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ヴェロニカが驚いて振り返ると、不自然に輝くジゼルの赤い瞳に目が留まった。
「貴女! これをどこで……」
「ひっ⁉」
ジゼルが女生徒の手を掴むと、女生徒は怯えた顔で悲鳴を上げた。その瞬間、ヴェロニカはジゼルを強く突き飛ばした。
その姿が、ヴェロニカには学生時代にリリアナをいじめていた頃のジゼルと重なって見えた。突き飛ばしたのは、ほとんど無意識だった。
「あんたって、本当に弱い者いじめが好きよね!」
ぶつかった腹いせに、ジゼルがまた弱い者いじめをしている。ヴェロニカは、そう決めつけていた。
突き飛ばされたジゼルは、再び尻もちをつく。腰を強く打ち、ジゼルは痛みに顔を歪めた。
ジゼルの手から回復魔法薬が床に転がる。
「昔から……リリアナに対してもそう! 権力を振りかざしては、私達を低位貴族だと馬鹿にして……犯罪まがいの嫌がらせまでした性悪女!」
ジゼルが捜査局に来てからというもの、ヴェロニカには、嫌でもジゼルが捜査局のみんなに受け入れられていく姿が目に入っていた。
(どうして……みんな、この女の過去を知らないから笑って話せるんだ……! 何も知らないから! ジゼル・エヴァレットの悪どさを知らないから!)
ここ最近の我慢が、一気に溢れ出す。ヴェロニカはどうにかしてジゼルを傷付けてやりたかった。
「局長の姪だか知らないけど、よくもまあ魔法省に就職できたわよね」
口に出すと、止まらない。ヴェロニカ自身も、今自分が何を口にしているのか、よく分かっていなかった。
「悪女が何、頑張っちゃってんの? 魔法省で真面目に働いたら、昔やったことが、なかったことになるとでも思ってる?」
ヴェロニカはジゼルを見下ろしながら、馬鹿にしたように嘲笑する。
「あんたは王太子殿下との婚約を失った。それで終わりだったじゃない!」
捜査局で平然とした顔で居座り、他の捜査官たちと笑い合うジゼルを見ているだけで、ヴェロニカはずっと怒りが込み上がってきていたのだ。
「なのに何で……何事もなかったみたいに、新しい人生を始めようとしちゃってんのよ!」
ヴェロニカがそこまで一気に叫び、荒い呼吸を繰り返した。ジゼルは尻もちをついたまま俯いて、転がる回復魔法薬の小瓶を拾っていた。
「……なんとか言いなさいよ……」
黙ったままのジゼルに、ヴェロニカが言う。するとジゼルが顔を上げた。
彼女の乱れた紫色の髪の隙間から、真っ赤に輝くジゼルの瞳と目が合い、ヴェロニカは思わず後ずさる。
輝いていたジゼルの瞳が、普通の赤い瞳に戻っていった。
「……だめなの……?」
「なに?」
ヴェロニカは眉を顰めて聞き返す。その時、ジゼルの目に涙が浮かんでいることに気が付いた。
「失敗したら、もう頑張っちゃいけないの⁉︎」
その言葉を聞いて、ヴェロニカの心の奥がズキリと痛む。思わず狼狽えて言葉に詰まってしまった。
ジゼルは涙を拭いながら立ち上がり、拾った回復魔法薬を手に握り締めたまま、この場から走り去ってしまった。
(なんで、あいつが泣くのよ……これまでリリアナが、どれだけ苦しんできたと思って……)
自分が言ったことは間違いじゃない。どんなに今ジゼルが更生しようと、ジゼルは過去に人を傷つけた。
それも、ヴェロニカの大事な親友を。
(簡単に、許せるわけないでしょ……!)
それなのに、なぜ……ヴェロニカの頭の中から、ジゼルの泣いている姿が消えてくれないのだろう……
◆
ヴェロニカが一人で魔法省に戻ると、捜査局の前でディランと鉢合わせた。
「喧嘩したんだって?」
にやにやと意地悪な笑みを浮かべるディランに、ヴェロニカは無言を貫いた。
「あいつ、泣きながら必死に魔法薬の解析してたぜ」
「……あなたには関係ないことです」
ジゼルは先に魔法省に戻っていたのかと考えながら、ヴェロニカは素っ気なく言った。
「関係あるだろ。これが理由であいつが魔法省を辞めたら、あの便利な『解析魔法』は誰が代わりにやってくれるんだよ」
(少し前まで、あの女のこと面倒がっていたくせに……)
ひと月前のディランと比べると、驚くほどの変化だ。ヴェロニカは苛々しながら、ディランの隣を通り過ぎようとした。
「別に……私は正しいことを言ったまでです」
「正しいから、職員室の前でああ言ったのか?」
ヴェロニカは足を止める。すぐ目の前に立つディランを、睨み付けるように見上げた。
「さっきの、見てたんですか?」
少しだけ言い淀んで、けれどヴェロニカは改めて顔を上げると、はっきりとした口調で言った。
「私は、事実を言っただけ」
再び歩き出したヴェロニカを、ディランは目で追った。
「……お前たちの過去に何があったかなんて、微塵も興味ねーけど……」
やがてディランも歩き出し、ヴェロニカの横に並んだ。
「でも、お前は自分が正しいからって、相手が傷つく言葉をわざとぶつけてただろ」
ディランの言葉が、ヴェロニカに突き刺さる。思わず足を止めた彼女に、ディランはすれ違いざま、低い声で言った。
「それって、お前が嫌ってる昔のあいつと、どう違うわけ?」
その言葉を残し、ディランはそのまま去って行ってしまった。
ヴェロニカは足を止めたまま、何も言い返せず……その場に立ち尽くすのだった。




