73 最初の救出
新宿に行くにあたって、私は迦楼羅とハルくんに少し多めに水を渡した。
それと食料も。
明日まで連れてこられない人たちがいる。その人たちのためにだ。
30人。
決して少ない人数ではないけど、報告のノートに書かれていた名前一つ一つが地獄を生き延びて来た人たちだと思うと、甘いと言われても一度は避難を受け入れてもいいと思った。迦楼羅が接触して話が通じる相手だと判断したのなら、それは信用できる。
人数が増えれば無駄な衝突も生まれるかもしれない。
だとしても、それもまたコミュニティとしては当然だし健全だとも思う。
一番ダメなのは仕切り屋が全て仕切って、誰も何も言えなくなることだ。そんな場所を私も見て来ただけに、それだけは避けたかった。だから私もここのリーダーと言う立場ではありつつも、言いたいことはきちんと言ってほしいとみんなに告げている。
今、この場に私が若い女だからと見下すような人はいないし、意見もきちんと言ってくれる人ばかりだ。
うまく回っていたこの場所にいきなり30人は重すぎるかもしれない。
でも関わった以上は放ってはおけない。
軽トラに水と食料。連れてくる人たち用の寒さ避けに毛布を積んで出発の準備ができた。
「ルート、もう一回確認するわよ」
地面に広げられた簡易地図。
懐中電灯の弱い光が、その上を照らす。
「ゲートから出て、新宿まで最短ルート。合計三往復」
「一往復目は子供と状態の悪い人優先。9時に出て12時のゲートで帰る」
「ええ。まずはそれでお願い」
「二往復目で残りの非戦闘員。朝6時に出て9時に戻る。三往復目で動ける人たち12時に出て夕方6時に戻る計三往復」
「……最後が一番危ないっすね」
ハルが呟く。
「分かってる。だから自分で動ける人、戦える人は最後まで残ってもらう」
「そうね。それが一番だわ」
「それから最後の三往復目は、ハルくんは下りて」
「え!?」
「戦える人が最後に乗るなら、何かあっても対処できる。ハルくんはこっちに残って受け入れの手伝いをお願い」
「了解っす」
「じゃあ基本的にアタシが運転手で三往復したらいいのね」
「うん。きついかもしれないけど、これは迦楼羅にしか頼めない」
「分かってるわよ。大丈夫、やれるわ」
「……無理はしないで」
「無理はしないわ。無茶はするけど」
「なら、無茶もほどほどに」
「分かったわ」
「そろそろ時間よ」
結花が時計を見る。
針は、九時を指す直前。
「ハル、準備はいい?」
「はい」
「――行きましょう、迎えに」
その一言で。
空気が、切り替わる。
軽トラのエンジンが低く唸る。
ライトは点けない。
月明かりと、最低限の灯りだけで進む。
青白い光が、夜の中に浮かび上がる。
「行くわよ」
迦楼羅がアクセルを踏む。
光の中へ――突入。
視界が白に染まり。
次の瞬間、向こう側の夜に出る。
「……多いですね」
ハルが低く言う。
昼よりも明らかに増えた影。
ゆらゆらと、動く群れ。
「音、できるだけ立てないで進むわよ。ハルはスリングショットで警戒」
「はい」
迦楼羅が低く指示する。
エンジン音すら抑えるようにゆっくりと夜を割いて進んでいく。
完全な静寂は、ない。
どこかで何かが倒れる音。
遠くで響くガラスの破片。
それに反応してゾンビが流れる。
「……流れてる」
「音に引っ張られてますね」
ハルが周囲を見渡す。
「逆に言えば、誘導できる。新宿に着いたら、ハル、それでガラス割ってゾンビ誘導」
「はい」
「さあ行くわよ」
歩道と裏道を縫うように夜の中を進み、やがて。
「……見えた」
あの雑居ビル。
シャッターの歪んだ入口。
午前中と同じだ。
でも。
周辺の空気が違う。
「……いるわね」
入口付近に、数体。
さらに、周囲にも。
「片付けますか?」
「ううん、誘導で。あっちの空いてる道方向に向かって音を立てなさい。それで引っ張られるはず」
「はい」
軽トラを少し手前で止める。
「ハル」
「了解」
荷台から降りる。
スリングショットを構え、石を装填。
――ガシャン!
空いた歩道の向こう側のビルの窓ガラスが割れる乾いた音。
ゾンビの体が音の下方向へ向く。
もう一発。
――パシュッ!
――ガシャン!
次にシャッターを揺らした音は思ったより大きく、雑居ビル周辺でフラフラしていた個体が全て空いている道へと誘導されていく。
「今よ!」
こっちに戻ってこないように、その辺りに散らばっているもので簡易的なバリケードを作り、軽トラを雑居ビルの前に停める。
そして合図を。
――コン、コン、コン。
一拍。
――コン、コン。
内側が動き、隙間が開く。
「……来たか」
高瀬の声。
「迎えに来たわよ」
迦楼羅が答える。
「――全員、連れて帰る。うちのリーダーがそう判断したから」
一瞬の沈黙。
そして。
中から、息を呑む音がした。
「全員……?」
「とりあえず中に入れてくれる?それから、誰か荷台に乗せてる物資を下ろすの手伝ってちょうだい」
慌ただしく動きがあり、軽トラの荷台から物資が運び込まれる。
「時間に制限があるの。だから次に迎えに来るのは明日の明け方になるわ。5時過ぎくらいかしら。準備をしておいて」
「……じゃあまずは」
「子どもとお年寄りが優先よ。向こうで仲間が受け入れ準備をしてくれてるから、まずその人たちを軽トラの荷台に乗せてちょうだい。持っていく荷物は手に抱えられる程度にしてね。人間が優先だから」
「分かった。じゃあまずは……子ども5人、それから高齢者が6人だな。いけるか?」
「子どもの体は大人ほど大きくないからいけるでしょ。毛布を持ってきてるから風よけにみんなそれを羽織ってね。体調不良の四人は……」
「大丈夫だ、全員水分補給をしたら落ち着いてる」
「そう。なら二往復目にその人たちを含めた10名以内を連れて行くわ。で、三往復目が戦闘可能な元気な人たちで」
「分かった」
「なら急いで!時間はないわよ」
パン、と迦楼羅が手を叩く。
すると人が動き出す。
この暗闇から出られるという希望と、何処に行くのだろうと言う不安が混ざった空気だ。
「ママ……」
子供が母親に縋りつく。
「ママは後から行くから、先に行っててね」
「本当?本当にあとから来てくれる?」
「ええ、行くわ」
子どもが五人、先に乗り込み、高齢者が続けて乗り込む。
持ってきていた物資が下ろされ、迦楼羅が高瀬に笑いかける。
「これだけあれば明日まではもつでしょ?」
「ああ。充分だ。感謝する」
「感謝はうちの拠点に来てから、うちのリーダーに言ってちょうだい。これを持っていくように指示したのはリーダーなんだから」
「そうか。じゃあ直接礼は言わせてもらうことにする」
「そうして」
「かるさん急いで!時間ないっすよ!」
「今行くわ!じゃあ、アタシたちが出たらすぐに閉めてね」
「分かった」
そうして、最初の輸送が始まる。




