74 最初の救出2
荷台に、子どもたちの小さな体が並ぶ。
毛布にくるまり、ぎゅっと身を寄せ合っている。
その隣に、高齢者たち。助手席には風呂敷包みを抱えた女性が一人。
少しだけ荷台に余裕があったので、午前中に渡してすでに空になっていた水のタンクと、それぞれ手に持てるくらいの荷物を持っていたのでそれを置く。
誰もが無言だった。
希望と不安が、同じだけ混ざっている。
「行くわよ」
迦楼羅が低く言う。
ハルが荷台を一度だけ見回す。
「しっかり掴まっていてください。絶対に立たないで座ってて。お互いを支えてください」
小さく、しかしはっきりと。
子どもが一人、こくりと頷き、隣の子どもに手を伸ばす。その動きがスタートになり、荷台にいる避難者がお互いを支え合うように手を握る。
――エンジンがかかる。
低い振動。
「静かに抜けるわよ」
ハルが荷台のい一番前で片膝立ちでスリングショットを構えて警戒する。
「了解」
軽トラが、道へ出た。
暗闇の街を軽トラのヘッドライトだけが照らす。
「……来てる」
ハルが呟く。
誘導しきれなかった個体が、数体。
こちらに気づいている。
「無視するわよ。止まってられないし、相手もしてられない」
「はい」
迦楼羅が即断する。
アクセルを踏む。
軽トラが、静かに、しかし確実に速度を上げる。
ゾンビが、追ってくるが――足は遅い。
問題は、数だ。
「右、狭い路地入るわ」
「了解」
ハンドルを切る。
車体がギリギリで壁をかすめる。
――ガリッ
嫌な音。
「っ……」
荷台の誰かが息を呑む。
「大丈夫よ、止まらない」
迦楼羅が言い切る。
その声に、妙な安心感があった。
そして――
「……前」
ハルの声が低くなる。
路地の先に数体。
塞ぐように、フラフラと揺れながら立っている。
「抜ける」
「いけますか?」
「いくしかないでしょ。みんな動かないようにね!」
減速は、しない。
タイミングを測る。
「ハル!」
「はい!」
――パシュッ!
スリングショットの一撃で、先頭の一体の顔が揺れる。
ほんの一瞬、動きが止まる。
「今!」
アクセル全開。
――ドンッ
車体への衝撃に短い悲鳴が挙がる。
一体を弾いて、そのまますり抜ける。
「きゃっ……!」
荷台で小さな悲鳴。
「大丈夫!そのまましっかり座ってて!」
ハルが叫ぶ。
振り返らない。
振り返れば、恐怖が増幅するだけだ。
前だけを見る。
「クリア……!」
無事に抜け、ハルが息を吐く。
「まだよ」
迦楼羅の声は冷静だった。
「ここからが本番」
大通りに出て、車のライトをハイライトにすると、一気に視界が開ける。
――その分、見える。
「……多いな」
ハルが低く言う。
ハイライトに照らされた点在する影。
昼より、明らかに多い。
「スピードで抜けるわ」
迦楼羅がアクセルを踏み込む。
エンジン音が、少しだけ大きくなる。
それに反応して。
ゾンビが、振り向き、一斉にこちらに近づいてくる。
「来ます……!」
「分かってる!」
軽トラが加速する。
ギリギリで避けながら、それでも避けきれない。
――バンッ
一体が正面からボンネットにぶつかる。
転がり、そのままタイヤの下敷きになる。
それでも止まらない。
「ハル!時間は!?」
「あと15分です!」
「分かった!時間まで鳥居の外側で待機するわ!」
このままだと5分で着いてしまう。
「あと少し……!」
ハルが前を指す。
鳥居が見えた。
だが。
「……集まってる」
ゾンビの数が、多い。
ゲート周辺に、引き寄せられている。
何に?
「……行けますか?」
「行くしかないでしょ」
迦楼羅の声は、迷わない。
時計を見る。
――まだ、少し早い。
「タイミング合わせる」
速度を調整。
近づきすぎない、遠すぎない路地で待機する。
ゾンビが、さらに集まってくる。
「ハル、一気に突っ込むわよ」
「了解」
ハルが石を握る。
汗で、少し滑る。
「……そろそろね」
青白い光が、空間に滲む。
午前0時のゲートの予兆。
「行くわよ!!」
アクセル全開。
軽トラが、一直線に突っ込む。
ゾンビが反応する。
手を伸ばすが――遅い。
――ドンッ、ガンッ
何体かを弾き飛ばしながら。
光の中へ。
視界が、白に染まる。
そして次の瞬間。
タイヤが、良く知る別の地面を踏む。
静けさ。
安全な空気。
潮の香りと波の音に息をついた。
「……着いた」
ハルが心底安心したように呟く。
「ここ、どこ?」
毛布にくるまった荷台の子どもが真っ暗な周りを見回す。
波の音だけが聞こえる夜だ。
「……着いたわよ。みんなよく頑張ったわね」
その一言で、張り詰めていた空気がほどける。
「一往復目、成功っすね」
「ええ。でも――」
迦楼羅は前を見る。
駆け寄ってくる仲間たちの影。
「まだ終わってない」
あと、二往復。
迎えに来てくれた仲間たちに連れて来た避難者を任せ、次の出発まで一休みすることにした。
緊張感で迦楼羅もハルもぐったりだ。
「二人ともお疲れ様」
ロビーで一休みしていた二人の元に、結花が冷えたペットボトルを持ってきてくれた。
「避難者たちは?」
「みんなまずお風呂に入りたいって言ってたから、準備してもらってる。多分次の人たちもそうだろうね。まずお風呂に入ってもらって簡単なごはんを作って食べてもらってからホテルで休んでもらうわ。とりあえず子供たちは今夜のところはみんな同じ部屋のほうがいいと思うんだけどどう?」
「そうね。親が後から来るって聞いてはいるけど、やっぱり不安だと思うし、子供たちで固まっておくほうがいいかもね。確かあのホテルファミリールームみたいな大きな部屋あったわよね?そこにお年寄りと一緒に寝てもらうのはどう?顔見知りがいるほうが親が来るまでに少しは不安も薄まるでしょうし」
「あ、それいいね。じゃあツバサくんたちに頼んで、部屋を整えてもらっておく。二人は朝の出発まで休んでおいて」
まだ外は暗い。
波の音を聞きながら、迦楼羅は次の往復のことを考えていた。




