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【完結】終末ゾンビ世界から100年後の未来へ避難することにしました —防災オタクと半ゾンビの無人島開拓記  作者: ねねこ


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70 生存者たちの拠点

 タツヤが一瞬だけ高瀬を見る。

 言葉はない。ただ――頷いた。

「……分かった」

 短く答えると、鉄パイプを肩に担いだまま荷台に飛び乗った。

 続いて、高瀬も無駄のない動きで乗り込む。

 その動きは軽い。

 疲れているはずなのに、体の使い方が洗練されている。

(……この人、ただのリーダーじゃない)

 ハルはそう感じた。

 “現場で生きてきた人間”の動きだ。

 店にいたころの迦楼羅を思い出させる人だと思った。

「発進するわよ」

 迦楼羅がエンジンをかける。

 軽トラが、ゆっくりとロビーを抜ける。

 

 砕けたガラスを踏む音。

 軋むサスペンション。

 それだけで、外の静寂がまたざわつく気配があった。


「出たら右だ」

 荷台から高瀬が指示を出す。

「そのまま直進すると詰まってる。裏に抜けるために右に行ってくれ」

「了解」

 余計な確認はしない。ここは彼らの”庭”なのだ。

 外へ出ると太陽の光があった。

 だがそれは、朝の爽やかさじゃない。

 ビルに切り取られた、細い空の光だ。


 そして。

 遠くで、何体かがこちらに反応した。

「……まだ来るな」

 ハルが呟く。

「止まらなきゃ問題ない」

 高瀬が即答する。

 その声には、確信があった。


 軽トラは、車の隙間を縫うように進む。

 さっきよりも速度が少しだけ上がる。


「次、左に切って細い道入れ」

「分かったわ」

「そこ、ギリ通れる」

「……本当に通れるんでしょうね?」

 迦楼羅がわずかに笑う。

「通れなきゃ死ぬだけだ」

 あっさりと返す高瀬。

 

 ハンドルを切る。

 ミラーが、止まった車体にかすった。


 ――ガリッ。


「っ……!」


 小さな音が響いた。


「止めるな!」

 即座に高瀬が叫ぶ。

 次の瞬間。

 後ろで、何かが動いた。

 ゾンビが、数体。

 音に反応して、こちらへ向かってくる。

「ほらな」

「……チッ」

 でも。

 軽トラはもう抜けている。

 細道を抜けた先は――さらに狭い裏路地。


「ここなら来れない」

 高瀬が言う通り。

 後ろのゾンビたちは、車の壁に阻まれて追ってこれない。

 完全に、振り切った。

「……助かったわね」

 迦楼羅が小さく言う。

「地形は武器だ」

 高瀬が淡々と答える。

 その言葉に、ハルが苦笑する。

「アンタ、サバゲーとかやってた?」

「いや。仕事で覚えた」

 それで納得するには十分だった。

(……こういう人がいるグループか)

 それなりに統制はとれているが、ギリギリで保っている感じもある。

「あと少しで着く」

 高瀬が前を見ながら言う。

「覚悟しとけ」

「覚悟?」

 迦楼羅が聞き返す。

「……俺たちの拠点はいい状況じゃない」

 その一言で、車内の空気がわずかに重くなる。


 軽トラはさらに奥へと進む。

 ビルとビルの隙間。

 人目につかない裏道を、迷いなく。


「ここだ」

 高瀬が短く言った。

 軽トラを停める。

 そこは――一見すると、ただの雑居ビルだった。

 看板は半分落ち、入口はシャッターが歪んでいる。

 だが。

(……塞いでる)

 ハルはすぐに気づいた。

 シャッターの内側に、机や棚が詰められている。

 外からの侵入を防ぐための、即席のバリケード。

「タツヤ、開けろ」

「了解」

 タツヤが中に向かって軽く合図を送る。


 ――コン、コン、コン。

 

