77 三往復目でしっかりお買い物もします
太陽は、すでに高い。
もう真夏に近い日差しは世界がこんなことになっても平等だ。
荒廃した世界に容赦なく注ぐ熱はこれからもっと強くなっていうのだろう。
「……一番やりたくない時間帯ね」
「暑くなってきましたしね」
「ハル、エアコン使えなくてごめんね」
「いえ、ガソリンもったいないですし、窓開けてりゃそれなりに涼しいですから大丈夫っすよ」
それに、とハルが続ける。
「ゾンビの動きも窓開けてるほうが見えやすいです」
ハルがスリングショットを握り直す。
「あと、人もね」
「……そうね」
朝に見た“動いた車”。
あれが意味するもの、予想できるものは。
――あの街にいる他の生存者。
それも、あまり穏やかじゃないタイプだろう。
「ルートは朝と同じでいく」
「了解」
軽トラが進む。
だが――
「……やっぱりいるな」
ハルが呟く。
遠くビルの影。
一瞬、人影が動いた。
ゾンビじゃない、俊敏な動きだった。
「見えました?」
「ええ」
「どうします?」
「無視。関わらない」
即断。
この判断の速さが、今の二人の強さだった。
何度目かの路地を抜けて、雑居ビルへたどり着く。
「行くわよ」
コン、コン、コン。
一拍。
コン、コン。
中への合図が中へ届く。
「――来たか!」
高瀬の声。
シャッターが開き、バリケードが寄せられる。
だが。
中の空気は、朝より重かった。
「……減ってないな」
ハルが小さく言う。
「当たり前でしょ」
迦楼羅が前に出る。
「準備は?」
「できてる」
高瀬の顔は、硬い。
「順番も守らせてる」
「そう。それからそっちの三人だけど」
その一言で、新顔の三人がびくりとする。
(……我慢してるわね)
悪くない。
最低限の理性はある。
「うちのリーダーが受け入れは可能だと判断したわ。だから連れていく。でも最後よ」
「最後……?」
「ええ。まずは予定通り、元々ここにいた人たちが優先。アンタたちを含めた最終便は今夜9時前の迎えになるわ」
「もっと早く来ることは……」
「無理よ。こっちにも事情があるの」
パン、と手を叩く。
「動ける人間、全員準備してちょうだい」
ざわ、と空気が動く。
だが。
すぐには動かない。
“誰が残るか”が、分かっているからだ。
「みんな、準備をしろ。残るのは俺とタツヤ、それからそっちの新顔3人だ。他は全員乗れ」
「高瀬さん……」
「俺はここのリーダーだ。だから最後まで残る義務がある。これは決定事項だ」
高瀬の言葉で動きが始まる。
とは言っても、大して持っていくものがあるわけではない。すぐに準備はできる。
だが、夕方までゲートが開かないことを思うと、すぐに出発も現実的ではない。
「高瀬さん」
「なんだ?」
「この辺りで食料品とか衛生用品じゃなくていいんだけど、まだ回収できる物資ってあるかしら」
「物資?」
「ええ。アタシたちの拠点に人が増えたわ。つまり必要なものが増えたの。何でもいいから持って帰りたいのよ」
そのために結花にお願いして、予算は持ってきてある。
「……なら、表の通りの映画館が入っているビル。あそこなら、服屋や雑貨を売ってる店も多い。食料品とかじゃないなら残ってるかもしれない」
「分かった。じゃあ調達に行ってくるわ」
「そんなあっさりと。危険だぞ」
「アタシ、これでもかなり強いわよ。それに頼りになる護衛もいるしね」
ハルに目を向けると、任せてくださいとばかりに胸を張る。
「4時くらいまでには戻るわ。それまでにここで持っていけるものがあるなら用意しておいて」
「分かった」
そのままハルと外に出て、軽トラに乗り込み、路地を出る。
日差しが強い通りに出ると、放置自動車の間を縫って、映画館の場所を目指す。
「あそこね」
大きなビルは最上階が映画館で、1階から8階までは様々な店の入ったビルだった。
正面入り口のガラス戸は割れていて侵入は可能だ。
昼間だから暗くはないが、それでも明りの落ちたビルの中は薄暗さに包まれている。
