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「この学院が悪いんだ……俺は魔法薬研究で優秀な成績を収めていたのに……ただ、学院で飼ってる動物で何回か実験を行っていただけだろう⁉︎ それだけのことで、俺を退学にしやがって……‼︎」
これまでこの学院に向けていた恨みと鬱憤を、犯人は一気に噴き出していった。
「おかげで俺は、どこにも就職できずに売店の売り子なんてやってる……俺の、輝かしいはずの未来が……この学院に潰されたんだ!」
ジゼルは犯人の独白を聞き流しながら、目の前のヴェロニカへアイコンタクトを取る。そして、声を出さずに唇だけ動かした。
『合図、魔法』
ヴェロニカは真剣な面持ちでわずかに頷いてみせた。
「俺の才能を潰した学院の方が間違っている! だからこの学院の生徒たちに被害を出して、学院の評判を落としてやるんだよ……あは、あはははッ‼︎」
「ばっかじゃないですの?」
男の笑い声を掻き消すように、ジゼルは大きな声で言った。
「……は?」
男の歪んだ笑顔が強張る。
「貴方みたいな陰険クズに、間違っても栄誉を与えずにすんで良かったですわ。さすがは、学院の英断ですわね」
「……なんだとッ⁉︎」
男の視線が、ジゼルへ向けられた。その瞳には怒りと殺意が滲んでいる。
ジゼルは心の底で恐怖心を抱きながらも、ヴェロニカへ視線を送った――ジゼルからの、合図だ。
ヴェロニカはすかさず、怒りに任せてこちらへの警戒を解いた男に魔法を放つ。
隙を突かれた男は、なす術なく後ろへと吹き飛び、そのまま強く壁に激突した。そして、頭を打ってしまったのか気を失っていた。
こうして、ジゼルとヴェロニカは互いに協力し、悪足掻きに暴れ回ろうとした犯人を、なんとか確保したのだった。
「あんた、大丈夫なの⁉︎」
「貴女なら、やってくれると思いましたわ」
犯人を縛り上げた後、慌ててジゼルの元へ駆け寄るヴェロニカに、ジゼルは強気な笑顔で笑って見せる。
しかし、その小さな肩は微かに震えていて、シミひとつなかった真っ白な首元には赤い線が細く入っていた。
ジゼルはそのまま教室を出ようとして……
「……待ちなさい」
ヴェロニカが引き留める。ジゼルが振り返ると、彼女はジャケットの内ポケットから、ハンカチと魔法薬の入った小瓶を取り出していた。
「私が調合した治癒魔法薬だけど……効果は折り紙付きよ」
「……ご自身の能力に、よほど自信がありますのね」
ヴェロニカは片眉を上げて、目の前の皮肉屋な『同僚』に笑ってみせた。
「当たり前でしょ。私、学院ではずっと魔法薬研究でいつも優秀成績を納めていたんだから」
ジゼルも笑った。
「だから、こんな程度の低い馬鹿男が、優秀な私を欺くほど高度な偽装魔法術式を使っていたなんて、腑に落ちないのよね」
ヴェロニカは苦い顔をして振り返り、床に横たわる犯人へ目を向けた。
そしてすぐに何かに気付いた表情を浮かべて、ヴェロニカは未だ蹲っていた女生徒へと手を差し伸べた。
「ヴェロニカ先輩、あ、ありが……」
「貴女。ちゃんとお礼を言うのよ」
救われた顔をしていた女生徒に、ヴェロニカはそう言ってジゼルの方へ顎をしゃくった。
「あ、あの……」
女生徒は複雑そうだった。
「ジゼル様。助けてくださって……ありがとうございました……」
その声は小さかったけれど、嘲笑よりは気持ちいいものだ。
「ええ。構いませんことよ!」
ジゼルは嬉しそうな笑顔で、そう答えたのだった。
犯人を連れて魔法省に戻った後、二人は並んで捜査局へ続く廊下を歩いていた。
「……それにしても、信じられないわ。あんた、ずっと王太子妃教育を受けてきたんでしょう? 優秀なんじゃなかったの? どうして、そんなに考えなしなの?」
いつまでもぐちぐちとぼやくヴェロニカに、ジゼルはだんだん腹が立ってくる。
「仕方ないでしょう⁉︎ まさかあの犯人の男が、生徒を人質にしようとするとは思わなかったじゃない! 体が勝手に動いたのよ!」
そう愚痴られたって、終わってしまった事は仕方がない。過去は、変えられないのだから。
「だからって、あっけなくあんたが人質として捕まってどうするっ……はぁ、これはアシュクロフトさんの日ごろの苦労をお察しするわ」
「なんですってぇ⁉︎」
顔を赤くして本気で怒っているジゼルを見て、ヴェロニカは思わず笑ってしまった。
(何だか……今のこの子を、昔と同じだと決めつけていた私が馬鹿らしい……)
先ほどの、無意識に身を挺して女生徒を……それも自分を馬鹿にした女生徒を守ろうとしたジゼルの姿を思い出す。
過去は変わらない。でも、未来は……
目尻に溜まった涙を指先で拭いながら、ヴェロニカは言った。
「局長の言う通り、あんたと私の能力って相性が良いみたい……嫌だけど」
今回の事件の謎、ジゼルとヴェロニカ、どちらが欠けても駄目だった。二人が協力しなければ、解けなかった。
ヴェロニカが足を止める。すると、一歩先に進んだところでジゼルも足を止めて振り返った。
「だから、『捜査官』のあんたのことは認めてあげる。これからは同僚として、よろしく」
そして、差し出した手。ジゼルはヴェロニカの差し出された手を見つめながら、ぽつりと呟くように言った。
「……学生の頃から思っていましたけど……貴女だけですわ。この私に、真正面から堂々と物を言ってくるのは」
ジゼルはヴェロニカの手を掴み、握手した。
ヴェロニカは気の強そうな表情で片眉を上げて、学生時代と変わらない笑顔を浮かべた。
「身分なんて関係ない。私は、私よ!」
ジゼルはヴェロニカの言葉にハッとする。
ジゼルはジゼル。もう王太子妃としての未来がなくたって、この先には、ジゼルだけの人生が広がっている。
ジゼルは笑った。
「……確かに、そうですわね」
再び歩き始めた二人は、魔法省への帰路を進んでいく。
(今日も事件を解決しましたわ! でも……薬剤の偽装に使われていたあの魔法術式……最近どこかで、似た術式を見たような……?)
思い出そうとぼんやりするジゼルに、ヴェロニカが振り返った。
「何、ぼーっとしてんのよ。行くわよ、《《ジゼル》》!」
ジゼルはムッとした顔をして、言い返す。
「《《ヴェロニカ》》! 貴女の歩幅が大きすぎるだけですわー!」
ジゼルは先を行くヴェロニカを追いかけたのだった。




