82 家ができました
中里家の前に立った瞬間、思わず足を止めた。
「……すごい」
思わず漏れた声に、大工組が振り返って笑う。
「だろ? 急ごしらえだけどな」
市庁舎の近くの空き家を直して、手書きの中里家の表札をつけた家がそこにあった。
元々の敷地よりも減築していたが、家族が暮らす場所としては問題ない間取りと広さだ。
壁が抜けていた場所は、きちんと塞がれていて、穴が開いていた建具もどこかの空き家から持ってきたものと交換していた。
屋根も軽く傾斜をつけて補強されていて、風を受け流す形になっている。
向こうから持ってきた外壁塗料で淡いアイボリーに塗られた壁は夏の日差しを弾いている。
「小さくなったな」
隣に立ったツバサくんが、ぽつりと呟いた。
「減築したからな。水回りとリビングと寝室さえありゃいい。縁側だけは残した。風避けのためにな」
「親方がそう判断したならそれでいいと思います」
広さは元の家の半分くらい。
使わない部分を思い切って切り離して、生活に必要な最低限だけを残した形だ。
「あちこちの家を使わせてもらったが、その分しっかりしたもんができた」
壁も、柱も、全部。
長く住むためじゃない。
今を生き延びるための家なんだ。
そういう作りになっている。
中里家の横を回り込んだところで、ふと足が止まった。
「……あれ?」
庭の一角に、小さな木の建物が建っている。
ログハウス――というには少し小さい。
子どもが何人か入れば、いっぱいになるくらいの大きさだ。
「それは、子供たちの遊び場用のミニログハウスだ」
英二さんがポンポンと壁を叩く。
木を組み合わせた、まるでミニチュアのような小さな家がそこにあった。
「ミニログハウス?」
英二さんが少し照れくさそうに頭をかいた。
「母屋削った分、スペース余っただろ。子どもたちの遊び場になるようなスペースが家の中にはないから作ったんだ。向こうにも子どもが何人かいるんだろ?そのうちその子たちにも使ってもらえたらいいなと思ってね」
「うわ、こういうのいいな!子どもの頃憧れてた秘密基地みてえ!」
ハルくんの瞳がキラキラ輝いていた。ツバサくんもだ。
よく見ればシゲトさんも迦楼羅もウキウキした視線を向けている。遠藤先生まで……。
まあ男の子って何歳になってもこういうのが好きよね。
「入ってみていいですか?」
ツバサくんの目が、はっきりと輝いていた。
「もちろん」
ドアを開けると、6畳ほどの狭い部屋が広がっていた。
天井がないので圧迫感はない。
部屋の真ん中に低めのテーブルが据えてある。
「うわぁ……すげえ……」
「子どもの頃、こういうの憧れたよなあ」
「今でもいいなって思います!」
「子どもたち見たら喜びます、きっと」
「ボードゲームとかやりやすいように広めの卓もあるし、これはいいログハウスですね!」
「じゃあ早速あの子たち連れてくる?」
桃ちゃんがそういうので、千里が子どもたちを市庁舎に呼びに行き、四人ともダッシュでやってきた。
「うわぁ……!すごい!かっこいいおうちがある!」
「パパ、ここ、僕たちが使っていいの?」
当麻くんの問いかけに、英二さんが当麻くんと舞ちゃんの頭を撫でる。
「ああ、みんなで仲良く遊ぶための場所だからな」
「やったー!ユウキくん、入ろ!」
「うん!」
ユウキの手を引いて、当麻くん、麻衣ちゃん彩羽ちゃんがログハウスへ入っていく。
「何もないねえ」
「ゲームと絵本持ってこようよ」
「そうだね!」
思わず笑ってしまう。
みんな本当に可愛いなぁ。
中は簡単な造りだ。
床と壁、それから小さな窓とテーブルと本棚。
でも、だからこそ余計なものがなくて、ちょうどいい。
遊ぶ場所であり、隠れる場所であり、逃げ込める場所。
子どもたちにとっては、きっとそれだけで十分だ。
「母屋は生活する場所。こっちは……」
「子どもたちの場所、ですね」
ハルくんが少しだけ笑う。
ログハウスから子どもたちの声が広がる。
あんな声、久しぶりに聞いた気がする。
……このまま、何も起きなければいいのに。
ふと、そんなことを思ってしまう。
さあ、次はハルくんたちの家だ。
中里家の隣の家を直して、寝室のためのプライベートルームが4つだけの家だ。
「中、入ってみたら?」
声をかけると、四人が顔を見合わせる。
「……いいんですか?」
「もちろん。もう住める状態だから」
靴のまま上がれるように簡単に整えた床に、ツバサくんがそっと足を乗せる。
「……この家、あったかい」
ぽつりと零れたその言葉に、少しだけ胸が詰まった。
中は本当に最低限だ。
寝る場所と、荷物を置く場所。
簡単な棚と、風を防ぐ壁。
エアコンも何もない。快適とはいいがたい。
でも、だからこそ。
「ここ、俺たちの場所なんだな」
シゲトさんがそう言った。
その言葉に、全員が静かに頷く。
「結花さん、他にやることありますか?」
ハルくんが、いつもの調子で聞いてくる。
「今日は荷物と家具の移動かな。それと……」
一瞬だけ、言葉を切る。
視線が、遠くのホテルの方へ向いた。
「……新しく来た人たちのことも、気にしておかないとね」
風が一つ、通り抜けた。
島は穏やかで、静かで。
だからこそ――少しだけ、不安になる。
それから市庁舎から荷物を移し、迦楼羅と桃ちゃんがひょいひょいと重いものを運んでくれたので引っ越しは早めに終わった。
「次は、遠藤先生と田所先生と美奈子ちゃんとすみれちゃんの住まいのこと考えないとね」
「俺たちの家の裏に鉄筋コンクリートの家がある。あそこなら大きく直さなくても行けると思うんだが」
「じゃあ明日にでも俺、あの家の水道のパッキン見ときます」
とシゲトさん。
「よろしくね」
「はい」
さて、そろそろ夕飯の準備、だけど、ぶっちゃけだいぶ主食の備蓄がやばい。
「結花」
「ん?」
「今日の夕飯は雑炊にして量を増やす作戦にしましょう」
「あ、なるほど。それあり。魚で出汁を取って、卵入れて、あるだけ野菜いれよう」
「なら、みんなでやらないと間に合わないわね。みんな!夕飯、市庁舎の前の竈で作るから、あちこちから鍋持ってきて!」
「了解っす」
市庁舎の前の竈は使えるようにしてあった。何度か試して問題なく使える状態だと分かったので、煮炊きは基本的にここですることにしたのだ。
薪に関しては、薪ストーブのあった家に薪小屋があり、からっからに乾いて風化しそうな薪がぎっしりあったので使わせてもらってる。これから使う薪はこれからみんなで作る予定だ。
薪小屋はこの市庁舎の前に作ってもらうつもりで、大工組にお願いしている。急ぎではないけど、必ず必要なものだ。
それから少し米は少なめかもしれないけど、魚と野菜と卵を使って、今精いっぱいの雑炊を鍋いっぱいに作り、ハルくんとツバサくんにお願いして、リヤカーでホテルに持って行ってもらった。美味しく食べてもらえたらいいな……。




