78 三往復目の完了
軽トラが、ゆっくりと動き出す。
荷台は、ぎりぎりだった。
人と、物資と、そして――張り詰めた空気。
「……全員、座って。絶対に立たないでください。手に持ってるもので警戒を怠らないで」
ハルが緊張した声で指示を出す。
その声は、今までで一番硬かった。
誰も返事はしない。
だが、誰一人として武器を離そうとはしない。それがまるで自分を守る全てとでも言うように。
「行くわよ」
迦楼羅がアクセルを踏む。
昼の光の中へ、軽トラが出る。
熱気。
じりじりと焼くような日差し。
認めたくないが、もうすっかり夏だ。
「……動き、速いっすね」
ハルが目を細める。
「気温が上がってるせいかもね」
ゾンビの動きが、朝よりも明らかに鋭い。
鈍さが、ない。
「最短で抜けるわよ。寄り道なし」
「了解」
最初の交差点。
「……右から来る!」
ハルの声。
横道から、三体。
ほぼ走るような速度で飛び出してくる。
「っ!」
ハンドルを切る。
ギリギリで回避。
――ドンッ
一体が荷台の後方にぶつかる。
「きゃあっ!」
「掴まって!!落ちないように!!」
ハルが叫ぶ。
振り返らない。
絶対に、振り返らない。
「数、増えてる……!」
「分かってる!」
音に引かれている個体がこちらを向く。
軽トラのエンジン音。
荷台の声、タイヤの音。
全部が彼らにとっては“餌”だ。
「このままだと――」
「押し切る!」
迦楼羅が言い切る。
大通りに出た瞬間。
「……うそでしょ」
道の先。
――群れがあった。
十や二十じゃない。
もっといる。
隙間を探すことも難しいくらいだ。
「……かるさん」
「分かってる」
止まれない。
バックも無理。
逃げ場は、ない。まっすぐに行くしかない道だ。
「ハル」
「はい」
「前、無理やり開けるわよ。構えて。攻撃用意」
「了解」
ハルが窓から身を乗り出す。
――パシュッ!
一発。
――パシュッ!
二発。
顔面、肩、足。
狙いは正確。
だが、固まっている数が多すぎる。
「止まらないでください!!」
「止まる気ないわよ!」
アクセルを踏み込む。
――ドンッ
――ガンッ
――ゴンッ
ぶつかる。
弾く。
乗り上げる。
それでも――アクセルを踏んで進む。
荷台からは悲鳴。
それでもここを突っ切るまでは無茶をするしかない。
「……っ!!」
ハンドルが取られる。
「全員、踏ん張りなさいよ……!!」
迦楼羅が歯を食いしばる。
全員、ただ必死に耐えている。
「あとどれくらい!?」
「5分!!」
「ギリギリね……!」
そのとき。
「……後ろ!」
ハルが叫ぶ。
ミラー越し。
追ってきている。
さっき轢いた連中が、まだ立ち上がっている。
頭を潰し損ねたのか。
「しつこいわね……!」
「かるさん、このままだと――」
「分かってる!!」
視界の先に鳥居が見えて来た。
だが。
「……囲まれてる」
鳥居の周りにゾンビがいる。
まるでここが入口だと分かっているかのように群がっている。
初期より確実にゾンビは増えてきている。
「タイミング合わせる余裕ないわね」
「突っ込みますか」
「突っ込む」
時計を見る。
――まだ数十秒早い。
「……賭けるわよ」
「はい」
軽トラが加速する。
ゾンビがエンジン音に気づき、群れが大きく動く。
「今来い……!」
迦楼羅が呟く。
青白い光。
――まだ。
「……まだ!!」
距離が詰まる。
いったん止まらないとタイミングが合わない。
軽トラを停める。
そこに手が伸びる。
荷台にいた避難者が手に持っていた武器で縋りつこうとするゾンビを殴り飛ばす。
「ありがとう!そのままゾンビをこの軽トラに近寄らせないようにしてちょうだい!!あと10秒でいい!!」
時計を見る。
「今よ!!」
アクセル全開。
――ドンッ!!
――ガンッ!!