 一拍開けて


 ――コン、コン。


 計5回の一定のリズム。


 しばらくして、内側からわずかに物が動く音。

 隙間が、開いた。

 暗い。

 そして。

 ――あふれだす匂い。

「……っ」

 ハルがわずかに顔をしかめる。

 腐臭じゃない。

 汗と、血と、長く閉じ込められた空気の匂いが混ざった“生き延びている場所の匂い”だった。

「入れ」

 高瀬が短く言う。

 軽トラは中には入れない。

「二人ともいきましょう」

「ええ」

「はい」

 迦楼羅がエンジンを切る。

「荷物、持って」

 田所がクーラーボックスを抱え直す。

 ハルはスリングショットを構えたまま、周囲を警戒しながら高瀬とタツヤに続いて、三人で中へ入る。

 バリケードの隙間を抜けると、すぐにシャッターが閉め直された。

 ――音が、消える。

 外の世界が、遮断された。

 その代わりに。

 別の音が、耳に入る。

 小さな声。

 咳。

 かすれた会話。

 そして。

 泣き声。

「……」

 視界が、慣れてくる。

 おそらく会社のロビーだった場所。

 そこに――人がいた。

 思ったより、多い。

(……30人、か)

 だが問題は、数じゃない。

 状態だ。

 

 座り込んでいる者。

 横になっている者。

 毛布にくるまって動かない者。

 顔色が悪い。

 痩せている。

 目に力がない。

 

 そして。

「高瀬さん……」

 弱い声が、呼ぶ。

 若い女性だ。

 子どもを抱えている。

「戻ったの……?」

「ああ」

 高瀬が短く答える。

「医者がいたから連れてきた」

 その一言で。

 空気が変わった。

 視線が、一斉に集まる。

 田所に。

 場違いな白衣に。

「……先生」

 誰かが、呟く。

 視線が田所に向くのは仕方ない。

 それでもすがるような視線は刺さるように田所の心を揺らす。

(……重いわね)

 迦楼羅は思う。

 これは。

 “助ける”って簡単に言える規模じゃない。

 そのとき奥から、男が一人近づいてきた。

 顔色が悪い。

 だが、意識ははっきりしている。

「……高瀬、その人たちは?」

「家畜用のワクチン取りに来た連中だ。獣医らしい」

「待て、そっちの奴、ゾンビじゃないのか!?」


 全員の目が一斉に迦楼羅に向く。

 脅え、恐れ、敵意。

 あらゆる負の感情だ。


「いや、こいつは肌の色をこの色に塗ってゾンビに擬態しているそうだ。確かに遠目から見たらゾンビだと思って避けるだろうしな。だいたいゾンビなら、こうやって理性のある行動なんかしやしないだろう。しかも普通の人間と一緒に」

 高瀬の言葉に全員が黙り込む。

「まあそう言われるのには慣れてるわ。でもそう言われるってことは、この擬態が有効ってことだからアタシは気にしないわよ。それよりまずはここの状況をきちんと知らないとね。田所先生、お願いできる?」

「はい、分かりました。私は田所と言います。農業学校で保険医もしていたから、簡単な症状なら診ることはできますが、専門的なことはできません。それを最初にご理解ください」

