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【完結】終末ゾンビ世界から100年後の未来へ避難することにしました —防災オタクと半ゾンビの無人島開拓記  作者: ねねこ


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68 新たな生存者たちとの出会い

 若い男が、一歩だけ前に出た。

 手に持っているのは、鉄パイプのようだ。

 距離は、まだある。

 ハルはスリングショットに石をセットしてすぐにでも放てるようにしていた。

「……おまえら、このあたりのグループじゃねえな」

 低い声。

 警戒はしているが、敵意は“まだ出していない”。


 ハルは、スリングショットを構えたまま動かない。

 狙いはつけない。

 でも、いつでも撃てるように。


「そっちは?」

 短く返す。

 一瞬の沈黙。

 その空気を、後ろの男が崩した。

「……タツヤやめとけ。あっちは飛び道具だ」

 落ち着いた声だった。

 年齢相応の、場慣れした響き。

 腕を組んだまま、一歩前に出る。

「話がしたい。そっちの代表者は誰だ?」


 合理的。

 そして――交渉する気がある。

 ハルは、ほんの一瞬だけ迷ってから、迦楼羅に視線を向けた。

 ハルの視線を受けて、迦楼羅が上がりかけていた階段を下りてくる。


「アタシが今は代表よ」

「……ゾンビ!?」

「いえ。ゾンビに擬態するためにこの肌の色に塗ってるだけ。割と便利よ。少なくとも人間は近寄ってこない」

 この設定は本当に便利だなと、咄嗟に考えた桃の頭の良さを改めてありがたく思う。

「……なるほど。考えたもんだな」

「で、アタシたちの目的は、ここにあるワクチンよ」

「ワクチン……?」

「ええ。家畜用の。ここの冷蔵庫にあるらしいから、それを取りに来たの。こっちには獣医師もいるからね」

 隠さない。

 その方が、いいと判断した。

 男の眉が、わずかに動く。

「……中、もう見たか?」

「今からよ」

「そうか」

 小さく息を吐く。

「なら――まだ残ってるだろうな。ここにあった食料はもう全部持っていったが、それ以外は基本的に手を付けられてはないはずだ」

 その一言で、空気が変わった。

(知ってる、この中を)

