閑話休題 ―新住人達
――その頃。
ホテルのロビーには避難してきた新宿からの避難者たちが集まっていた。
一度ゆっくり休むことができたおかげで、外を見る余裕ができて、海を見て驚いたのだ。
「ここ、どこだ……?」
朝ごはんにともらったおにぎりはどうにかすきっ腹を満たしてくれて、動く気力がわいたのだ。
「神集島って書いてあるぜ?」
ロビーにある島の観光マップの壁画の前に人が集まる。
「おい、神集島って伊豆諸島だぜ。俺、ダイビング行ったことある」
「伊豆諸島って……俺たち、船にも飛行機にも乗ってないだろ」
「マジで何がどうなってんだ?」
そこにリヤカーを引っ張った高瀬とタツヤが戻ってきた。
「あ、高瀬さん!」
「なあ高瀬さん、ここどこだ?どんな避難所なんだ?」
「向こうのリーダーと話してきたんだろ?」
高瀬はリヤカーを下ろすとロビーを見回す。
「……今から説明する。ロビーに下りてこられる人間を連れてきてくれ」
その一言で、何人かが上に向かう。
そして揃ったのは、ロビーに高瀬とタツヤを含めて18人だった。
「他は?」
「子どもたちはまだ休んでる。その親たちもだ。あと高齢者はまだ動かせない」
「……分かった。じゃあ、とりあえずここにいるメンバーだけでいい。話を始めよう」
ロビーの真ん中に座り込んだ高瀬とタツヤを囲むように集まった避難者も座る。
「まず、この場所だが……伊豆諸島の神集島だ。そこの壁面の観光案内にある通りだ」
「は?」
「伊豆諸島?」
「俺たち船にも飛行機にも乗ってねえぞ?」
「……ここ、神集島で間違いないです」
硬い声で発言したのは若い女性だった。
「戸塚といいます。娘は夫と一緒に部屋にいます」
「戸塚さん、どうしてここが神集島だと?」
「私、この島の出身なんです。だからホテル見てびっくりしました。ここまだ普通に営業中のはずなのに、なんで、廃墟みたいになってるんだろうって……。だから、高瀬さんの話を聞けば何か分かるかもって思って降りてきました」
「それについてだが、ここは100年後くらいの島らしい」
「は?」
「何のSFだよ」
「事実だ。証拠も見せてもらった。ここの先住人の避難者たちは、ここで生活を立て直すために避難してきたらしい」
シン、と静まり返ったホテルのロビー。
高瀬が続けて結花との話し合いの内容を告げる。
「とりあえず、先住の避難者たちとの接触は禁止だと言われた」
「どういうことだ?」
「泊まる場所はこのホテルを使っていいと言われた。この島にゾンビはいないそうだ。それだけでも安全度は全然違う。それから武器の個人所持は禁止。必要なら貸与と言う形になるそうだ。もし武器を持っているものがいるのなら出してくれ。向こうに預ける」
「本気か?まだ味方かどうかも分からないのに!」
「敵がこうやって物資をくれたり避難させてくれたりするか?俺たちはあの奪い合いの地獄の新宿を見て来ただろう?」
「……」
「それから、ここには病院もないから、健康に関しては自主管理が基本だ。特に衛生管理はきちんと、ということでこの物資をくれた」
と高瀬がリヤカーの上に積んでいた段ボールを下ろす。
「それは俺も賛成だ。衛生管理は健康状態に直結する。風呂に関しては向こうの住人と時間帯で区切っての使用。トイレはホテルの中庭に三か所設置してくれたそうだ。水は、赤いテープが貼ってある蛇口は使用禁止。それ以外は使っても大丈夫だそうだ」
「水が使えるのはありがたいな」
「それからこのホテルから見える畑には近づかないようにしてくれ。向こうの管理のものだ。食事に関しては向こうが用意してくれるが、俺たちが増えた分、備蓄の減りは相当早くなる。だから食事があるだけでありがたいと思ってくれ」
「そりゃ……まあ」
「それから向こうのリーダーからの指示だ。みんな、これに自分の情報を書いてほしい」
高瀬が差し出したのは、新宿の拠点で全員に書いてもらった名簿ノートだった。
「自分の名前のところに追加で書いてくれ」
「情報?」
「ああ。自分に何ができるか。職業とか特技だな」
「……そんなの書いてどうすんだよ」
低い声が混じった。
視線がそちらに集まる。
「管理するためだろ」
「誰が使えるか、誰が使えないか」
腕を組んだ男が、あからさまに不満そうに言う。
「悪いけどさ、そういうの、もういいんだよ」
「新宿で散々やったろ。役割だの分担だの言って、結局押し付け合いになっただけだ」
空気が、わずかに張る。
「……それでも必要だ」
高瀬は即座に返した。
「ここで暮らすならな」
「またそれかよ。ここで暮らすならって」
「他に選択肢あるみたいに言うなよ」
男が吐き捨てる。
「ねえだろ。だから従えって話だろ?」
「そうだ」
高瀬は否定しなかった。
「ここ以外に行くところがあると言うなら、俺は止めない。向こうに返すことも可能なようだしな」
「それ、ただの脅迫じゃねえか!」
「違う、選択肢だ。ここで暮らすなら自分にできることで働く。当たり前のことだろう?」
誰もすぐには口を開かなかった。
だが。
「……俺は書く。ノート貸してくれ、高瀬さん」
ぽつりと、誰かが言った。
「ここまで来て、またあの地獄に戻るのはごめんだ」
「そうだな。向こうで生き延びるのは無理だ」
「俺も書く。貸してくれ」
それをきっかけに、何人かがノートを手に取った。
ペンが走る音が続いていく。
さっきの男は舌打ちを一つして、顔を逸らす。
だが、席を立つことはしなかった。




