?」
「お。お前にしては、頭を使ったな」
珍しくディランに褒められたのだが、何だか腑に落ちない……ジゼルが顰めっ面でディランを見上げると、ディランはわざと意地悪な笑顔を向けてくる。
「ジュリアンの報告書では、最初の回収日は、レストランの事故が起きた翌日だ。事故調査局が正式に『特定の製造識別番号商品が原因』と突き止めるより前に、工場側がその番号の商品だけを自主回収し始めていた……というのは、かなり怪しいよなぁ」
ディランは報告書の内容を思い出しながら、思案している様子だった。
「それで、結果は?」
「魔法痕の経過時間から見て、検品後の出荷前日……夜間管理あたりに手を加えられたことは間違いなさそうですわ」
ジゼルがそう言うと、ディランはニヤリと笑った。
「よし。事件で決まりだな。そして……犯人は二人に絞られた」
「どちらかが、嘘をついているということですわね」
「……あるいは、二人とも嘘つきなのかもな」
その時、廃棄置き場の鉄の扉が開く。
現れたのは、先ほど地上へ戻ったはずのケビン。そして、その後ろには……ロンがいたのだった。




