3-5
捜査局に戻るつもりだったヴェロニカだが、少し考えて、彼女は別の場所へと向かった。
向かった先は、検査室だった。いくつも並ぶ扉の前を進んでいくと、一番奥の部屋だけが使用中になっていた。
扉の小窓から中を覗く。やはり、部屋の中にはジゼルがいた。
ジゼルは例の回復魔法薬の瓶を二つ並べて、黙々とノートに何かを書き込んでいる。
ヴェロニカも冷静になればわかる。あの時、きっとジゼルは女生徒を害そうとしたわけではない。
彼女には、あの女生徒が持っていた魔法薬の何かが見えていたのだ。赤く輝いていたジゼルの瞳を思い出す。
(それなのに私は私情を優先して……捜査官、失格ね)
ヴェロニカは息を吐き、気持ちを切り替えると、ゆっくりと扉を開けて中へ入る。ジゼルが振り返った。
「……さっきは、私が悪かったわ」
「……」
ジゼルは何も答えなかった。だからヴェロニカは言葉を続ける。
「あんたのことは今でも嫌い! でも、あんな酷いこと、言うべきじゃなかった……」
ジゼルは相変わらず黙ったままだったが、そっとヴェロニカに二本の魔法薬を差し出した。
「……私も、貴女が嫌いですわ。でも、捜査官として、ヴェロニカさんのお力を借りたいです」
そう、ここはもう、学院ではない。二人は今、同じ魔法省で働く捜査官なのだ。
ヴェロニカはふっと小さく笑って、差し出された魔法薬を受け取った。
「……何か分かったの?」
「こちらが先ほどの女生徒が持っていたもの。そして、こちらが学院とは関係のない商店で新しく買ってきた同じ商品ですわ」
ジゼルは、今ヴェロニカに手渡した魔法薬瓶をそれぞれ指し示しながら説明する。
「こちらの女生徒が持っていた魔法薬瓶……魔力痕から見て、一度栓が開けられて再び封をしたものだと分かりました」
「え⁉︎」
「ヴェロニカさん。私が買ってきた魔法薬の成分鑑定をお願いしますわ」
ヴェロニカは頷き、ジゼルが購入した魔法薬の成分を鑑定する。すると、被害者の生徒たちが飲んだ魔法薬と、同じ薬剤が使われているように見えたが、配合比率が違った。
「これって……」
「どの薬剤が、何パーセント違いますの⁉︎」
ヴェロニカの鑑定結果を聞きながら、ジゼルが改めて該当薬剤の成分に焦点を当てて解析魔法を使った。
「……これ、同じ薬剤に見せかけて、一部、偽装魔法術式がかけられていますわ」
「なんですって⁉︎」
ヴェロニカもジゼルの隣に座ると、再び成分鑑定の魔法を使い始めた。
「ごく微かな魔力痕があります……別の薬剤を偽装魔法術式で正規薬剤に見せかけているんですわ!」
「ずっと薬剤の配合比率が変だとは思っていたけれど……そういうことね。この回復魔法薬には本来入っていないはずの魔力増幅剤が、偽装されていたんだわ」
ジゼルとヴェロニカは、互いに顔を見合わせた。
「この事件の真相は、違法魔法薬ではなく……」
「正規品を一度開封して、別の薬剤を混ぜた異物混入……」
二人は頷くと、勢いよく立ち上がった。
「学院へ戻るわよ!」
「私もそれ、言おうと思ってましたわ!」
今度はともに、魔法省を飛び出したのだった。
学院に到着すると、ジゼルの解析魔法で魔法薬に微かに残っていた魔力波長を追って、犯人の特定を急いだ。
「……解析魔法にケチつけるわけじゃないけど……最初に魔法薬を見て、偽装魔法術式に気が付かなかったの?」
学院内で犯人の魔力痕探しに必死になっているジゼルに、ヴェロニカは思い切って気になることを尋ねてみた。
するとジゼルはゆっくりとこちらを振り返り、じっとりとした目付きで見つめてくる。
「解析魔法も万能ではありませんのよ。時間が経てば、魔力は霧散して痕跡も見えなくなります。それに……ヴェロニカさんは魔法薬の成分を調べる時、一度調べただけで全ての情報を網羅できますの?」
「え? それは出来ないわね。まずは薬剤を取り出して、その成分と比率をひとつひとつ割り出していかないといけないわ」
ヴェロニカの答えに、ジゼルは満足そうに「でしょう」と、鼻息を荒くした。
「私の解析魔法は、魔法の情報を読むものです。この魔法薬瓶ひとつ取っても、中身の魔法薬だけでなく、外側の瓶にかけられた魔法術式や魔力痕といった情報が無数に見えますわ。だから、絞って見てみないと、案外気付けないものなのです」
ヴェロニカはジゼルの説明を聞きながら、解析魔法の仕組みは、なんだか薬剤の鑑定に少し似ているなと思った。
「だから……きっと、この事件は私一人では解決できなかったものですわ」
ヴェロニカがジゼルを見る。ジゼルは少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、それでいて眉を顰めていた。
「貴女が、魔法薬の異変を特定してくれたから、私も見つけられたのですわ……」
「……やめてよ。あんたがそんなしおらしく他人を認めるなんて……調子狂うじゃない……」
犯人は、学院内の売店の店員だった。
ジゼルが異物混入魔法薬の偽造魔法術式に残された魔力波長を辿り、突き止めたのだ。
「魔法犯罪捜査局です。魔法省までご同行願います」
犯人の男は、ジゼルとヴェロニカの胸元で輝く魔法省の身分章を見て青褪めると、すぐさま背を向けてその場から走り去った。
二人が追いかけたことで、さらにパニックになった男は売店から一番近い教室へと駆け込み、女生徒を人質にしようと飛び掛かった。
「下がりなさい!」
そこに、女生徒を突き飛ばし、犯人へと真っ直ぐに飛び込むジゼル。
その突き飛ばされた女生徒が床へと転がり込む。彼女は先ほどジゼルを嘲笑していた中の一人だった。
「なにしてるの⁉︎」
ヴェロニカがジゼルの突然の行動に驚く間もなく……女生徒の代わりに、ジゼルが人質として犯人に捕らえられてしまった。
「あ、頭で考えるより先に……体が動いてしまいましたわ!」
犯人に、喉元へナイフを突き付けられながら、ジゼルが焦った表情で叫んだ。
ヴェロニカは、ジゼルのあまりにも考えなしっぷりに言葉が出ず、顔色の悪い表情を浮かべていた。
「この女がどうなってもいいのか⁉︎」
そんな中で、犯人は声を震わせながら叫んでいた。