何体も弾き飛ばしながら。
青白い光の中へ。
重力が、一瞬だけ消えるような感覚。
そして次の瞬間。
タイヤが――島の地面を掴む。
潮の匂い。
風。
夕暮れの静けさ。
「……戻った」
ハルが小さく呟く。
その瞬間。
荷台から、嗚咽が漏れた。
押し殺していた感情が、溢れる。
「皆さん、着きました。順番に下りてください。あと、その武器はこちらで全部預かります。ここにはゾンビはいませんから。荷台に置いて下りてください」
ハルの言葉に、全員手に持っていたものを荷台に置いて軽トラを降りる。
迎えに来た結花たちに全員を託し、買い物の荷物も下ろしてもらい、ラストの4回目に備える。
「……三往復目、完了」
「かるさん、お疲れさまでした」
「アンタもね。ハルがいてくれて助かったわ」
「はい!」
「あと一回付き合ってね」
「はい、行きます」
次のゲートの時間まで少しだけ休むことにして、迦楼羅は結花に報告のために市庁舎へ戻った。
「お疲れ様」
三回目を終えて、予定外の4回目に行くことになった迦楼羅とハルくんに私ができるのは休む時間と場所の確保と食事の用意くらいだ。
「ええ、真夏の新宿は本当にきついわね……」
「だよね……。普通でもきついのにゾンビが腐った臭いとか蔓延してると思ったら、衛生環境最悪でしょ……」
「ええ。普段、どれほど清潔な場所に住んでいたのか思い知らされるわね……」
「うん、だから衛生用品買ってきてくれたのは本当に助かるよ。人数も増えたし、病院がない以上、衛生管理が健康維持のためには手を抜けないところだったからね」
「途中のドラストもまた覗けそうなら見てみるわ」
「うん、お願い。高齢者も増えたし、サプリメントとかあったら助かる」
「了解」
迦楼羅は私が欲しいものを分かってくれているのが本当に助かる。
人数が一気に増えた以上、物資の管理ももっと考えないとな……。
まずは全員が寝泊まりできて、交流が今はできないように……。
ああ、難しい……でも考えなきゃ。
4回目の出発を見送り、私は一緒に見送りに来ていたツバサくんを振り返る。
「ねえ、ツバサくん、新しい人たちはどう?」
「とりあえず全員簡単な食事をしてもらって、ホテルの部屋で休んでもらってます。4回目であと5人でしたよね?その人たちが来たらすぐ休めるようにして、明日、全員にお風呂に入ってもらうための準備はできてます。風呂は4つもあれば足りるだろうってことで、漁業からいけすを運んできてセットしてもらいました」
「ありがとう、完璧だわ」
「これくらい何てことないです。結花さんが一番大変ですから」
「……そうかな?私、ちゃんとやれてる?」
「不安ですか?」
「少しね。これだけ人数が増えて、ちゃんと秩序が保てるかなって」
「……」
「私ね、昔、秩序のない避難所にいたことがあるの。思い出したくもない場所。ここをあんな風にはしたくない、ただその一心なのよ」
あんな場所は地獄でしかない。
ここをあんな風にはしたくない。ここに来てくれた人たちを皆ちゃんと守る、までは言えないけど、誰かが横暴なことをしないようにする。それが秩序だ。
「だから……やるしかない。ツバサくん、手伝ってね」
「はい。俺らでできることは全力でやります。結花さんは命の恩人だから」
「大げさよ」
「大げさじゃないです。あの店の中で死ぬのを待つだけだった俺たち全員をここに入れてくれたのは結花さんです。だから俺たちいまみんな生きてられるんですよ」
うう……そんなストレートに言われると嬉しいけどなんかむず痒い……。
「じゃあ、頑張るしかないね。ツバサくん、追加で来る5人分のホテルの部屋の手配お願いします。私は桃ちゃんたちと相談して、明日のみんなのごはん決めてくる」
「はい。あ、そうだ。ナオトさんと親方が魚釣ってきてますよ」
「え?ほんと?やった、助かる」
「この島、肉はないですからね。あ、でもシマヘビなら見たな」
「ヘ、ヘビ!?」
「ええ。シマヘビはうまいですよ」
「ツバサくん食べたことあるの?」
「自衛隊時代に訓練で。寄生虫が怖いからしっかり加熱は必要ですけど、割と美味しいですよ。唐揚げとか」
「へえ……。唐揚げいいね」
蛇肉だと思わなければ……いける?
「そうだ、加熱と言えば、そろそろカセットボンベの在庫が少ないのよ。かまどでも作ろうかと思うんだけどどう?」
「かまどならあるじゃないですか」
「え?」
「ほら、そこのベンチ」
とツバサくんが市庁舎の前にいくつかあるベンチを指さす。
「あれ、災害用のベンチかまどですよ、全部」
「聞いたことある……。使ったことはないけど」
そういえば、会社でイベントの手伝いした時に使ってるの見たことあるわ……。
「使えるかどうかは試してみる必要はありますが、薪さえ作れば使えるはずです」
「なら薪小屋も必要だね」
「はい」
「まだまだ足りないものだらけだなぁ」
「一つずつ作っていきましょう」
「だね」
この島に来た人たちに秩序のある暴力や横暴さのない生活を送ってもらう。
それが私の願いなんだ。




