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【完結】終末ゾンビ世界から100年後の未来へ避難することにしました —防災オタクと半ゾンビの無人島開拓記  作者: ねねこ


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75 予定外の新顔

 空が、わずかに白み始めていた。

 ほぼ夏と言える熱気が始まり、朝は早くなっている。

 夜と朝の境目。

 海からの風のおかげで冷えた空気の中で、軽トラのエンジンが低く唸る。

「……眠いっすね」

 ハルが目を擦る。

「寝てないでしょ」

「2時間は寝ましたよ」

「それは寝たって言わないのよ。終わったら、あんた、ゆっくり寝ないとだめだからね」

「分かりました。ちゃんと終わったら寝ます。かるさんこそ」

 軽口だけど、声に張りはない。

 疲労は確実に積み上がっている。

「行くわよ」

 結花の声はない。

 もうここからの判断は、任されている。


 ――青白い光。

 ゲートが開く。

 軽トラが、再びその中へ突っ込む。


 視界が白く染まり。


 次の瞬間。

 そこには朝の静かな住宅街があった。

 ゾンビはそう多くない。

「行くわよ。警戒だけしてて」

「了解っす」


 やがて荒廃した摩天楼が見えて来た。

 朝の光が、道路とビルの間を照らし、世界がこんなことになっても太陽は変わらないのだなと思い知る。

「……静かっすね」

 ハルが周囲を見る。

 夜とは違う。

 ゾンビの動きが、鈍い。

 数も、分散している。

「動きは落ちてる。でも油断しないで」

「了解」

 エンジン音を抑えながら進む。

 昨日と同じルート。

 だが。

 路地の一角で、ハルが小さく眉を寄せた。

「……なんか、違くないですか」

「何が」

「車、増えてる気がする」

 確かに。

 昨日は空いていたはずの道に、放置車両が増えている。

 誰かが動かした形跡。

「……人が動いてるわね」

 迦楼羅の声が低くなる。

「他の生存者グループ、っすか」

「その可能性が高いわね」

 嫌な予感。

 だが、止まれない。

「ルート変えますか?」

「いいえ。このまま行く。時間優先。9時のゲートで帰りたいし、あの路地、変なところに入ったら迷っちゃいそうだから」

「ですね」

 そして――目的地の雑居ビルが見えた。

 だが。

「……開いてる?」

 シャッターの隙間が、わずかに広い。

「……おかしい」

「ゾンビに襲われてないといいんですけどね」

「ええ」

 軽トラを少し手前で止める。

「ハル、構えて」

「はい」

 ハルがポケットからツバサの作った特製の弾を出し、スリングショットに装填し構える。

「何それ、ちょっとかっこいいじゃない」

「ツバサさんが作ってくれたんです。大きめの釘をそのまま撃っても真っすぐ飛ばないって結花さんと悩んでたら、釘のうちつける部分に尻尾をつければいいって教えてくれて。空に浮かべるタコと一緒で、方向や勢いをつけるのに使えるって」

