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ここ最近、ジゼルは捜査局の事務員ベティ・フレアとよく話すような仲になっていた。
前から捜査局で顔を合わせれば挨拶をし、書類仕事のことで相談することもあったが……あくまでも仕事上の付き合いだった。
それなのに、今ではすっかりお昼を共にする仲にまでなっている。
それはきっと、先日ジゼルが図らずともベティを助けたことがきっかけだろう。
ジゼルが魔法省の廊下を歩いていると、男女の話し声が聞こえてきた。
「――やめてください!」
その言葉に、ふと足を止める。声がしたのは、廊下の奥まったところにある非常階段の方で、ジゼルが近付いていくと、はっきりとした会話が聞こえてきた。
「こんなところに連れてきて……一体何がしたいんですか?」
「だって……何度もデートに誘っているのに、ベティちゃんが応じてくれないから……」
「私が断っているのが、わからないんですか?」
覗き見するのは淑女としてはしたないが……会話の内容から、見過ごすわけにもいかない。
ジゼルがそっと覗き込むと、そこではベティと他局の男性職員が言い争っていた。
「これ以上は、明確な『付きまとい』ですよ」
「どうしてそんな冷たいことを言うんだ? ベティちゃんは僕とすれ違う時、あんなにも素敵な笑顔を向けてくれたのに!」
「し、知りません……私はただ職場内の同僚として、普通に挨拶しただけで……」
「じゃあ、あれは嘘だったの⁉︎ 僕の気持ちを弄んだんだ⁉︎」
逆上した男がベティの腕を掴む。その瞬間、ジゼルは反射的にその場に飛び出した。
「その手を離しなさい!」
仁王立ちして登場したジゼルを、二人は驚いた顔で見つめた。
「なんだ君は! 関係ないだろ!」
すぐに男が勢いを取り戻し、ジゼルに噛み付いてくる。ジゼルは悪女らしい冷ややかな笑みを浮かべて男を見た。
「関係ありますわ。そちらのベティさんは、私と同じ捜査局で働く同僚……それに、嫌がる女性の腕を無理やり掴んでいる男を見かけて、見て見ぬふりをするほど私は薄情ではありませんの」
「た、他人が口を挟むな! これは僕とベティちゃんの問題だ!」
男は顔を真っ赤にしたまま、勢いを崩さない。ジゼルはさらに前に出て、ベティを背に庇うようにして男の前に立ちはだかった。
「貴方のお名前と所属を教えてくださる?」
「な、なんで……」
「それはもちろん、貴方の局長に報告するためですわ。必要なら魔法省の人事部にも。女性職員への付きまといと、本人の意思に反した身体的接触……目撃者は、この私ジゼル・エヴァレットですわ!」
ジゼルの名前を聞いた男は、一気に顔を青くした。まさか、目の前のこの少女があのエヴァレット家のご令嬢だとは思わず、男は一歩後ずさった。
「断られているというのに何度も付きまとい、人気のない場所に連れ込んで腕まで掴むなんて……ずいぶん品のない殿方ですこと! 貴方の今後の処分が、楽しみでなりませんわー!」
ジゼルが愉快そうに高笑いをすると、怖気付いた男は涙目になり、口早に「失礼する!」と叫ぶと走り去っていった。
「まあ。尻尾を巻いて逃げ出すなんて……あの男にはお似合いですわ」
ふんと鼻息を荒くして男の背中を見送っているジゼルの後ろで、ベティが感動した様子で目を輝かせていた。
それからというもの、何かとベティから昼食に誘われるようになり、今ではすっかり二人で過ごすのが日常になっていた。
今日も魔法省の食堂でベティと昼食を共にしていると……
「最近、この組み合わせをよく見かけるわね」
珍しくヴェロニカが現れた。
「あら、貴女が食堂を利用するなんて珍しいですわね」
「まあね。行きつけのお店が定休日だから、仕方なく……」
ヴェロニカは食堂で買ったパンとミルクを手に、自然に二人と同じ席に座った。
ちょうどジゼルは今、ベティの恋愛話を聞いていた。このベティ・フレアという女性は、美しい外見に愛嬌のある笑顔、そして穏やかな性格から、とにかく男性を惹きつけまくる女性なのだ。
(恋愛小説を読むより、ベティさんの経験話の方が面白いですわ……!)
よくも悪くも箱入り令嬢のジゼルにとって、ベティの恋愛話はとても刺激的で興味をそそられるものだった。
「ジゼちゃんは今、恋してないの?」
これまでずっと聞き役だったから、突然ベティに話を振られて、ジゼルは驚いてしまった。
「え……私は……」
ジゼルの恋……それは、たった一人の男性を指す。苦しくて、嫉妬して、泣いてばかりいた恋……
ジゼルが言葉に詰まる様子を、ヴェロニカは静かに見つめていた。
「この子より、私に聞いてくださいよ。私、恋人いるんで」
「そうなの⁉︎」
いつまでも答えられないでいると、ヴェロニカが助け舟を出してくれたように、話を逸らしてくれた。ベティはヴェロニカの恋愛に食いつき、次々と質問している。
そんな中、ジゼルはほっと胸を撫で下ろした。
(急に聞かれると、なんて答えればいいのか分からなくて驚いてしまいましたわ……)
ジゼルは婚約破棄されて以来、顔を合わせることもなくなったアレクシスのことを思い出す。
彼のことを思い出すと、やっぱりまだ胸が痛い。でも……
(……あれ? 私、なんだか殿下のことを懐かしいと思ってる……?)
ジゼルは自分の気持ちの変化に、目をぱちくりとさせながら驚いた。




