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思い返せば、最近のジゼルは仕事ばかりで失恋に傷付いている暇なんてなかった。
それもこれも、ある男のせい……
「おい、ここにいたのかよ」
今まさに頭に浮かべていた男の声が聞こえてきて、ジゼルはぎくりと肩を揺らした。
振り返ると、そこにはやはりディランが立っていた。
「事件だぞ。呑気に食ってねぇで、早く食え」
ディランは顰めっ面でジゼルを見下ろしながら、相変わらず偉そうに命令してきた。
「そう急かされても、無理ですわ!」
ジゼルは慌ててご飯を口に運ぶが、ディランの表情はますます険しくなっていく。
「一口が小せぇ、器抱えて掻き込めよ!」
「そんな下品な……」
本当に大公家の嫡男なのかと疑わしい視線を向けながら、ジゼルが数口食べたところで、とうとう痺れを切らしたディランは彼女の襟首を後ろから掴んだ。
「お上品に食ってる暇なんかねぇんだよ、このノロマ!」
そして、強制連行していく。ベティとヴェロニカが苦笑いを浮かべながら、ジゼルに小さく手を振っていた。
「まだ全部食べてな……あんまりですわー!」
この男が近くにいて、ジゼルが過去の失恋を思い出す暇なんてないのだ。
(最近、殿下のことを思い出さなかったのも無理はありませんわ……!)
思い返せば、ジゼルはいつもディランに腹を立ててばかり。
(この意地悪男のせいで、感傷に浸る余裕なんてなかったんですもの!)
ディランに連れていかれた場所は、事件現場ではなく魔法事故調査局だった。
今回担当することになったのは、事故調査局から引き継がれた案件らしく、元々はジュリアンが担当していた。
ジゼルとディランが調査局の前に到着すると、中から華やかな見た目をした金髪の男が出てきた。ちょうど探していたジュリアンだ。
「こちらから伺おうと思っていたのに……来てくれたんだね、ありがとう。中に入って」
魔法事故調査局の中へと案内してくれるジュリアンは、綺麗に整えた金髪を横に流し、首元には明るい色のタイが締められている。見るからにお洒落に気を遣った色男……実際、ジゼルの耳にも、ジュリアンはプレイボーイだという噂が届いていた。真偽は分からないが。
(ベティさんといい、ジュリアンさんといい……みなさん、結構気軽に恋愛を楽しんでいるのね?)
幼少期から次期王太子妃として育てられてきたジゼルにとって、それはあまりよく分からない感覚だった。
(そもそも、恋愛するきっかけとは何かしら? 私の場合はすでに婚約者だったし、将来の自分の夫なのだから愛するのも当然だったけれど……)
婚約関係もない状態から、人はどうやって恋をするのだろうか……?
ジゼルはふとそんなことが気になったが、ディランとジュリアンが事件について話し始めたので、頭を切り替えて彼らの話に耳を傾けた。
事の始まりは、あるレストランで起きた、魔道具の不具合事故がきっかけだった。
室温調節用の魔道具の安全制限術式が正常に作動せず、停止することなく魔力を異常放出した結果、室内の温度が急上昇し、しまいにはボヤ騒ぎにまで発展してしまった。
当初は単なる事故として、調査局が調査を進めていた。しかし、検品段階では問題なし。魔道具の安全性を証明する認可証も確認できている。
レストランでの使用履歴も確認するが、購入から数か月も経っていない。劣化による不具合とは考えにくかった。
そんな中、同じ製造元工場から出荷された同商品で同様の不具合事故が相次いだ。偶発的な事故ではない可能性があると判断され、ジゼルたち捜査局への捜査依頼に至ったという経緯だった。
「調査した結果、全ての同商品で同じ不具合が起きたのではなく、一部の商品だけに起きているようなんだ」
ジュリアンは調査報告書をジゼルたちに渡しながら、説明した。
「特定の製造識別番号が振られた商品だけ、この不具合を起こしていることが分かった」
「製造識別番号?」
聞き慣れない単語に、ジゼルが聞き返す。すると、ジュリアンは嫌な顔ひとつせず、丁寧に教えてくれた。
「製造識別番号……同じ製造日、原材料、ラインでまとめて作られた製品群に割り振られる番号のことだよ」
「へぇ。そんなものがありますのね」
「さすが箱入り公女さま。そんなことも知らねぇのかよ」
ジゼルはまた意地悪を言ってくるディランを睨み付けた。しかし、話を中断できないと改めてジュリアンに向き直る。
「つまり、この事故を引き起こしている犯人は、その時に担当した者ということですね!」
自信満々に言うジゼルの横で、ディランは鼻で笑いながら呆れた表情を浮かべた。
「そんな得意げな顔でわざわざ披露するほどの推理かよ……」
「煩いですわね! 少し黙っててくださる⁉︎」
「はは……まぁ、そう考えてしまうのも妥当なんだけれどね……」
隙あらば、口喧嘩を始める二人にジュリアンは苦笑いを浮かべていた。