「あら、よく知ってるのね」


 この建物の中を。

 そして、ワクチンの存在を。


「この辺りは俺たちが仕切ってるからな。大抵の建物の中は把握済みだ。特にここはまだ屋上のパネルが生きてるから、まだ使える場所の一つとして考えてる」

「そう。で、仕切っているそちらとしては、アタシたちにワクチンを渡してもいいと思ってるの?」

「条件がある」

 男が続ける。

 やっぱり来た。

 でも、それは想定内。

「聞くだけ聞かせてもらうわ」

 迦楼羅が答える。

「あんたらの避難してる場所はどこだ?」

「答えるわけないでしょう?」

「ああ、そうだろうな。だけど、もし余裕があるなら、何人か連れて行ってほしいんだ」

「連れていく?」

「ああ。こっちは30人ほどいる。ほとんどが女性と子供だ。もう力尽きた者もいる。限界なんだ」

「……」

 迦楼羅は、すぐには答えなかった。

 視線だけを、相手から外さない。

「30人、ね」

 小さく繰り返す。

「全員は無理よ」

 即答だった。

 空気が、ぴり、と張る。

 若い男――タツヤが、顔をしかめた。

「……だろうな」

 その声には怒りよりも――諦めが混じっていた。

 後ろの男は、何も言わない。

 ただ、迦楼羅を見ている。

 値踏みするように。

「でも」

 迦楼羅が、続ける。

「“見捨てる気”もない」

 その一言で、場の空気が変わった。

 タツヤが顔を上げる。

「……どういう意味だ」

「段階的に、よ」

 はっきり言う。

「今すぐ全員を動かすのはリスクが高すぎる」

「全員……だと?」

「ええ。アタシたちのリーダーの判断が必要。こっちにも守るべき人間がいる。子どもがいるのはそっちと一緒よ」

「そっちにも子供がいるのか……」

「ええ。一番に守らないといけない命よ」

「そうだな」

「受け入れるなら、準備も必要。だから今日すぐには無理な話よ」

 理屈は通っている。

 そして、現実的だ。

「だから」

 一歩、踏み込む。

「まずは情報を寄こしなさい」

「情報?」

「そう。そっちの拠点の情報と人間の数、状態。アタシたちの拠点はまだ造っている最中なの。だから、拠点にいるリーダーの判断が絶対なのよ」

 タツヤが息を呑む。

 後ろの男の目が、わずかに細くなる。

 考えている顔だ。

「アタシたちからの条件は」

 迦楼羅の声が低くなる。

「この周辺の情報は全部もらう。それと、あんたたちの拠点見せなさい」

「拠点を……?」

「そうよ」

 今度は、相手側が沈黙した。


 重い。

 当然だ。

 “拠点”は命だ。

 簡単に見せるものじゃない。


「……拠点を見せることはできない」


 タツヤが睨む。


「なら、アタシたちの拠点への引き取りも無理ね」

「リーダーとやらに聞かなくてもいいのか?」

「アタシはこの遠征での全権限を任されてるの。だから、今この場の判断はリーダーの判断でもあるわ」


 迦楼羅がポツリと言う。


「……人を引き取るっていうのは、それだけ重いのよ」


 感情じゃない。

 現実の話。


「安全確認もしないで受け入れるほど、甘くない」


 静かに言い切る。

 その言葉に。

 後ろの男が、ふっと笑った。


「……いい」

 短く言う。

「乗ろう」

「おい!」

 タツヤが振り向く。

「いいのかよ!?」

「いい」

 迷いがない。

「このままここにいても、いずれ詰む」

 淡々とした現実。

「それに」

 視線を、迦楼羅に戻す。

「嘘つく顔じゃない」

「へえ」

 迦楼羅が、わずかに笑う。

「アタシ、ホストだったから嘘つきかもよ?」

「いや、あんたはそのリーダーとやらの不利益になることはしないだろう?」

 軽く返す。

 空気が、ほんの少しだけ緩んだ。

「じゃあ決まりね」

 迦楼羅がまとめる。

「ワクチン回収を優先させてもらうわ。先生、クーラーボックスは多少寄り道してももちそう?」

「はい。発泡のケースと二重にしているので、多少時間がかかっても問題ないです!」

「なら決まりね。ワクチン回収後、この人たちの拠点に案内してもらって、状況をリポートにまとめましょ。ここで紙とペンも借りましょうか」

「……分かった」

 男が頷く。

「俺は高瀬だ。こっちはタツヤ」

「……迦楼羅よ」

 短い自己紹介。

 それだけで十分だった。

「ハルです」

 後ろから、ハルが付け足す。

「田所です」

 階段の上から、静かな声。

「医療関係か?」

 高瀬がすぐに反応する。

「ええ。白衣で分かりますね」

「……なら話が早い」

 小さく息を吐く。

「うちにも、発熱してるやつがいる。噛まれたわけじゃないが、昨日から下がらない」

 その一言で。

 交渉は――“利害”から“必要”に変わった。

「急ぐわよ」

 迦楼羅が振り返る。

「ワクチンが使えるかどうか、まず確認と回収」

「はい」

 田所先生が頷く。


「行きましょう、迦楼羅さん」

「ええ。アタシたちは3階に行ってくるわ。ハル、その間頼むわよ」

「了解です!」

 その間も。

 ハルとタツヤは、互いに武器を下ろさない。


 でも。

 さっきまでとは違う。

 撃つためじゃない。

 “守るため”の構えだった。


 新宿のど真ん中で。


 敵でも味方でもない関係が、一つ生まれた。


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