64 山羊捕獲大作戦! 後編
高床式の柵付き小屋が完成した頃、日が少し傾き始めていた。
「……思ったより、ちゃんとしてるな」
ツバサくんが感心したように言う。
木材で組まれた床は地面からしっかり持ち上げられていて、風が抜ける構造になっている。
これから湿気は籠らない。
簡易とはいえ、雨避けの屋根もついた。
「山羊なら十分だろ」
親方が腕を組む。
「跳ぶって話だったからな、柵も高めにしといた」
「助かります。これくらいあれば逃げられないと思います」
美奈子ちゃんが、ほっとしたように笑う。
「これならストレスも少なく飼えるでしょう」
“捕まえた後”の準備が整った。
つまり。
「……あとは、捕まえるだけね」
ぽつりと呟くと。
「その前にだ」
低い声。
振り向くと、英二さんが戻ってきていた。
その後ろに――ツバサくんと、遠藤先生。
「おかえり!」
子どもたちの声が弾む。
でも。
三人の表情を見た瞬間、空気が変わった。
「……見つけた?」
私が聞く。
英二さんは、ゆっくり頷いた。
「ああ。いた」
「群れで、八頭」
ツバサくんが続ける。
「成獣が六、子どもが二」
「……いい数ね」
それだけいれば――十分に“生活を支える資源”になる。
「ただし」
遠藤先生が、静かに言った。
「思ってたより厄介だ」
「どういうこと?」
「場所だ」
英二さんが簡易地図を引き寄せる。
そして、指で一点を叩いた。
「ここ」
山の中腹。
斜面と岩場が混じる場所。
「逃げ道が多い」
「谷じゃないの?」
「谷に“降りる前”の位置だな」
ツバサくんが補足する。
「上にも横にも逃げられる」
「追い込みには向かない……」
「いや」
遠藤先生が首を振る。
「使いようだ」
全員の視線が集まる。
「山羊は“安全な道”を覚える動物だ」
「……つまり?」
「普段通ってるルートがある。そこを塞げば、“予測できる動き”になる」
「なるほど……」
逃げ道全部を塞ぐんじゃない。
“選ばせる”のか。
「テキサスゲート、使える?」
「使える」
「ただし、“一つ”じゃ足りない」
「え?」
「二重にする」
全員が、少し驚く。
「嫌がって止まる個体と、無理に越える個体がいる」
「……ああ」
「一つ越えても、もう一つある」
「そこで止まる」
「そこを囲う」
話が、一気に現実味を帯びる。
「設置場所は?」
「この細い尾根だ」
英二さんが指したのは、地図の細い線。
「左右は崖。前はゲート。後ろは追い込み」
「逃げ場がない……」
「だからこそ、一発勝負だ」
静かに言い切る。
その言葉に。
場の空気が、引き締まる。
「……明日やる?」
誰かが言った。
「いや」
英二さんは首を振る。
「もう一回だけ偵察する」
「時間帯を絞る」
「山羊が一番動く時間を見極める」
「……朝か、夕方か」
「たぶん夕方だな」
遠藤先生が言う。
「日が落ちる前に動くはずだ」
「じゃあ」
私は頷く。
「明後日、夕方決行」
「準備は午前中に最終確認」
「設置班は先行して配置」
「追い込み班は合図で動く」
言葉が、すらすらと出る。
もう迷いはなかった。
「――了解」
全員の声が重なる。
そのとき。
「ねえ」
小さな声。
ユウキだった。
「山羊さん、こわい?」
その問いに。
一瞬だけ、全員が言葉に詰まる。
でも。
「……ちょっとだけな」
ツバサくんが、しゃがんで答える。
「でもな」
「ちゃんとやれば、大丈夫だ」
「ほんと?みんな怪我しない?」
「ああ」
にっと笑う。
「捕まえたら、お前たちで名前つけるんだろ?」
「うん!」
ぱっとユウキの顔が明るくなる。
その笑顔を見て。
(……絶対、成功させる)
そう、強く思った。
これはもう。
ただの“作業”じゃない。
みんなの“次の生活”がかかっている。
「――解散。今日はもうご飯とお風呂が終わったらゆっくり休みましょう」
私が言うと、みんなが動き出す。
準備する者。
道具を確認する者。
ロープを結び直す者。
それぞれが、自分の役割に戻っていく。
その背中を見ながら。
「……忙しくなるわね」
隣で、迦楼羅が笑った。
「ええ」
「でも――こういう忙しさなら、いくらでも歓迎よ」
夕暮れの光が、差し込む。
その先にあるのは。
危険かもしれない。
でも同時に――“次の一歩”だ。
翌日、夕方になってから再度偵察部隊が山に向かった。まだ明るい時間帯で良かったけど、念のため、全員にヘッドライトは着けてもらった。
そして少し夕暮れが濃くなってきたころ三人は帰ってきた。
「どうだった?」
「ああ、夕方に山頂の湧き水の辺りに群れてうろうろしていた」
「昨日もそうでした」
「あの辺りが縄張りっぽいな」
三人の言葉に、全員が頷く。
「水場に来る時間は?」
「日が落ちる少し前だな」
遠藤先生が答える。
「警戒はしてるが、完全に夜になる前に動く」
「……美奈子ちゃんに聞いた習性通りね」
私は地図を引き寄せる。
「水場からこの尾根に入るルートは?」
「ここだ」
ツバサくんが指でなぞる。
「ほぼ一本。途中で分岐はあるが、広くはない」
「なら、やることは一つね」
ペンを取る。
「ここに第一ゲート」
カツン、と音を立てて印をつける。
「ここに第二ゲート」
少し先。
「その先に囲い」
全員の視線が集中する。
「逃げ道は左右にあるけど――」
「崖だな」
英二さんが補足する。
「普通は行かない」
「でも“追われたら”行く可能性はある」
「……そこがリスクか」
一瞬の沈黙。
それでも。
「それでも、このルートが一番確率が高い」
私は言い切る。
「正面に“逃げやすい道”を残す。それ以外は“選びにくくする”」
「誘導、か」
「そう」
頷く。
「追い込むんじゃない。“逃がす方向を決める”」
その言葉に。
遠藤先生が小さく笑った。
「いい考えだ。家畜は“楽な道”を選ぶ」
「なら決まりだな」
英二さんが立ち上がる。
「設置班は先行して配置」
「追い込み班はこのラインで待機」
「合図は?」
「笛、一回」
「了解」
短い確認。
無駄がない。
全員が、もう理解している。
そのとき。
ふと、風が吹いた。
少しだけ冷たい。
夕暮れが、深くなる。夜が始まる。
明日、捕獲できるかどうかで、今後の生活が変わる。




