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3-3

 ジゼルの笑顔を見ると、なぜだかヴェロニカは悔しくなった。


「……そんなこと、言われなくてもわかってるわよ。偉そうに指図しないで!」

「本当に貴女って……少しは素直にできませんの⁉」


 ジゼルが言い返してくる。ヴェロニカの脳裏に、学生時代のジゼルの姿が蘇る。


 傲慢で、高飛車で、公爵令嬢という身分を鼻にかけて……決してこちらには笑顔ひとつ見せなかった悪女ジゼル・エヴァレット。


 その彼女が今、ヴェロニカに笑顔を向けている。もし、学生時代のジゼルがこんなふうに笑ってくれていたら……


「あんたに言われたくない!」


 ヴェロニカは頭の中の考えを振り払うように叫んで、ジゼルに背を向けた。


(何、変なこと考えてるの……あの女が今はどうであれ、私の大事な親友をいじめていた奴に変わりないのに……)


「さっさと行くわよ!」

「分かってますわ!」


 ジゼルとヴェロニカは、事件現場の学院へと向かった。




 学院に到着した。ジゼルが一年ぶりに足を踏み入れたかつての学び舎は、在学時代と何ひとつ変わっていなかった。


(たった一年だもの。変わるわけない……)


 校内の景色も、教師も、そして……ジゼルの悪名高さも。


 悪女として有名だったジゼルは、すれ違う生徒たちからヒソヒソと噂されていた。正直、とても居心地が悪い。


 それに比べてヴェロニカは、たくさんの後輩たちから慕われ、次々と声を掛けられている。


「ヴェロニカ先輩。どうして、あんな悪女と一緒に?」

「仕事なの、仕方ないのよ」

「先輩、可哀そう! あんな非常識な人と仕事なんて……」


 そんな会話も聞こえてくるが、ジゼルは極力聞こえないふりをした。


「それよりも、あの人。本当に魔法省の職員になれたんですか? 犯罪まがいのことをして、王太子様から婚約破棄された罪人なのに!」

「ぷっ。言えてる」


 無視しようとしても、聞こえてくる嘲笑の声。


(……聞こえない、聞こえない……)


「天下の公爵令嬢が、王太子妃になるはずだった方が、今じゃ一介の捜査官だなんて……落ちぶれたわね」

「王太子妃になったリリアナ様とは天と地の差だわ」


(……聞こえないふりにも、限度がありましてよ⁉︎)


 ヴェロニカも後輩たちを諌めなかった。ただ、ちらりとジゼルの様子を窺うと、彼女は眉を顰め、口を固く引き結んで耐えている。


(ふん。今は大人しく我慢してるけど、またすぐに化けの皮が剥がれて騒ぎ出すはずよ)


 人はそう変わらない。ヴェロニカはお喋りの止まらない後輩たちに一言告げてから、職員室へ向かった。


 ◆


 ディランとグレゴリーは、担当事件を簡単に解決してしまい、早めの帰路についていた。


「あっけなかったですね。捜査局に戻りましょう」


 ディランがそう言うと、グレゴリーはクスッと笑った。


「本当にこのまま、捜査局に戻ってもいいのか?」

「え?」


 突然何を言い出すんだといった顔で、ディランがグレゴリーを見る。

 どうやら本人には自覚がないらしい。グレゴリーは苦笑しながら教えてやることにした。


「さっきから、君はずっとそわそわしていて落ち着かない」

「……」


 グレゴリーは続けた。


「新しい相棒のことを気にしているんだろう」

「俺は別に……」

「ベテラン捜査官をなめるんじゃないぞ」


 否定しようとするディランに、グレゴリーは笑顔で言った。ディランは少し考える素振りをして、静かに頷いた。


「……まぁ、気になるのは事実です。でも一つ、訂正させてください」


 やっと素直になったかとグレゴリーが感心していると、ディランはむすっとした表情を浮かべた。


「あいつのヘマのせいで、グレイソンが苦労していないか心配なだけです」


 そう言うと、ディランが魔法省に向かう道のりに背を向けて、どこかへ歩き出した。きっと、ジゼルのところへ向かうのだろう。


「彼女たちの居場所は分かっているのか?」


 グレゴリーがディランの背中にそう尋ねると、彼は振り返って、にやりと笑う。


「この一か月、俺がみっちりしごいてやったんで。あいつなら、絶対に現場にいますよ」


 そう言い残し、今度こそ立ち去るディランの後ろ姿を見つめて、グレゴリーは呆れたように笑った。


「……素直じゃないねぇ……」


 ◆


 ジゼルの悪評を知っている教師たちは、捜査官としてやって来た彼女の姿に、とても驚いているようだった。

 在学中、少なからず学院側にも迷惑をかけた自覚のあるジゼルは、余計な口は挟まず、大人しくヴェロニカの隣に座っていた。


 学院側への聞き取り調査は、ヴェロニカを中心に行われた。


 教師たちは、いつジゼルが癇癪を起こすかとどこかヒヤヒヤした様子で、黙って隣に座るジゼルを気にしていたが、無事に聞き取り調査を終えることができた。


 学院側から得られたのは、すでに分かっている情報ばかりで、新しい手掛かりは特になし。

 ヴェロニカは、地道に生徒へ聞き込みをしようか……と考えながら職員室を出た。ジゼルもその後に続いたところで、廊下を歩いてきた一人の女生徒とぶつかってしまった。


 ジゼルと女生徒は互いに尻もちをつき、ぶつかった拍子に、女生徒が持っていた魔法薬瓶が床に転がった。


「大丈夫? 怪我はない?」


 ヴェロニカがすかさず女生徒に声を掛け、手を差し伸べる。その間にジゼルは自分で立ち上がり、足元に転がっている小瓶に気付いた。


(これは……ヴェロニカさんが調べていた回復魔法薬だわ)


 ジゼルはそれを拾い上げた。


 その女生徒は、とても大人しそうな子で、ビクビクした様子で二人を見つめていた。


「あ、えっと、大丈夫です……私もちゃんと前を見ていなくて……ごめんなさい」

「そう。怪我がなくて良かったわ」


 ヴェロニカは優しく微笑みながら、ペコリと頭を下げる女生徒に頷いてみせた。


「では……失礼します」


 女生徒が立ち去ろうとした時……


「待ちなさい!」


 それを、ジゼルが険しい表情で引き止めた。

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