 ハルが装填していたのは太めの釘の打ち付ける部分に布を巻き付けて尻尾を作っている装填弾だった。

「さすがツバサね」

「ええ。これだと圧倒的に命中率が良くなりました」

 ゆっくり近づく。

 気配を探る。

 中から――声。

 複数。

「……揉めてる?」

 ハルが小さく言う。


 それから合図のノックをすると。

「来たか!」

 高瀬の声。

 すぐにバリケードがどかされ、入口が広がる。

「早く入れ!」

 焦りがある。

 ただ事じゃない。

 中に入るとすぐにシャッターとバリケードが閉まる。


 そして。

 目に入ったのは――

「……誰?」

 見知らぬ男たちが数人。

 高瀬たちのグループとは違う。

 服装も、雰囲気も。

「……勝手に入ってきた」

 高瀬が短く言う。

「夜のうちに、この辺りにいた連中だ」

「勝手に?」

「真夜中に、ここから人を乗せた軽トラが走り去るのを見たそうだ」

 迦楼羅の目が細くなる。

「助けを求められた。断れる状況じゃなかった」

「それは分かるわ」

 でも。

「……統制は?」

「取れてない」

「何人?」

「三人だ」

 空気が、張り詰める。

 そのとき。

「おい」

 新顔の男の一人が口を開く。

「車で来たんだろ?避難所に行くために」

「あいにく避難所ではないわ」

「避難所じゃない……?」

「ええ」

「じゃあどこだってんだよ!」

「教えると思う?」

「……」

「アタシたちはそこの高瀬さんと約束した人たちを迎えに来たのよ。アンタらは数には入ってないわ」

 空気が、一瞬で張り詰めた。

「……は?」

 男の顔が歪む。

「ふざけんなよ。俺たちも同じ避難者だろうが」

「同じじゃないわ」

 迦楼羅は即答した。

 声は静か。

 でも、一歩も引かない。

「アタシたちは“約束した相手”を迎えに来てるの。そこにアンタたちは含まれてない」

「後から来たってだけだろうが!」

「そうよ」

 あっさり肯定する。

「でもね、それで順番が変わるほど、こっちは余裕ないのよ」

 その言葉に、ざわ、と空気が揺れた。


 後ろにいる高瀬たちのグループも。

 新しく入り込んだ男たちも。


 どちらも理解している。


 ――これは“選別”だと。


「……チッ」

 男の一人が舌打ちする。

「見捨てるってか?」

「違うわね」

 迦楼羅は首を振る。

「アンタたちを連れて行っていいかどうかは、うちのリーダーが判断する。今すぐなんでもいいから、名前、年齢、健康状態を書いて寄こしなさい。それを見て、リーダーが判断するわ」


 冷たいようでいて、完全に切り捨ててはいない。

 その“余白”が、逆に場を保たせていた。


「分かった。おい、何か書くもの!」

 散らばっていた書類の裏に三人分の追加のリストが作られる。


「これからあと二往復予定よ」

 迦楼羅が指を三本立てる。

「一往復目は子どもと高齢者――もう終わってる」

「二往復目は体調悪い人と非戦闘員」

「三往復目が最後。動ける人間。アンタたちは――リーダーがOKを出してそこに入るなら、乗せる」

 条件提示。

 完全拒絶ではない。

「……本当に来る保証は?」

「ないわね」

 即答。

「でも来ない理由もないわ。ここまで来て放置する意味がないもの」

 視線が、まっすぐ刺さる。

 嘘は言っていない。

 それが逆に伝わる。

 男たちが黙る。

 完全に納得はしていない。

 でも――この街を出るチャンスであることは理解した。

「……順番は守れ」

 高瀬が低く言う。

 圧がある。

「守れないなら、ここから出て行ってもらう」

 はっきりと線を引いた。

「……分かったよ」

 渋々、男が吐き捨てる。

 完全な従順ではない。

 だが、十分だ。

(……ギリギリね)

 迦楼羅は内心で息を吐く。

 ここで崩れたら終わっていた。

「じゃあ進めるわよ」

 パン、と手を叩く。

「二往復目。体調不良者と非戦闘員、優先!荷台にある毛布を皆被って!持っていく荷物は最小限に!」

 空気が切り替わる。

 高瀬のグループがすぐに動く。

 慣れている。

 それだけで、この集団がまだ“崩壊していない”ことが分かる。

「こっち!この人、まだ立てない!」

「毛布持ってきて!」

「水、少しずつ飲ませろ!」

 声が飛ぶ。

 動きが繋がる。

 一方で――

 新顔の男たちは、少し離れた場所で様子を見ている。


 目が、違う。

 助かるかもしれないという希望と、置いていかれる絶望が同時にある目だ。

(……待ってる間に爆発しなきゃいいけど)

 高瀬が抑えてくれることを期待するしかない。

「かるさん」

「なに」

「三往復目、帰り、気をつけたほうがいいっす」

 ハルが小さく言う。

「乗せたあと、何かやるかもしれない」

「分かってる」

 短く答える。

「だからあんた、できれば三往復目も一緒に来て。結花にはアタシからお願いする」

「はい」


 準備が整っていく。


 発熱していた者。

 ふらつく者。

 子どもの親。


 “守る側”が少し増える構成。


「よし、二往復目はこれで――」


 高瀬が確認した、そのとき。

 ぐらり、と。

 一人の男が崩れ落ちた。


「おい!」

「熱、上がってる……!」

 額に手を当てた誰かが顔を歪める。

「……乗せるわよ」

 迦楼羅が即断する。

「でも――」

「ここに置いていくほうがまずい」

 その一言で、誰も反論しなかった。

「ハル、スペース作って」

「はい!」


 荷台の配置を詰める。

 毛布を敷き、荷物を枕代わりにして横にする。

「絶対に頭打たせないように固定して」

「はい!」

持ってきていたロープを使い、軽トラに体を固定する。

「……これで行けるわね」

「はい」

 他の乗員が乗り込み、助手席にはハルが乗る。

 そのとき新顔の男の一人がぽつりと言った。

「……本当に戻ってくるのか?」

 さっきより、少しだけ弱い声。

「当たり前でしょ」

 迦楼羅は運転席で笑って答えた。

「約束は守る主義なのよ、アタシ。高瀬さん、次は昼前になるわ。準備しておいて」

「分かった」

 それだけ言って。

「――さあ行くわよ」

 エンジンがかかる。

 二往復目。

 今度は、“不安を抱えたまま”の帰路が始まる。

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