「ハル。表から救急キット取ってきて」

「分かりました」

 ハルがバリケードをどけてもらい、表の軽トラの荷台に乗せていた救急キットを取ってくる。

「これをここにあげるわ」

「いいのか?」

「ええ。あと、水と簡単な食糧も積んである。ここに全部あげるから誰か持ってきて。表の軽トラの荷台にあるわ」

 迦楼羅の言葉に、数人が動く。

 バリケードの向こうの軽トラから、人数からしたら、ほんの少しの物資だが、ないよりマシだ。

「発熱してるやつがいる。三人……いや、今は四人か」

「隔離は?」

 田所が即座に聞く。

「一応してるが、完全じゃない」

「案内してください」

 迷いがない。

 田所はすでに“仕事モード”に入っていた。

 救急キットを手に、クーラーボックスはハルに渡して。

「ハル、あんたは外じゃなくてここ警戒」

「了解」

「高瀬さん」

「なんだ」

「――あんたたち、まだ保つ?」

 迦楼羅の問い。

 それに対して少しの沈黙。

 そして。

「今の物資と状態なら、あと1週間から10日くらいが限界と見てる」


 即答だった。

 嘘がない、飾りもない。

 ここにあるただの現実。


 それを聞いて、迦楼羅は、ふうと息を吐いた。

「……上等じゃない」

 小さく笑う。

「ギリギリなら、ここはまだ折れてないってことよ」

 と胸を叩く。

「帰ったら、すぐにリーダーに相談させてもらうわ。だから、ここに全員の名前、年齢、健康状態だけでいいから書いてくれる?受け入れるにしても、ここにいる人間の情報が必要なのよ」

「分かった」

 高瀬がノート一式を受け取り、端から聞き取りをしながらノートに書き始める。

 そうしていると田所が奥から帰ってきた。

「先生、どう?」

「噛まれた所見はなかったけど、軽い脱水症状が全員にある。脱水症状は風邪に似た症状を起こすのよ。とにかく水分補給をして眠ること。それで治ると思うわ。重症状態の人はいなかった」

「そう」

 結花が吟味した救急キットの中身は、ブドウ糖のお菓子まで入っていた。これを水に溶かして飲めば吸水率もいいはずだ。本当に準備がいい。

「じゃあアタシたちは一旦帰るけど、この場所分かりにくいんだけど、一番近い大きな通りは?」

「さっき左に曲がったところをまっすぐ行けば、新宿三丁目駅の近くにある映画館の通りに出るはずだ」

「百貨店のところね?」

「そうだ」

「じゃあ、行くわよ」


 踵を返す。ハルもクーラーボックスを田所に渡し、荷台に乗り込んだ。

 田所は一度だけ振り返った。

 ロビーの奥。

 毛布にくるまった子どもと、その隣に座る母親。


 一瞬だけ目が合い、その目が求める助けを察知した。

 でも今はこれ以上何もしてあげられない。

「……水分、必ず取らせてください」

 静かに、それだけ言う。

「ああ」

 高瀬が短く返す。

 それ以上の言葉はなかった。

 でも、それで十分伝わっていた。


 バリケードの隙間を抜ける。

 外の光が、目に刺さる。

 さっきまでいた空間が、嘘みたいに遠くなる。

 ――シャッターが閉まる音。

 再び、世界が分断された。

「……重いわね」

 ぽつりと、迦楼羅が言う。

「はい……」

 ハルも、珍しく短く答えた。

 軽トラに乗り込み、エンジンがかかる。

 その振動で、思考が現実に引き戻される。

「帰るわよ」

「はい」

 クーラーボックスを抱えた田所の指が震えているのをちらりと見て、車が動き出す。

 来た道を、今度は“帰るため”に進む。

 でも。

 さっきとは違う。

 これはただの遠征じゃない。

(……30人)

 頭から離れない。

 あの空気。

 あの視線。

 あの臭い。


 ハルが、ぽつりと呟いた。

「……連れて帰るんすか」

 問いというより、確認だった。

 迦楼羅は、すぐには答えない。

 ハンドルを握ったまま、前を見る。

「――決めるのは、アタシじゃない」

 静かに言う。

「だから、帰ってみんなで決めましょう」

 それが答えだった。

 ハルが、息を吐く。

「ですよね」

 軽トラは、再び車の海へと入る。

 行きよりも、少しだけスピードが速い。

 ルートも、分かっている。

 だが。

「……来てるわね」

 バックミラーに見えるのは、さっきの音に引き寄せられたゾンビたちだ。

「帰りは静かに、ってわけにはいかなさそうね」

 迦楼羅が、小さく笑う。

「いいわ」

 アクセルを踏む。

「逃げ切るわよ」

 新宿の摩天楼を背に、軽トラは再び帰るべき場所へと走り出した。

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