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【完結】終末ゾンビ世界から100年後の未来へ避難することにしました —防災オタクと半ゾンビの無人島開拓記  作者: ねねこ


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88 回避

 路地裏のひっそりとした看板もない店のシャッターを音を立てないよう注意深く上げた瞬間、中から声が聞こえた。

 カウンターの奥からだ。

「……誰だ」

 警戒する低い声。

 全員が、反射的に構える。

 次の瞬間、カウンターの影から、人が立ち上がった。


 やつれている。

 髭も髭も伸びている。

 半裸の状態でボロボロの男だった。


 だが――目は、死んでいない。


「……ハル?」


 その一言で、空気が止まった。


「……店長」


 ハルが、息を呑む。


「生きて……」

「なんとかな」

「……」

「……お前も無事でよかった」

 男は苦く笑った。

「……ゾンビかと思ったら、顔見知りで助かったわ」

 だが。

 その空気を、切ったのは――高瀬だった。

「動くな」

 バールを構え、低い声で制する。

 店長の動きが止まる。

「……感染の有無、確認する」

「噛まれてない。引っかかれてもいない」

「証明は?」

「ねえよ。ここで全部脱ぐか?」

 高瀬は、一歩も引かない。

「……なら、すぐに信用はしない」

 はっきりと言う。

 空気が張りつめたその時。

「高瀬さん」

 迦楼羅が口を開いた。

「この人、使えるわよ」

「……理由は」

「半年近く籠城して生き延びてる時点で、状況判断できる人間。ねえ、店長さん、この半年どうやって生きて来たの?」

「騒ぎの時、すぐシャッターを閉めて籠城した。ここは見ての通りミリタリーの店だ。サバイバル用品は食いもん含めてたくさんある。店のものを使ってどうにか生き延びて来たんだよ。ここは看板も出てない路地裏だからな。生存者の強盗たちも来なかった。さすがに最近暑くなってきてヤバいがな。だから服は着てられない」

 店の床を見れば、ミリメシやペットボトルが転がっている。

「なるほど、それは生き延びるための武器を持ってたってことね」

「そろそろ限界ではあるけどな」

「ねえハル」

「はい」

「店長さんは信用できる?」

「かるさんくらい信用できる人です」

「それならハルの目利きを信用するわ。ねえ店長さん。この店のもの買わせてくれない?」

「は?」

「アタシたち、拠点を守るための武器が欲しいの。この店ならスリングショットがあるってハルに聞いたから買いに来たのよ」

「買うって……今のこの状況で金なんて役に立たねえぞ」

「それでもお金を払うのがうちのリーダーのポリシーなのよ。そうね、それなら店長さんも一緒に来て、武器を使い方を指導してくれるっていうのはどう?」

「……なんだと?」

「ここにいてもじり貧でしょ?なら、アタシたちの拠点に来ない?もちろん仕事はしてもらうわ。武器のレクチャーと防衛仕事。どう?寝床と食事は用意できる」

「待て。それはリスクもある」

 高瀬が迦楼羅の提案に異を唱える。

「感染リスク。不確定要素。集団への影響」

 一つずつ並べる。

 理屈としては、正しい。

「連れて帰る理由がない」

 その一言。

 だが。

 迦楼羅は、そこで止まらない。

「じゃあさ」

 一歩、前に出る。

「新宿であんたたちを拾った私たちは?」

 空気が変わる。

 誰も、動かない。

「新顔は入れないってルール、あんたが先に破ったんじゃないの?」

 逃げ場を潰す言葉。

 高瀬は、黙る。

「違う?」

 返事はない。

 だが、それが答えだった。

 迦楼羅は続ける。

「だったら、同じ条件で見なさいよ」

「……同じではない」

 ようやく返ってきた声。

 低く、押さえた声。

「人数。状況。タイミング。全部違う」

「でも例外を認めたのは事実でしょ。そしてアタシたちはそれを受け入れた」

 間髪入れずに返す。

 高瀬は、何も言わない。

 その沈黙の中で、ハルが妥協案を出す。

「条件付きで受け入れましょう」

 全員の視線がハルに向く。

「隔離期間を設ける。最低三日」

 そうすることで感染していないという証明をする。

「食事は別。接触も制限。店長との接触は俺だけにします」

「ハル……」

「その間に、体調変化がないか確認」

 一つずつ、提示する。

「それをクリアしたら、正式に俺たちに合流してもらう」

 高瀬を見る。

「これなら、結花さんの決めたルールは破っていない」

 少しの沈黙。

 そして。

「……ああ」

 高瀬は短く頷いた。

「それなら問題ない」

 線は、守られた。

 完全な例外ではない。

 条件付きの受け入れという形に落とし込んだ。

 迦楼羅が、小さく息を吐く。

「決まりね」

 店長は、しばらく黙っていたが。

「……いいのか?」

 ぽつりと呟いた。

「こんな状況のやつ、拾って」

「戦力になるなら歓迎するわ」

 迦楼羅は答える。

「ならないなら――その時リーダーも含めて考えればいい」

 店長は、苦く笑った。

「はっきりしてんな」

「必要なことよ」

「……分かった」

 頷く。

「乗るよ、その条件」

 それで、決まった。

「……準備しろ」

 高瀬が言う。

「ここも、長くは持たない」

「ハル、何がいる?全部持っていっても構わないぞ」

「スリングショットが欲しいです。あれなら武器に慣れてない初心者でも使いやすい。あとは店長お勧めのものをください」

「分かった。詰める」

 大きめのスーツケースを出してきて、そこに店内にあったスリングショットをはじめとする武器、残っていた消耗品などを詰めていく。それからヘルメットとゴーグルを被り、暑いが肌を出さないようにミリタリーのツナギにジャケットを羽織る。