「……ゾンビは、いなさそうですね」
「油断はしないで」
「はい」
「もし食料品や衛生用品が残っていたら最優先で。あとは人数も増えたことだし、服もいるわね」
「分かりました。エスカレーターで上に行きましょう」
「そうね」
「フロアマップ見たら、5階にドラストあるみたいです。あと100均と」
「じゃあまずそこからいきましょう」
「はい」
停まっているエスカレーターを駆け上がっていく。
途中、ゾンビには遭遇しなかった。もうこのビルの中にはいないようだ。
生存者の気配もない。
5階まで上がり、まずはドラストへ走る。
そこは衛生用品などはもぬけの殻になっていたが、それ以外はかなり残っていた。
「シャンプーとコンディショナーは全部買いましょう。あと、女性が増えたから、スキンケアに使えそうなものも。他にも、ハルがこれがあればいいと思うものがあったら詰めなさい」
「はい」
レジに10万置いて、店の中から今、島に必要なものを集める。
水やお湯が使えない状況なら通常のシャンプーなどは到底物資になりえないが、今の島では多くあればあるほどいいものだ。
「ハル、そっちにある歯ブラシと歯磨き粉も全部!」
「分かりました!」
2人で手分けをすると作業が早い。
ひょっとしたら10万では足が出たかもしれないが、そこは勘弁してもらおう。
「かるさん、そっちの100均、夏用の商品が並んでますよ」
「あら、ほんと。パンデミックは春先だったから、夏用の商品も並び始めたところだったのね。よし、ハル。そこのサンダルと帽子を全部詰めて。あと、夏用のグッズ。うちわとか扇子もあったら配れるわ。それから衛生用品コーナーとタオル!質は気にしない!数がほしい」
「はい」
他にバックヤードからも回収し、服やスニーカーも含めただいたいの買い物が終わり、時計を見ると4時過ぎになっていた。
「そろそろ戻りましょうか」
「はい」
荷物を抱え、どうにか表に出ると軽トラの荷台に荷物を載せる。
ちょっと欲張りすぎただろうか。結花には叱られるかもしれない。
「さあ、迎えに行きましょう」
そのまま、雑居ビルまで戻る。
中に合図をするとすぐに開いた。
「……えらく集めて来たな」
「うちのリーダーが衛生には厳しくてね。行ってみたら使えそうなものが結構残ってたから買ってきたのよ」
「買ってきた?」
「ええ。うちのリーダー、お金を払わずに調達は絶対許さないって人なのよ。アタシたちはみんなそのやりかたに共感してる」
これから行く場所のリーダーがどんな人間なのか多少のデータは与えておいたほうがいい。
「……そりゃまた信念があるやつなんだな、おまえらのリーダーは」
「ええ。その信念にみんな助けられたからね」
迦楼羅が、パン、と手を叩く。
「さあ、そろそろ行かないと間に合わないわ。見ての通り、荷台には荷物が積んであるから、乗れるだけの人数になるけど我慢して。4回目は今夜9時前になるから用意をしておいて」
「分かった」
「あと、これ以上の人数の追加はやめてね。アタシたちだって余裕のある避難生活をしてるわけじゃないの」
「……分かってる。この辺りには他の生存者グループも結構いるようだが、接触はしていない、ってこの新顔三人を入れた俺が言うのもなんだが」
「そこの三人はイレギュラーだったんだから仕方ないわ。うちのリーダーも仕方ないって言ってたしね。あと、今更だけど武器の持ち込みは禁止よ。帰ったら全部回収させてもらうから、そのつもりで」
「ああ」
そして9人が軽トラの荷台に乗る。買ってきた荷物を含めるとギリギリだ。なので、迦楼羅の判断で、買ってきたものを拠点に半分ほど1度預けて、人間が乗るスペースを優先することにした。
荷台にいる全員、手にはバールだったり金属バットだったりを持っている。それは帰ったらこちらで管理させてもらうつもりだ。
武器が必要になったら、貸与という形を取る。
「さあ、行くわよ」
高瀬、タツヤ、新顔3人が残る。
残り5人、迎えに来るのは今夜だ。