「さすがに暑いな」

「でもゾンビがいる中を走るんだからそれが正解ですよ」

 店長は、最後にスコップを持ち、一度だけ店内を見回した。

 そして。

「世話になったな」

 小さく呟いて、今まで自分を守ってくれていた場所に背を向けた。



 表に出て、路地裏で荷物を積んでいると騒がしい声が聞こえて来た。

「あそこだ!」

 こちらに向かって数人の男が駆けてくる。

 大声を出すな、ゾンビが来るだろう、と窘めたかったが向こうはそれどころではないらしい。

「おまえら!俺らの食料盗みやがったな!」

 あの倉庫の食料を見つけた男たちだった。

「盗む?何言ってんだ、これはあそこで買ったんだ。金も置いてあっただろう?それにまだ残っていたはずだ」

 高瀬が言い返すが、向こうはそんなことは聞いていない。

「何で車まで持ってんだよ!今動く車なんてねえぞ!」

「あいにく見ての通りあるんだよ」

「それ寄こせ!車ごと!」

「それは脅しか?なら、相応のことは覚悟しろよ、ガキども。せっかく生き延びた運を無駄にするな」

 高瀬の諭すような言葉に一瞬ひるむが、目の前の物資を諦められはしないようだった。

「おっさん、たった5人で俺たち8人を相手にするつもりか?」

「むしろたった8人で俺たちに勝てると思ってるのか?」

 高瀬の言葉に一瞬だけその場の空気が止まった。

 男たちの足が、わずかに鈍る。

 ――だが。

「……はったりだろ」

 後ろの一人が吐き捨てる。

「どう見ても一般人じゃねえか」

 その一言で、空気がまた動く。

 欲と焦りが、理性を押し流す。

「荷物置いてけ」

 一歩、前に出る。

「車もだ」

 その瞬間。


 ――カチャ。


 小さな音。


 全員の視線が動く。


 ハルが、スリングショットを構えていた。

 弾はツバサが持たせてくれた少し大きめの鉄球だ。

 狙いは――顔。

「次、一歩でも動いたら撃つ」

「……それ、ただのおもちゃだろ」

 男の一人が嗤う。

 次の瞬間。


 ――パシン。


 乾いた音。

「っ……!」

 親指より一回り大きな鉄球が、男の額を正確に撃った。

 地面に転がる鉄球を男たちは呆然と見る。

 血が滲み、痛みが広がる。

「……おもちゃだけど武器なんだよ。街に出るなら、飛び道具くらい持っておいたほうがいいぞ、おまえらも」

 ハルが静かに言う。

 今度は、誰も笑わない。

 その隙を逃さず高瀬が一歩前に出た。

 バールを肩に担いだまま距離を詰める。

 逃げ場を削るように。

「……もう一度言う」

 低い声。

「引け」

 それだけ。

 だが。

 その一言に、経験が乗っている。

 場数の差。

 死線を越えてきた人間の声。

 男たちの足が、さらに止まる。

 誰も、前に出ない。

 出られない。


「……くそ」


 リーダー格の男が舌打ちする。

 だが、視線は逸らさない。

 逸らせない。


「……行くぞ。まだあそこに残ってた食料の確保が優先だ」


 それで、決まった。

 一人、また一人と、後ずさる。

 最後に。


「……次、見つけたら終わりだからな」


 捨て台詞。


「その時は、ちゃんと覚悟決めて来い」


 高瀬は即座に返す。

 挑発ではない。

 事実だけ。

 男たちは、それ以上何も言わず、去っていった。

 足音が遠ざかる。

 完全に気配が消えるまで。

 誰も、動かない。

 ――やがて。

「……よし」

 高瀬が短く言う。

「もう大丈夫だ。道で待ち伏せとかする度胸はあのガキどもにはない。荷物を締めよう」

 一気に緊張が解ける。

 だが、動きは速い。

 無駄がない。

 全員が、一斉に荷台へ向かう。

「……すごいな」

 店長がぽつりと呟く。

「今の、戦わずに勝ってるだろ」

「勝ってない」

 高瀬が即答する。

「回避しただけだ」

 その言葉に、店長は一瞬黙る。

 そして。

「……それができるのが一番すげえよ」

 小さく笑った。

 荷物を積み終える。

 これでおそらくもうこの街に来ることはない。

「出るぞ」

 誰も異論はない。

 軽トラは、すぐに路地を離れる。

 今度は、振り返る余裕もない。

 背中に感じるのは。

 ゾンビではなく――人間の気配。


 それが、さっきよりもずっと厄介だと。

 全員が、分かっていた。

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